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2巻

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   第一章 城出したみそっかす王女、逃亡生活始めました


 ガタンゴトンと、年季の入った荷馬車が道の悪い林道を走る。
 荷台に乗った私は、離れゆく城と王都から視線をゆっくり外した。


 ある日、気がついたら元アラサーの独身女が異世界に転生していました。
 しかも小国とはいえ王女の身分で、超セレブなウハウハ生活――ではなく、なぜか家族だけでなく使用人たちからもネグレクトされる、みそっかすちびっ子王女だった。
 父親である国王は、私の母以外にも三人の妃がいて、すでに亡くなっていた妾妃しょうひの娘である私は放置。母親は他国の女性だったから私の後ろ盾は誰もおらず、絶体絶命の状態に置かれていた。
 でも、前世の記憶が蘇った私は、チート能力の一つ【鑑定】をフル活用して、私を虐げていた使用人たちを全員犯罪者として逮捕させ、いなくなった使用人の代わりに亜人の奴隷をゲットした。
 まあ、目覚めた国トゥーロン王国は、人族以外の亜人、獣人やエルフ族やドワーフ族を差別冷遇する非道さで、亜人と見れば罪がなくても奴隷に堕としてしまう、とんでもなく悪い国だったのだ。
 王族のはしくれの私も、このままこの国にいては、老人貴族か悪辣貴族への嫁入り、下手をしたら処刑のお先真っ暗人生しかない。
 なので、仲良くなった獣人奴隷と昔から仕えてくれていた腹黒執事を伴って、国外脱出を計画し始めた。
 その後、王都で亜人奴隷解放を目指す集団のリーダーである「ミゲルの店」の主人たちと出会ったり、会ったこともない異母兄の誕生日パーティーの招待状に恐れおののいたりしながら、計画を進める私たち。
 仲間の亜人奴隷のしがらみをなくすため、王宮にあり普段立ち入ることのできない、奴隷契約の要である契約魔法陣を破壊するため、異母兄の誕生日パーティーに参加したが、まさか、王位を狙う第二王子派がクーデターを起こすなんて……
 第一王子派は襲撃され、パーティーはあっという間に血の海となってしまった。
 私たちはそのどさくさに紛れ奴隷契約の魔法陣を破壊し、契約が消えて逃げ出す亜人奴隷たちに交じって城を出て、なんとか荷馬車で王都を脱出することができた。
 あとは、トゥーロン王国と隣国の間に隔たるピエーニュの森へ馬車を進め、ひたすら国境を目指すだけ。
 だけど、その前に居住空間を快適にしたいと思うのは我儘わがままなのかな?


    ◆◇◆


「とにかく快適に逃げたいのよっ!」

 誰にも注目されていなかったみそっかすのちびっ子王女の私ではあるが、もしかしたら王家や腹黒い第二王子派が追手を差し向けるかもしれない。
 初めて顔を合わせた異母兄弟との別れで生じた惜別の想いや、おぞましい惨劇への忌避感はまだこの胸にあるけれど、いつまでもうじうじしていられない。
 なんたって私の命だけじゃなく、一緒に城出した家族なかまの命もかかっているんですもの。
 でも今、何をおいても優先して考えなければならないことがある。私たちは、このまま国外脱出を成し遂げるまで、狭くて揺れる荷馬車で移動を続けなればならない状況なのだが――
 そんな考えのもとに出た私の唐突な発言に対して、家族の目が「何言ってんだ、こいつ?」みたいなのは、どうして?

「しょのために、スライムの捕獲を要求しましゅ」

 キリリと顔を引き締めて宣言する私を見て、家族はさらに困惑顔で見返してくる。そんな家族の視線を浴びて、私はこてんと首を傾げた。
 快適な生活、衛生的な生活には、スライムは必須でしょ!
 異世界あるあるだけど、スライムのゴミ処理能力とか水をキレイに浄化する能力とか、やっぱり便利よねー。でへへへ、とスライムとの生活を想像して笑いが零れるわ。

「おい、お嬢。気持ち悪い顔で笑って、なに訳のわからないことを言ってんだ?」

 まだ王都の屋敷にいたときに仲良くなった亜人奴隷で、気持ちはもう家族の狼獣人のリュシアンがヤバい人を見るような目で私を見てくる。
 おっと、いけない。
 私はにやけた顔を慌てて引き締めた。

「お嬢様。まずスライムを何に使うつもりですか?」

 こちらも気持ちは家族の、私が生まれる前から仕えてくれていた執事で正体不明なエルフ族であるアルベールが、かわいそうな子を見る目で私を見る。
 え、なんでよ?

「スライムを従魔にして、ゴミ処理と汚水処理をしようと思って」

 これから馬車を改造して創る簡易キッチン、お風呂、トイレ。それらから出る生活排水をそのまま垂れ流しにするわけにはいかんでしょ?
 環境のことはもちろん、馬車でどこへ向かうのか追手にバレるし、森の中に棲息する魔獣に襲われるきっかけになるかもしれない。
 だ・か・ら、スライムにゴミを食べて処理してもらって、汚水は濾過ろかして浄化して綺麗な水に変えてから、川に流そうかなーっと。
 そんなことを意気揚々と説明したら、奴隷になるまで冒険者としてあちこち旅していたリュシアンや、エルフ族として長寿を誇る人生経験豊富なアルベールから説明されました。
 ――そんな奇特なスライムはいない、と。
 こっちのスライムちゃん、知能が低くてそもそもテイムできないし、酸で物体を溶解すること自体はできるけど、【浄化】とかでゴミを指定して融かすとかできない残念な魔物だったらしい。
 なんだよ、こっちのスライムは雑魚ざこ魔物かよっ。

「……わかった。もう、自分のスキルでどうにかしゅる。あちこちに浄化魔道具作って設置しゅるもん」

 ぷうっと頬を膨らませて不貞腐ふてくされていると、家族その三である元亜人奴隷の狐獣人であり、元商人のセヴランが追い打ちをかけてくる。

「あと、シルヴィー様が馬車に施そうとされている空間魔法ですが……。空間魔法でくつろぐとか眠るとか……理解できないのですが……」
「へ? 異空間に部屋を作っていりょいりょと実験したり、休んだりしないの? 空間魔法ってしょういう魔法でしょ?」

 これもまた、全員から無言で首を横に振られ否定されてしまった……
 え、なんで?

「そもそも、空間魔法とは、これですよね?」

 セヴランが腰に括りつけていた革袋を外して、手に持って差し出す。それは、この逃亡用に中の容量を増やし時間の経過を緩やかにした魔法鞄マジックバッグだ。

「生きているものは異空間に入れられない。その大前提がある限り、生きている私たちが入る異空間を作るのは無理だと思いますけど……」

 セヴランの指摘に私は、「あ、そーいうことね」とみんなの疑問が何かを把握した。

「大丈夫よ。魔法鞄マジックバッグとは違うもん。空間を広げりゅ魔法と別空間と繋げりゅ魔法は全然違うかりゃ……って、信用してないな!」

 不安そうな顔を全員こっちに向けんな!
 正直、私もできると確信を持っているわけではない。でも魔法はイメージがすべてであって、私が魔法鞄マジックバッグには生きているものは入れられないと思っているから無理なわけ。
 快適空間はもともとの空間を広げるのではなく、別の空間と繋げる感覚だから……そのぅ、たぶん、大丈夫……だと思う。
 うん、明日、空間魔法で馬車をリフォームして、実際に見せて納得させよう。

「リュシアン。明日、馬車の荷台も改造したい。荷台に板を張って箱馬車にしたいのよ」
「ああ……いいけど。お嬢、まじで馬車を変えるつもりか?」
「もちりょん」

 狼獣人の三角耳をへにょりと垂らして、そんな不安そうな顔をしないでよ。
 私は私のためにも、快適な逃亡生活が送れるよう、全力でチート能力を使ってやるわ!
 ぐふっ、ぐふふふ、あー笑いが止まらないわ。

「だから、お嬢。気持ち悪い顔で笑うなって」

 リュシアン、失礼ね!
「ミゲルの店」を出てから、ひたすらピエーニュの森に沿って馬車を走らせていたけど、日も沈み暗くなってきたから、私たちは馬車を停める。そして、私の【無限収納】の中に入れておいたもので夜食を済ませた。
 明日からの馬車のリフォームの役割分担も決まり、食事を終えた私たちは、荷台に雑魚ざこ寝で休むことにする。
 最初の見張りは、野営にも魔物との戦闘にも慣れてないビビリのセヴランだ。
 元冒険者のリュシアンと似非えせ執事で元高ランク冒険者のアルベールは馬の世話をしたら、馬車の外で毛布に包まって休むらしい。
 私は、家族その四と五である、元亜人奴隷の黒猫獣人で可愛い少女メイドのルネと、幼いくせにスペックが高すぎる伝説の種族白虎びゃっこ獣人のリオネルとともに、ゴロンと荷台に寝転んだ瞬間、夢の世界に旅立った。
 あ、夜に見張りをしなくても済むように、明日、野営用に防御魔法用の魔道具も作らなきゃ。
 あれもこれもと考えることはあるのに、睡魔には抗えず私はまぶたを閉じた……おやすみなさい。


    ◆◇◆


 逃亡二日目の朝。いつもより早く目が覚めた私は、まだぐっすり夢の中のルネとリオネルを起こさないように、静かに馬車の荷台から降りた。
 なんか、知らない間に見張りのセヴランと馬車の外で寝ていたはずのリュシアンも荷台で寝ていた。
 馬車の外では昨日の焚火がかなり小さくなって、燻っている。
 その側で、アルベールが本来の麗しいエルフの姿に戻ってお茶を飲んでいた。

「おや、早いですねお嬢様」
「おはよう」
「おはようございます」

 私はキチンと朝の挨拶をして、ちょこんとアルベールの隣に座る。
 アルベールは何も言わずに、私の分のお茶をれて渡してくれた。

「あったかーい」

 ふーふーと息を吹いて熱々のお茶を冷ましてから、コクリとひと口飲む。

「ねえ、アルベール」
「はい」

 じっと、カップの中で揺れる水面を見つめる。

「無事に、国を出れりゅかな」

 カップの中のお茶が揺れるのは、私の手がこれからのことに怯えて震えているからじゃないよね?

「大丈夫ですよ。私だけじゃなく、リュシアンたち獣人がお嬢様を守ります。奴隷の制約が外れた彼らの能力は期待できますよ?」
「うん。でもみんなを連れていくのは私でしょ? 私にできりゅかな……」

 もっと綿密に計画を立てて準備をしてから脱出しようと考えていたのに、結局勢いに任せて実行してしまったこの逃避行は成功するのだろうか。
 でも、あのまま城に残っていても、悲惨な未来しか見えなかった。
 だから、こうするしかなかったんだけど……

「できますよ」

 カップを持つ私の手に重なる、アルベールの大きな手の温もりが、怯えた気持ちを温めてくれる。
 私はアルベールの優しい笑顔を見て、ホッとした。

「うん。私はできりゅ子! 空間魔法で快適生活ゲットもおちゃのこさいさい! 天才シルヴィーここに見参!」

 気持ちを切り替えるように、バッと立ち上がって、右手を天に突き上げる。

「それは……ほどほどにしてください」

 私の勢いを見て、アルベールがちょっと引いた笑顔で呟いた。
 そんな感じで朝はセンチメンタルな気分にどっぷり浸かっていたけれど、いつまでも悩んではいられない。
 他のみんなが起きてきた頃、私はお茶の片付けをするアルベールに質問した。

「アルベール。今、どの辺りにいりゅの?」
「今は、王都領の外れの農作地帯辺りかと。王都領を出るのには、あと一日かかりますね」

 んー、早く王都領は抜けてしまいたいが、それよりも住環境は大事です。特に水回りは最優先事項。お風呂に入りたいし、トイレ事情は切実な問題になりつつあるわ。
 今日までは我慢するわよ……外でするの……
 外でトイレを済ますのも嫌だが、危ないからって誰かと一緒に行くのも恥ずかしい。
 だから、今日は住環境を整えるのが最優先でっす! お昼ご飯を抜いてでも進み続け、野営する場所で住環境を整える作業をしよう。
 そして、私のチート魔法を炸裂させるのだ!

「やりゅわよーっ! 空間魔法で快適空間づくりー!」

 えいえいおー、と勢いよく私は腕を突き上げる。
 それを見たみんなの表情は……ポッカーンだった。


    ◆◇◆


 朝から午後の遅い時間まで、ガタンゴトンとひたすら馬車を走らせて、少し木々が開けた場所で馬車を停めた。
 んー、ずっと馬車で移動するのってお尻が痛くなる。異世界の知識で馬車を改造して快適旅行……と行きたいところだけど、あいにく私にそんな知識はない。
 ゴムかなにかを車輪と躯体の間に入れてクッションにするのか……? ううーん、よくわからん。
 ま、わからなくても私のチート能力を駆使すれば、なんとかなるでしょ。
 さて、ご飯も食べたし、始めますか! 異世界DIY・チート能力フル活用バージョン!

「本当にやるのか? お嬢」
「やりゅわよっ。今日の夜からはベッドで眠れりゅわ!」

 リュシアンの不安そうな顔つきは見なかったことにして、私は【無限収納】から手頃な大きさの板を、何枚も出す。この木材、屋敷の屋根裏にいっぱい置いてあったんだよね。改築好きな先住民の方たちからの贈りものとして、ありがたく使わせていただきます!


「あ、あとリュシアン。こーゆーのほちい」

 私はリュシアンに、魔獣を狩ってきてほしいと告げる。
 欲しいのは魔獣ではなくて、その心臓。
 この世界には「魔石」という、お手軽に魔法を行使できるエネルギーみたいなものがある。
 魔道具には、私が作ったアクセサリーのような【付与魔法】が施されたものと、魔石を使ったものとがあり、屋敷の水道やあかりは、この魔石を使った魔道具で作ることができる。
 なので、馬車に備える水道、ついでに温水冷水仕様の水道を、屋敷からすべて奪って持ってきていた。
 今回は屋敷の備品をフル再利用してリフォームするつもりだ。
 馬車で使った水の排水処理は、馬車の下に箱を設置して一旦そこに集める。もちろん、箱は空間魔法で広げておく。溜まりきったら川とかに捨てるけど、捨てるときには綺麗な水にしておかないとね。
 では、どうやって綺麗な水にするのかって?
 その解決手段が魔獣の心臓なのだ!
 この世界では、魔獣の心臓にある方法で手を加えると魔石に変化する。それを火を使う魔道具にセットするなら、火属性の魔力を込めておく。これで、「火魔法の魔石」の魔道具の完成!
 なので、馬車に設置する魔道具に使う魔石として、リュシアンに魔獣を狩ってもらって、心臓を取り出してもらう。
 その魔獣の心臓を私のチート能力で魔石に変化させたあと、【浄化】の魔力を込めて浄化の魔石にする。それを排水用の箱に入れれば、汚水が浄化されて綺麗な水となり、川に流しても安全、というわけ!
 その魔石を、屋敷から持ち出した蛇口にセットすれば、蛇口を捻るだけで綺麗な水が出るし、「火魔法の魔石」にしてコンロにセットすれば、つまみを捻るだけで火が出るのだ。
 完璧じゃない? これ。

「この蛇口にセットできりゅ魔石がほちい。よろちく」
「ああ……、またすごいこと考えるな。その大きさだと、マッドドッグぐらいでいいだろう」

 リュシアンがそう言って剣を手に森に入っていこうとすると、ルネとリオネルもぴょこぴょことアヒルのように後ろをついていった。
 ……ま、大丈夫でしょ。あの二人も強いらしいから。

「お嬢様。その箱はこのぐらいの大きさでよろしいですか?」
「うん。ありがと」

 アルベールが両手で持てるぐらいの箱を作って持ってくる。アルベールが作った箱は隙間もなく頑丈な作りで、十分すぎるほどだ。
 あとはセヴランに任せてる馬車はどうかしら。箱馬車の形にしてもらうために、荷台に板を張ってもらっていた……のだが。

「おーい、セヴラ……ン?」
「これが、私の精一杯ですっ」

 セヴランがちょっとキレながら、こちらを見ている。馬車を見ると、板と板の隙間が開いていたり、斜めに張ってあったりと、どう見ても雨は凌げなさそうだ。
 セヴランってば、神経質そうな容貌なわりに、不器用だったんだな……

「……お嬢様、屋根は私が張りましょう」
「お願い」

 アルベールの言葉に、私は即座にうなずいた。


「お嬢! 狩ってきたぞー」

 アルベールと一緒に馬車のリフォームに精を出していると、リュシアンたちの声が聞こえた。
 その声のするほうに振り向くと、べったりと血が飛び散った防具に、先端からポタポタと血が滴り落ちる剣を握ったリュシアンの姿が視界に入った。
 一緒に行動していたルネとリオネルもあちこちに泥と血が付いていて、ハッキリ言って汚い。
 それよりも何よりも……三人が肩に担いだり、足を持って引き摺って運んでいたりするのは、狩ってきた魔獣。……死にたてほやほやの……血がドバドバの……

「ぎゃーっ! スプラッター!」

 ひいいっと悲鳴を上げて、私はその惨状を見ないように、セヴランの背中に隠れた。
 血がーっ、血がーっ!
 私の前世は日本人なの。食べるお肉は加工済みで動物の死体を見る機会はそうそうなかったから、免疫がないのよ!

「どうした? お嬢」
「私、血はダメなの! そ、そっちで見えないように解体して、心臓だけ持ってきて!」

 私の悲鳴を聞いてリュシアンは口を開けて驚き、ルネとリオネルは困惑するが、苦手なものはしょうがない。世の中には得手不得手というものがあるのだから。
 どんなチート能力を持っていても、解体作業だけはできませーん!

「お嬢様、そんな状態で魔獣の心臓に触れるのですか? 魔石は私が作ったほうがよさそうですね」

 アルベールは、板張りしていた馬車の屋根からスタッと飛び降りて、リュシアンたちの魔獣解体ショーに交じる。
 ううっ、その背中が頼もしすぎるわ。
 私は、アルベールがルネとリオネルに解説しながら魔獣をさばいていくのを、細目で見ることしかできなかった。
 ちなみに、あとで聞いたら、セヴランも私と同じ状態だったらしい。


 アルベールが解体した魔獣の心臓を魔石にしている間、残りのみんなで車座になって午後のお茶にすることになった。
 お茶をしている間、私は木の枝を持って、地面にガリガリと馬車の図を描く。

「何やってんだ? お嬢」

 んーっ、こうかな? いやいや、こうかもしれない? と悩みながら描いていると、カップに注いだ紅茶をグビリとあっという間に飲み干したリュシアンが、私が描く図に興味を持ったようで近づいてきた。

「馬車の空間を広げたあと、部屋割りをどうしようかなーと思って、間取り図描いてんの」

 ガリガリと木の枝で四角に区切った図をいくつか描く。

「へぇー……って、おいおい! こんなに広くできるのか?」

 リュシアンは私が描く図がどんどん広がるのに驚いて、ズイッと顔を寄せてきた。
 できるかって?
 できるのよ、だって私、チートだもん!
 馬車の出入り口は後方に設けて、入って左側をキッチンとリビングとダイニングにして、廊下を挟んで右側を、各自の個室にする予定です。
 個々の部屋の広さはちょっと狭いけど我慢してもらって、四畳半ぐらいで考えている。ルネとリオネルは二人で一部屋だから、六畳にしてあげよう。
 異世界なのに広さを畳に換算するのは許してほしい。
 そんで、個々の部屋の奥にお風呂とトイレを設置する。

「こんなものかな?」

 謙遜しつつ、会心の作にほくそ笑む。

「「「「おおーっ!」」」」

 図を描くのに夢中で、気がついたらアルベール以外の全員が、私の描いた間取り図を興味津々でのぞきこんでいた。

「お嬢、もしこれができるんだったら、俺の部屋は出入り口に一番近いここにしてくれ」
「ヴィー様、リオネルとこの広い部屋に住んでいいの? もし、馬車が変えられたらだけど……」
「馬車……広い……むり」
「いや、無理でしょ? 馬車そのものの大きさの何倍に広げるつもりですか?」

 最初こそ驚いていたみんなだったけど、だんだん言葉の勢いが弱くなっていくし、セヴランに至ってははなから否定してきた。
 やっぱりみんなして私のチート空間魔法の威力を信じてないな!
 まぁ、私も実際やるまでできるかどうかは知らんが。
 リュシアンの部屋は出入り口の近くで、ルネとリオネルは一番広い部屋でしょ。私のチート能力を否定したセヴランは、いびきのうるさいリュシアンの部屋の近くにしてやろう。

「お嬢様。私の部屋は貴方あなた様の隣で、ここにしてください。まあ、魔法が成功したらですが……」
「できりゅってば!」

 作業を終えて戻ってきたアルベールまで! なんて信用がないんだ……私のチート能力って。
 むぅ、といじけていると、アルベールが悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、私の手のひらにポロンと親指くらいの大きさの黒色の石をいくつか乗せてくれた。

「何これ?」
「ご要望どおり魔獣の心臓を魔石化しましたので、あとよろしくお願いします」

 へ? 結構大きな魔獣だったから魔石も大きいと思ってたけど、随分小さくなるんだね?
 でもこれで快適空間づくりができるってわけね!
 よっしゃー! やったるでー!
 私は両手で石を握り、目を閉じた。

『汚いものをどんどん綺麗にして、害のにゃい水ににゃりますように! 【浄化】』

 まぶた越しに、手から光が漏れているのがわかる。光が収まったと同時に目を開けて、ゆっくりと手を広げると、魔石は透明で中に銀色の帯が舞う不思議な石に変化していた。

「成功かな?」
「そのようですね」
「アルベール、この【浄化】の魔力を込めた魔石を魔道具にセットしてきてちょうだい」

 アルベールは快くうなずいて、さっさとその場から離れる。
 さぁ、私は今日の快眠のために、空間魔法を頑張りますか……と思っていたら、急にセヴランが声をかけてきた。

「あ、シルヴィー様。今日の分の晩ご飯を収納から出しておいてください」
「へ? そんなに空間魔法使うのに時間をかけりゅつもりないんだけど?」
「……いや、もし魔法が失敗したら、シルヴィー様が異空間に閉じこめられちゃうかもしれないし……」

 セヴラン、貴様ーっ、私の体の心配よりも、今日の晩ご飯の心配か!
 振り返ってセヴランをにらむと、隣でリュシアンもうなずいていた。ちっ、うんうんうなずいてんじゃないわよっ。
 私は眉間に皺を寄せながら無言で、シチューの鍋とパン、ショートパスタバシルソースとお肉のガーリックソテーをテーブルに出しておく。
 あとは、昨日考えた野営用の【防御】も準備しておくか。
 私はルネとリオネルに、防御魔法が込められた石を渡す。設置の仕方を説明して、じゃあ、あとはよろしく。
 さて、私は独りぼっちで馬車のリフォームをやりますか、ちくしょう。
 私が馬車の近くに立つと、アルベールたち大人三人組は笑顔で私から距離を取る。あいつら、私が失敗したときに巻き添えにならないようにしているな?


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