みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお

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神の名の獣でした

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どうしよう。
こいつ、強い。

殴ってくる腕も蹴り上げてくる足も、振り下ろされる斧も、避けるのは簡単。
そういう意味では、こいつは強くない。
こいつの攻撃と比べるなら、セヴランの鞭を避ける方が難しいぐらいだ。

ただ・・・、こっちの攻撃が効かない。
殴っても、蹴っても、体当たりをしても・・・こいつには効かない。
身体強化は最大レベルで、手甲のついたグローブにもブーツにもヴィー様が強力な魔法を付与してくださったのに・・・。

「ふうっ」

何度目かの打撃を繰り出したあと、奴の振り払う腕を避けるように後ろに仰け反り、そのまま連続バック転で相手と距離を取る。
ズザザザーッと後方に体を滑らせて、体勢を低くし着地する。
汗が額から顎に滴るのを、手で拭った。
避け切れなかった攻撃に傷ついた腕や足から僅かに出血しているが、まだポーションを飲む程の怪我ではない。

どうしよう。
攻撃のパターンが尽きてしまった。

殴っても、蹴っても、こいつの固い皮膚にダメージを与えることができない。
何度も攻撃を与えているうちに、煩わしくなったのか人型だった姿から獣人の特徴を現す姿にその身を変えた。
浅黒い肌はひび割れるような質感に、頭と鼻に円錐の角が生えた。
腕も足もひと回り太くなり、余計にずんぐりとした体形になったが、重心が低く倒れにくくなった。
そして、細い目を殺意でギラギラと光らせ、大きく横に裂けたような口からはギザギザの歯が覗く。
ウーウーと唸っては、単純な攻撃を繰り返す。
頭が悪いのは見た目どおりらしい。

打撃攻撃が効かないならと、ヴィー様に作ってもらった細い楔型の武器で刺し貫いてみようと思ったが、その厚く固い肌に刺さることはなかった。
その一回の攻撃で、ヴィー様に貰った武器の先端が潰れてしまったのだ。

「ちっ」

せっかくヴィー様に作って貰った、の武器だったのに・・・。

どうしよう。
後は魔法攻撃ぐらいしか思いつかないが、攻撃魔法は使えない。
身体強化に特化したタイプとアルベールから言われた自分は、体を使うことを重視した攻撃しかできないのだ。

そして・・・。
チラッと敵の足元を見る。
壊れた魔道具。
こちらもせっかくヴィー様が作ってくれた防御の魔道具。
相手の反撃をモロに受けて、地面に強く叩きつけられて、踏み潰そうとする相手の足を避けるためゴロゴロと転がって逃げているうちに、身に付けていた魔道具が外れて、奴の汚い足に踏まれてしまった。
それだけで、奴の罪は万死に値するのに。

「くそっ」

グイッと再び流れ落ちる汗を拭う。
汗に血が混じっているのは見ないふりをする。
まだ、大丈夫。
まだ、戦える。
血が流れているけど、かすり傷だ。
なんか、頭がフラフラするけど。
相手の攻撃を受ける回数が増えてきた気もするけど。

まだ、ひとりで戦える!

ふっ、と気づくと、左側が影に覆われていく。
それは、敵の太い腕が自分に振り下ろされる・・・。




「待て待てまて!なんで、今、俺は、魔法の特訓を、しなきゃ、いけないんだ!」

怒鳴りながら、カキーン、バシーンと分銅鎖の攻撃を剣で捌いていく。

「奴には魔法攻撃が一番効くと思うんですけど、私の魔法だと殺しちゃいますからねぇ」

アルベールはきゃらきゃら笑いながら、そう宣う。
その間も、俺と同じく敵の攻撃を全身に受けているのだが、お嬢の作った魔道具の効果で突っ立っているだけなのに無傷だ。

「俺の魔法、そんなの、役に立つのか?俺は、生活魔法、しか使えない、ぞ!」

くっそう、腕が疲れてきたぜ。
それに、剣の刃がそろそろヤバい。

「貴方が真面目に私の魔法講義を受けないからですよ。腐っても神狼族でしょ?なら一族の魔法属性が使えるでしょ?」

「はあ?一族の、魔法属性?、なんだ、そりゃ?」

そりゃ、俺が「神狼族」って種族なのは知ってるけど、具体的にどんな獣人かは知らない。
周りにそんな奴はいなかったし。
俺の鑑定をした人も、渋い顔をして「あまり人に言わないほうがいい」と忠告してくれたし。

「・・・知らないんですか?神の怒りですよ?」

「知らん!」

カキーン!カキーン!
くっそう、奴の攻撃は隙間なく加えられていて、体力も魔力も尽きる様子が全くないぜ。

「貴方は自分の魔法属性を調べたことないんですか?」

「ねぇな」

幼い頃から冒険者になって、旨い物をたらふく食って、幼馴染のあいつと強く有名になるって思ってたけど。
奴がハーフエルフで魔法が得意だったから、俺は単純に奴を守るためにも前衛で剣士を目指していたから。

「ふうーっ。貴方ね、冒険者でAランクを目指していたなら、ちゃんとステータスを確認しておきなさい。貴方の魔法属性は幾つかありますが、能力を開花すべきなのは・・・雷です」

「はあああああっ?そんなの、無理だろっ」

四元魔法属性と空間魔法、その他の無属性魔法はわりと有名だが、四元魔法から派生した属性を使える奴は少ないと聞く。
その中でも「植物」「氷」なんかは有名で使える奴も多いが、「雷」は俺の知っている奴で使えるのはいなかったぞ?

「雷属性は神の名を持つ種族は、必ずといっていいほど持っています。別名、神の怒りとも言われてます。貴方が神狼族なら使えます。・・・つか使え!」

カキーン!と大きく剣を振って、あとはお嬢の防御の魔道具に頼る。
今は、それどころじゃない。

「俺にその属性があっても、使えるかどうかは分からないし、使えたとしても奴をっちまったらダメだろうが!」

「・・・そのときは不可抗力です」

美しいエルフの男はにっこりと残酷に笑ってみせた。







私とセヴランはとりあえず、男爵夫人にローズさんが抱いていたエミール君をお返しして、詳しい説明は全て終わったあとでするとお約束して離れの屋敷を出てきた。

また、ナタンの仲間の男が屋敷に来たら大変なので、男爵夫人たちにお断りしたうえで、防御の魔法と封印の魔法を施してきた。
これで何人も離れの屋敷には入れまい。

「出ることもできないんでしょう?」

「・・・しょうがないでしょ。そういう仕様なんだから」

じとーっと疑いの視線を感じるが、無視する。
いやだって、当の本人がふらふら外に出て、ナタンの仲間の男に捕まったら、二度手間でしょ?
全て終わるまで非戦闘員には、大人しくしていてほしいのよ。

「あれ?」

てっきりアルベールとリュシアンがいる本邸にルネもリオネルもいると思ったのに・・・。

「どうしよう。なんか二手に分かれてるっぽい」

本邸の方向からはアルベールとリュシアンの気配。
そしてもうひとつは、屋敷の庭の端。
林のようなところからルネとリオネルの気配。

確かに、男爵邸に着いたときにリオネルはどこかへ走って行ってしまったけど、なんでそんな所に?
走っていた足が段々と歩くようになって、とうとうピタリとその場で止まってしまった。

「どうしました?」

セヴランも私に合わせて、足を止めてくれる。

「うーん。あっちにルネとリオネルがいるみたいなんだけど・・・」

「誰かと戦闘中ですか?」

そうね。
戦闘中なんだけど・・・。
ちょっと、ルネの気配が弱いのと、リオネルの気配がいつもと違うのよねぇ。

そう説明すると、セヴランは顔色を変えて私の手を握ってふたりがいる方へ走り出す。

「そういうことは、早く言ってください!それってふたりが苦戦しているってことでしょう!」

うん、そうなんだけどね。
ルネとリオネルが苦戦する相手に、対人戦闘の覚悟ができていないヘタレ狐獣人と可憐さだけが取り柄の私が行っても、さらに状況が悪化するんじゃないかと思うのよ。

ねえ?いまからアルベールとリュシアンを呼びに行かない?

そんなことを提案する前に、私とセヴランの耳に幼い獣の痛ましい咆哮が聞こえてきた。




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