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幸せになりましょう

これからの話でした

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クリストフ殿下は、怠惰な態度で座っていた椅子から立ち上がり、ゆっくり一歩一歩に殺気を込めて冒険者ギルドの代表者へと近づいて行く。

「俺が王家から見捨てられ、パーティーメンバーも少なくなり、仕方なく冒険者ギルドの職員になったと思っていただろう? ヴァネッサや残ったパーティーメンバーも同じくギルド職員になったと」

逃げようと体を翻した代表者は、隣に座っていたロドリスさんにガッチリと両肩を掴まれて、身動きが取れなくなった。

「俺たちは冒険者ギルドそのものを調べるために、わざとギルド職員になったんだよ。アンティーブ国の要所に忍び込ませて。ヴァネッサみたいな戦闘狂が大人しくアラスの冒険者ギルドにいることを不思議に思えよっ」

ガツッと代表者の顔を殴るクリストフ殿下の行動を制止する者は、この場にはいない。
むしろ自分こそが、殴りたいと思っているだろう。
私は、クリストフ殿下のかつてのパーティーメンバーだったアルベールをチラリと見る。
アルベールは涼しい顔で立っていた。

クリストフ殿下が語るのは、冒険者ギルドの闇の部分だ。
商業ギルドの本部がミュールズ国にあるのなら、冒険者ギルドの本部はアンティーブ国にある。
ああ・・・王都で見たあのバカデカイ建物ね・・・。
そういや、ビースト騒ぎのときにギルドからも冒険者たちが来たけど、使えない奴らばっかりだったわねぇ。
そうか、腐っていたのか・・・冒険者ギルドも。

クリストフ殿下はアルベールたちパーティーメンバーが抜けたタイミングで、不思議に思っていた元冒険者の行方を調べることにした。
しかし、どうしても足跡を終えない冒険者が多かったのだ。
能力の高い亜人ほど、冒険者を辞めた若しくは辞めさせられたあと、その行方がわからなかった。
噂では、冒険者ギルドが職の斡旋も行っていると、行方のわからない者はギルド職員と接触していたとの目撃談もあった。
だからクリストフ殿下は、冒険者ギルドに潜入して調べることにしたのだ。
ヴァネッサ姉さんを始めとして主要都市のギルドにパーティーメンバーを送り込み、兄であるアンティーブ国王家も協力させて。

「まさか、冒険者ギルド自ら亜人を違法奴隷として人身売買に売り飛ばし、剰えミュールズ国のビースト研究に協力しているとは思わなかったぜ」

ガシッと代表者を蹴り上げるクリストフ殿下の顔は、凶悪に歪められている。

「し・・・知らん! 俺は知らん! グ・・・グランドマスターたちが勝ってにやったことだろう!」

殴られた頬と蹴られた太腿を手で押さえみっともなく泣き叫ぶが、クリストフ殿下は鼻で笑うだけだ。

「見苦しいですね。商業ギルドと同じく証拠はミュールズ国からお釣りが出るほど押さえています。貴方の名前もしっかりと載っていましたよ。観念しなさい」

レイモン氏が呆れた口調で引導を渡すと、ガックリとへたり込む代表者。
しかし、ガバッと急に顔を上げるとじりじりと神官へとにじり寄ろうとする。

「お助けください! 貴方様なら、貴方様のお力があれば。ああ、お願いです! まだ死にたくありません」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で神官に訴えるが、当の神官様は慈悲のお顔で無情にも首を振る。

「無理ですね。私が教会に力を持っていたのは昔のこと。今はトゥーロン王国の教会に席を置く老人ですよ」

にこやかに、穏やかにお話されているが、その瞳の光は裁きの清い光が宿っているみたいだ。

後でレイモン氏から聞いたんだけど、このお爺さん神官様は、引退した前教皇猊下様なんだって。
そんな、重要人物がなぜトゥーロン王国にいるんだ? て思うわよね。
トゥーロン王国に限らず、この世界の宗教観はふわっとしている。
各イベント毎には必ず通るが、それ以外の信仰心はそんなに強くない。
だから、政治力とかは弱いんだけど、権威は一応あるのよね。
ちなみに、治癒魔法が使える神官さんやシスターも多く在籍しているので、教会には病院の役割もある。
さすがに無償とはいかないけど、良心的なお値段で治療してくれるらしい。
孤児院も運営して、孤児には読み書きや魔法などをちゃんと教えてくれる。
真っ当な人達だなぁて思ったわよ、私は。
それもそのはずで、神官になるには厳しい試練を乗り越えなければならない。
ミュールズ国とアンティーブ国の北に聳える高い連山の一つが教会本部がある霊峰なんだけど、山籠もりするんだって神官見習いって。

「厳しいというより、命のやり取りですな。そこで他者を思えられなくば資格なしとなります」

いや、無理でしょ?
極寒の地で大した食料もなくて、お互いに協力して生き抜くなんて・・・絶対少ない食料や毛布の取り合いで揉めるわよ?

「でしたら、神の信徒としては失格です」

神官様は、教会での使命を遂げると引退し、このトゥーロン王国に自ら望んで赴任された。
亜人奴隷解の解放のために・・・。

「もしや、商業ギルドや冒険者ギルドへの捜査の許可って・・・」

私の疑問に、ニッコリと慈悲スマイルでお答えくださった。
高潔な人っているんだね・・・俗物なシルヴィーちゃんは反省です。

「協力はしますよ。私はあのときヴィクトル殿下をお助けできなかった。あの場にいたのに」

しょぼんとする神官様にヴィクトル兄様は優しくお声をかける。
あのユベールやザンマルタンたちが凶刃を奮ったパーティーに神官様も招待されていた。
招待っていうよりも、お仕事があったのよね、王太子への祝福という。
でも控室でいくら待っても呼ばれないし、それでも待ってたらザンマルタン家の騎士たちに「帰れ」て追い出されるわ、馬車に乗って王城の敷地を走っていると裸馬が縦横無尽に駆けているわで大変だったと。
うん、裸馬は私たちのせいだよ、ごめんなさい。

さて、クリストフ殿下に断罪され神官様からも見捨てられた冒険者ギルドの代表者はリシュリュー辺境伯の騎士たちにズルズルと引きずられて去って行った。

「これで、ようやくこれからの話ができますね」

レイモン氏の爽やかな表情にゾクリと背中が寒くなったけど、なんでや?

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