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幸せになりましょう

疑われました

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ジャコブさんはまだ私たちがこの国にいた頃、イザックさんたちが営む「ミゲルの店」に保護されていた熊獣人の男の人だ。
あのお城の大広間で繰り広げられた蛮行が起きるまで、王都に行けばなにかとお世話をしたし、お世話にもなっていました。

ジャコブさんは簡易な皮鎧を身に纏い、ごっついバトルアックスを軽々と担いでいます。
そのジャコブさんの後ろには、二十人ほどの亜人さんたちが興味深そうに私たちを見ている。

「この国に戻ってきたのか・・・。しかもどうして城になんか来てしまったんだ」

ジャコブさんの眼が、私たちを心配して曇ってしまう。

「あー、お嬢がな、じっとしてなくて」

なにようっ!私が我儘みたいに言うんじゃないわっ・・・あ、でもトゥーロン王国に戻ってきたのは、私の独断よね。
あはははは・・・笑って誤魔化そう。

「我らの本陣のある所まで避難していたほうがいいぞ?」

私の頭を撫でながら、ジャコブさんは忠告してくれるけど、一番危険な奴らがいる所に行きたいんです。

「ジャコブたちはどこに?」

アルベールが話を逸らすと、亜人たちの顔が微妙に歪む。

「うむ。ここにザンマルタンたちに捕らわれている文官たちがいるらしい。我らはその・・・保護だな」

あー、ザンマルタンたちに捕らわれているけど、この国の人間なら間違いなく亜人差別をしていた人たちだもんねぇ。
その人たちを保護するって、複雑な気持ちなのかも。

「ジャコブたちには、気が重い役目だな。リシュリュー辺境伯の人族の騎士にやらせればいいじゃねぇか」

「ロドリスさんからの命令なのだ」

リュシアンのしかめっ面に、ジャコブさんが苦笑する。
他の亜人さんの話でも、もともと王城の奴隷は下働きが主で文官たちと接触することはほぼなく、文官個人に悪感情を抱いてはいないそう。
文官さんの多くは、奴隷を購入できるほどの裕福な者は少なく、そこまで強い反感はないとのこと。

「あ、あの、ジャコブさん」

「はい?」

「あのね、保護した人の中にクシー子爵って人がいたらよろしくね。怪我とかしてたらこのポーションをあげてください」

私は自分の魔法鞄の中から下級ポーションを一つ取り出してジャコブさんに握らせた。

「クシー子爵?なぜヴィーさんが城勤めの子爵をご存じなのですか?」

あ!しまった・・・かもしれない。
つい、このお城で唯一優しくしてくれたクシー子爵の身を案じるばかりに、余計なことをしてしまった。
ツウーッと背中に嫌な汗が垂れる感触と、アルベールとリュシアンが私の左右を固める。
亜人たちの目がじりじりと吊り上がっていくように見えるのは錯覚かしら?

「そいつら、城の連中と関わりがあるんじゃねぇか?」

「もしかして、城の奴らを助けようとしているんじゃ?」

「いや、周りに亜人がいるぞ?そんな訳ないだろう」

「あいつら、奴隷なんじゃ?」

はわわわ、疑われている。

「ヴィーさん。あなたたちをこのまま城に入れることはできない。正直に話してください」

「・・・話します」

「ヴィー!」

アルベールに口を塞がれるけど、そのアルベールの手を優しく剥がす。

「いいの。いずれわかることだわ」

私がトゥーロン王国の第4王女だと。
話し終わったあと、長い沈黙が流れた。
私の胸はドキドキするし、アルベールの緊張も伝わってくるし、リュシアンは剣の柄から手を放さない。

「・・・それで、王女様が城に入る理由は?」

「ヴィクトル兄様を王位に即けるため、逆賊のユベールとエロイーズを捕縛します」

ジャコブさんの後ろにいる亜人たちの眼には殺意が混じっているけど、私は目を逸らさずに言い切った。
ざわっと騒がれるけど、やっぱり信用はしてくれない。
何人かの屈強な体をした獣人たちが制止するジャコブさんを押しのけて私の前に立つ。
ど、どうしよう・・・このままこの人たちと戦闘になったら・・・いやアルベールとリュシアンなら問題なく切り抜けられるけど。
ゴクリ。
わ、私の魔法で眠らせちゃうとかってどうだろう?と思ったとき、私の後ろからセヴランの凛とした声が放たれた。

「あなたたちは誰に向かって殺気を飛ばしているのですか!王女?いいえ、あなたたち亜人奴隷解放軍の命綱となった魔法具は誰が作ったと思っているのですか!」

太い狐の尻尾までピンと立てて私たちの前に進み出るセヴランは、ジャコブさんに問うような視線を投げる。
ジャコブさんは一つ頷いて、自分の前に出ていた獣人たちの肩に手を置く。

「やめろ。姿変えの魔道具は、ヴィーさんが作って我らに与えた物だ。それだけじゃない。ミュールズ国が本当の敵だと教えてくれたのもヴィーさんだ」

「なに?」

「まさか、こんな子供が?」

一気に私への視線が奇異な者を見る視線に変わりましたー!

「あなたたちが旗頭にしているヴィクトル殿下にとって亡くなったリリアーヌ殿下とともに妹姫として可愛がっていたのがシルヴィー殿下です。なのにあなたたちはその姫様を害するつもりですか?」

ズズイっと強面獣人に顔を近づけて言葉で威嚇していくセヴランにびっくりですよ。
しかも、リシュリュー辺境伯家とも懇意だとか、アンティーブ国から助力を得たとか、「ビースト」の製作をしていた研究所を壊滅させたとか、嘘ではないけど誇張しすぎでは?
セヴランの独壇場が終わる頃には、亜人たちの態度が「シルヴィー殿下しゅごい!」と変わっていて・・・なんだかなぁ。

「と・・・とにかく城の中に入ってもいいかな?」

「ええ。途中まで一緒に行きましょう。文官たちと共に宰相も捕らわれていますのでヴィー・・・いやシルヴィー殿下はそこに行くことはお止めします」

宰相は私をトゥーロン王国に連れ戻して政治利用しようと企んでいたとのことですので、私も望んで近づくことはしません。
くれぐれもクシー子爵のことをよろしくお願いします。
ストレスが重なって、淋しかったクシー子爵の頭髪がさよならしてたら、いたたまれないわ。

ジャコブさんは胸のポケットから一枚の紙をアルベールに差し出した。

「城の間取り図です。たぶんユベールとエロイーズは大広間の上にある謁見の間にいるかと」

「助かります」

アルベールは畳まれた紙を広げて一瞥したあと、自分の胸ポケットにしまった。

私たちは一緒に右翼側の扉から城の中に入る。
右翼側の階段を使い三階まで上がり、ひたすら廊下を進めば謁見の間だそうだ。
パーティーや舞踏会が開かれる大広間は二階分の高さがあるのね。
右翼側の棟から謁見の間に入るには騎士たちが守る扉を通らなければいけないが、今は騎士たちも逃げていないだろうって・・・この国の騎士たちって意識低くないかしら?
ジャコブさんたちは、捕らわれている文官たちが最上階にいるとの情報を得ている。

なにをのんびりと話しながら移動しているのかって?
ははは、まさか、そんなバカな。
ちゃんと駆け足で階段を昇っていますよ?
私は安定のアルベールの抱っこです。
しょうがないでしょ?足の長さが違うのよっ!
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