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幸せになりましょう
欲望が潰えるとき
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ドスドスと王宮の廊下を早足で歩く。
窓から見えた賊軍の旗印が脳裏に焼き付いて離れない。
赤地に金糸銀糸の刺繍の旗。
忌々しいリシュリュー辺境伯の旗とともに掲げられたその旗の意味するところは、王太子の旗だ。
だが、まだトゥーロン王国に正式な王太子は存在しない。
「そうだ。あのとき、ユベールが始末したはずだ」
ドスドスと歩きながらも不安に駆られた俺は、ガジガジと親指の爪を噛む。
死んだはずなのだ、あの日、立太子するはずだった目障りな第一王子のヴィクトルは!
でも、生きているかもしれない。
リシュリュー辺境伯を後ろ盾に、ザンマルタン家に、俺に復讐に来たのかもしれない。
そう思った俺は、逃げることを優先しあちこちから金目の物を搔き集めるのを諦め、自室に隠している金だけを取りに行こうとしている。
娘?孫?そんなものは邪魔だ。
とにかく、金を持ち護衛に付いているザンマルタン家の騎士を連れて帝国へと逃げなければ、俺は殺される。
何故だ!
もうすぐ、王の外祖父として権勢を欲しいままにできたのに!
ヴィクトルに捕まれば、ミュールズ国と共謀して行った悪事がバレているザンマルタン家は終わりだ。
ユベールとエロイーズも処刑されるだろう。
俺だけでも、今のうちに逃げなければ。
ドスドスと歩く音をかき消すような喧噪が城の外から聞こえてきて、俺は足を止める。
「始まったか」
とうとう、賊軍が王城内に入り暴れ出したのだ。
「行くぞ!」
王宮、左翼側に設けられた王族のプライベートスペースの中に俺の私室もある。
娘を王家に嫁がせた高位貴族の中で、俺だけが自室を王宮に与えられていた。
それも、俺の後ろにはミュールズ国の力があったからだ。
「くそっ」
まさか、あの大国が内部から崩れるとは思わなかった。
あんなにも狡猾な王たちが、自分の息子に嵌められ破滅するとは思わなかった。
くそっ、くそっ、と呟きながら歩く俺の肩を騎士の一人が掴んで歩みを止めさせた。
「侯爵様。お待ちを」
グイッと俺の体を騎士の体で隠すように下がらせて、廊下の曲がり角から覗く騎士。
「どうした?」
「おかしいです。侯爵様の部屋の前に城の兵がいます」
「何を言っている?」
俺の部屋に護衛がいるのはおかしいことじゃない。
しかし、いつもはザンマルタン家の騎士が守っているのに、今は城の兵がいるだと?
「ま・・・まさか、もう?」
いくらリシュリュー辺境伯軍だといっても、元亜人奴隷たちも混ざった烏合の衆だと侮っていた。
辺境伯軍の頭は脳筋のリシュリュー家の者だが、忘れてはならない者がいた。
前辺境伯夫人のオルタンスとブルエンヌ地方を任されているレイモンだ。
知略で知られるあの二人が策を講じていたとしたら?
「城の兵の中に・・・仲間を紛れ込ませていたのか・・・」
では既に、城中にリシュリュー辺境伯の手の者たちが入り込んでいるのか?
ガクガクと体が震えだしてきた。
「と、とにかく、逃げるぞ!」
俺は踵を返し、廊下を早足で、いや小走りで進む。
第三妃である娘の部屋に逃げてもダメだろうし、ユベールとエロイーズと共に居ても最悪の事態しか想像できない。
「そうだ、あの部屋には王族が使う隠し通路があったはず・・・」
王の家族が集うサロンの壁に、たしか隠し通路の扉があり、それを使えば城の外に出るはずだ。
俺は外から聞こえる叫び声を遮るように、手で耳を塞ぎながら廊下をただ進
む。
目的のサロンまで誰にも会わずに辿り着くことができた。
途中、娘の部屋から悲鳴と怒声が聞こえたが無視をして進んだ。
二階の謁見の間に続く廊下は見ないふりをした。
俺に何か問いた気な騎士たちの視線も気づかないふりをした。
そしてサロンの壁に手を当てて隠し扉を探す。
汗がダラダラと額から垂れてきて顎を伝う。
死への恐怖で手がブルブルと震える。
ペタペタと壁を触ってようやく扉らしき窪みを見つけて、目を輝かして押し込んでみる。
「うううーっ、ううーっ!」
固い、重い、動かない!
「おいっ!お前ら、ここを押せ!扉を開けろ!」
俺と入れ替わり屈強な騎士二人が壁を押していくが、壁紙が歪むだけでちっとも動きはしない。
「な、なぜだ!」
焦ってウロウロとその場を歩き回るが、隠し通路が俺の前に開かれることはなかった。
ガチャンと金属の鎧の音がした・・・。
振り向く俺の目に映る・・・死神の姿。
「ここにいたかザンマルタンよ。もう終わりじゃ。モルガン・リシュリューがお前たちを迎えにきたぞ」
ああ・・・どうしてこうなったのだ。
目の前に確かに輝かしい未来があったのに・・・。
どうして・・・こうなったのだ・・・。
窓から見えた賊軍の旗印が脳裏に焼き付いて離れない。
赤地に金糸銀糸の刺繍の旗。
忌々しいリシュリュー辺境伯の旗とともに掲げられたその旗の意味するところは、王太子の旗だ。
だが、まだトゥーロン王国に正式な王太子は存在しない。
「そうだ。あのとき、ユベールが始末したはずだ」
ドスドスと歩きながらも不安に駆られた俺は、ガジガジと親指の爪を噛む。
死んだはずなのだ、あの日、立太子するはずだった目障りな第一王子のヴィクトルは!
でも、生きているかもしれない。
リシュリュー辺境伯を後ろ盾に、ザンマルタン家に、俺に復讐に来たのかもしれない。
そう思った俺は、逃げることを優先しあちこちから金目の物を搔き集めるのを諦め、自室に隠している金だけを取りに行こうとしている。
娘?孫?そんなものは邪魔だ。
とにかく、金を持ち護衛に付いているザンマルタン家の騎士を連れて帝国へと逃げなければ、俺は殺される。
何故だ!
もうすぐ、王の外祖父として権勢を欲しいままにできたのに!
ヴィクトルに捕まれば、ミュールズ国と共謀して行った悪事がバレているザンマルタン家は終わりだ。
ユベールとエロイーズも処刑されるだろう。
俺だけでも、今のうちに逃げなければ。
ドスドスと歩く音をかき消すような喧噪が城の外から聞こえてきて、俺は足を止める。
「始まったか」
とうとう、賊軍が王城内に入り暴れ出したのだ。
「行くぞ!」
王宮、左翼側に設けられた王族のプライベートスペースの中に俺の私室もある。
娘を王家に嫁がせた高位貴族の中で、俺だけが自室を王宮に与えられていた。
それも、俺の後ろにはミュールズ国の力があったからだ。
「くそっ」
まさか、あの大国が内部から崩れるとは思わなかった。
あんなにも狡猾な王たちが、自分の息子に嵌められ破滅するとは思わなかった。
くそっ、くそっ、と呟きながら歩く俺の肩を騎士の一人が掴んで歩みを止めさせた。
「侯爵様。お待ちを」
グイッと俺の体を騎士の体で隠すように下がらせて、廊下の曲がり角から覗く騎士。
「どうした?」
「おかしいです。侯爵様の部屋の前に城の兵がいます」
「何を言っている?」
俺の部屋に護衛がいるのはおかしいことじゃない。
しかし、いつもはザンマルタン家の騎士が守っているのに、今は城の兵がいるだと?
「ま・・・まさか、もう?」
いくらリシュリュー辺境伯軍だといっても、元亜人奴隷たちも混ざった烏合の衆だと侮っていた。
辺境伯軍の頭は脳筋のリシュリュー家の者だが、忘れてはならない者がいた。
前辺境伯夫人のオルタンスとブルエンヌ地方を任されているレイモンだ。
知略で知られるあの二人が策を講じていたとしたら?
「城の兵の中に・・・仲間を紛れ込ませていたのか・・・」
では既に、城中にリシュリュー辺境伯の手の者たちが入り込んでいるのか?
ガクガクと体が震えだしてきた。
「と、とにかく、逃げるぞ!」
俺は踵を返し、廊下を早足で、いや小走りで進む。
第三妃である娘の部屋に逃げてもダメだろうし、ユベールとエロイーズと共に居ても最悪の事態しか想像できない。
「そうだ、あの部屋には王族が使う隠し通路があったはず・・・」
王の家族が集うサロンの壁に、たしか隠し通路の扉があり、それを使えば城の外に出るはずだ。
俺は外から聞こえる叫び声を遮るように、手で耳を塞ぎながら廊下をただ進
む。
目的のサロンまで誰にも会わずに辿り着くことができた。
途中、娘の部屋から悲鳴と怒声が聞こえたが無視をして進んだ。
二階の謁見の間に続く廊下は見ないふりをした。
俺に何か問いた気な騎士たちの視線も気づかないふりをした。
そしてサロンの壁に手を当てて隠し扉を探す。
汗がダラダラと額から垂れてきて顎を伝う。
死への恐怖で手がブルブルと震える。
ペタペタと壁を触ってようやく扉らしき窪みを見つけて、目を輝かして押し込んでみる。
「うううーっ、ううーっ!」
固い、重い、動かない!
「おいっ!お前ら、ここを押せ!扉を開けろ!」
俺と入れ替わり屈強な騎士二人が壁を押していくが、壁紙が歪むだけでちっとも動きはしない。
「な、なぜだ!」
焦ってウロウロとその場を歩き回るが、隠し通路が俺の前に開かれることはなかった。
ガチャンと金属の鎧の音がした・・・。
振り向く俺の目に映る・・・死神の姿。
「ここにいたかザンマルタンよ。もう終わりじゃ。モルガン・リシュリューがお前たちを迎えにきたぞ」
ああ・・・どうしてこうなったのだ。
目の前に確かに輝かしい未来があったのに・・・。
どうして・・・こうなったのだ・・・。
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