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人助けをしましょう

覚悟ができました

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セヴランは、男爵邸敷地内に建てられた離れの大階段の半ばで、腰を抜かした状態で震えていた。
階段の上には、自分の横を通り過ぎてエリク君を人質として捕まえたナタンの仲間の男が、下卑た笑いを浮かべて立って自分を見下ろしている。
エリク君は男に腕で体を拘束され、首には剣の刃が当てられていた。
グッと口の中を噛んで、セヴランは震える足を叱咤し、立ち上がる。

「お、出て行くか兄ちゃん?もし仲間がいるなら、そいつらも一緒に連れて行けよ」

ガハハハハッと大笑いする男。
セヴランはそっと腰へ手を伸ばし、鞭の柄を握る。

深く息を吸い、吐く。

この男の憎らしい物言いと、何の罪もない子供を躊躇なく人質にする性根の悪さに辟易してはいるが、鞭で傷を付けたいほどではない。
自分には対人戦闘は無理だ・・・。

ここに来るまでにヴィーさんが主張していた、「自分は戦闘には参加しないで、後方支援に徹する」ということは、こういうことだったのだろう。

覚悟ができてない・・・。
人を傷つける、若しくは人の命を奪う覚悟が、自分にはできていない。

ギュッと鞭の柄を強く握る。
ヴィーさんが主張したことに、アルベールもリュシアンも異は唱えなかった。
つまり、ふたりもヴィーさんには対人戦闘を避けてほしかったんだろうと思う。
ルネとリオネルは嬉々として戦闘準備をしていたので、ふたりもそっちの心配はしてなかったみたいだし。
自分のことはどっちでもいいと思っていたと感じる。
対人戦闘ができても、できなくても、どっちでもいい、と。
だから、自分も人と対峙して武器を振るう日が来るなんて思ってもいなかった。

「・・・それは魔物討伐でも同じことか・・・」

商人として商品を扱い、金を数える人生しか見えてなかった人生に、突然訪れた陰謀と罠と・・・出会い。
突然、波乱万丈になった自分の人生に、こんなシーンが用意されているとは・・・。

「覚悟か・・・」

深く息を吸って、吐く。

自分の命だけを守るなら、この鞭を振るうことはできなかったかもしれない。
でも、エリク君の命を守るためなら!

「お前をゴブリンのようにしてやる」

両足にしっかりと力を込めて、ブンッと右腕をしならせると鞭が高く伸びあがり鋭く地を叩く。
ビシーンと音が屋敷のエントランスに響く。

「ん?なんだ、お前。やるつもりなのか?この俺と」

「・・・ああ。やるつもりだ!」

右手を水平に振ると、鞭がビュルルルと男の肩、腕、手を順々に強く叩き、男に捕らえられていたエリク君を解放することに成功した。

「イテーッ!!」

男は鞭が当たった体の左側を庇うように蹲る。
その隙に、セヴランは鞭を柔らかく操り、エリク君の体を鞭で巻きこみ自分の元へと移動させた。

「・・・狐の兄ちゃん」

「セヴランですよ。怪我はありませんか?」

ブンブンと頭を激しく上下に振って応えるエリク君。
ふっとそんな彼の姿に笑みを零して、そっと彼の背中を階段の下へ押してやる。

「私の仲間か町の人に助けを・・・」

「わかった。誰か呼んでくるから、それまで死なないで・・・セヴラン」

ダッと階段を駆け下りていくエリク君。

「なんて不吉なことを言うんですか・・・。死なないですよ、たぶん」

ピシンとひと鞭叩きつけたあと、魔力を鞭に流してその姿を変えさせていく。
非力な自分が勝つために、鞭に無数の鉄の棘を。

「・・・あとは、私の覚悟だけです。・・・でも誰か来てくれないかな・・・」

リオネルとか助けにきてくれないだろうか・・・。
セヴランの情けない願いをあざ笑うように、ナタンの仲間の男は剣をセヴランに向け、ギラギラとした目で睨んでくる。

「てめえ、殺してやる」

・・・誰か、本当に助けてほしい。
そう願いながらも、鞭の柄を改めてギュッと強く握りしめた。








冒険者ギルドからゴダール男爵邸まで走って辿り着いたときには、ゼーハーゼーハーと死ぬ寸前でした。
身体強化を使った私のスピードに、生身のままで並走するというか楽々と追い越していくふたり。

ムカつくわ。
しかもリオネルなんて、「遅いよ?早く行って暴れたいよ?」みたいな顔してチラチラこっちを伺いやがって!

「大丈夫ですか、ヴィー?」

「ハーハー、大丈夫・・・なわけないでしょ!い、息が苦しい」

ゼーハーゼーハー。

「私はナタンを捕らえに本邸に行きますけど、ヴィーはどこかで待っていますか?ルネたちが乗って来た馬車もどこかに停めてあると思いますし」

ああー、馬車で終わるのを待っているのって素敵!とっても心動かされる提案だわ。

「いいえ。後方支援でまだまだ頑張れるわ!でも大方片付いてるみたいね」

キョロキョロと男爵邸の庭を見回すと、町のおじさんやおばさんがあちこちでナタンの仲間らしい男たちを縄で縛り上げている。

「そうですね。・・・て、リオネル!勝手にどこに行くんですか?」

リオネルは可愛いお鼻をヒクヒクとさせたあと、ピューと駆け出していった。

「ルネでも見つけたのかな?」

「もしくは戦っている人がいたとか?」

ま、いいか。
リオネルのことだから、大丈夫でしょ。
むしろ、戦闘だとしたら相手の怪我が心配。
アルベールが私の頭を優しく撫でてくれる。

「大丈夫ですよ。貴方の言いつけを守って殺すことはしないでしょう」

「そうね。それが当たり前なんだけど」

やっぱり、この騒動が落ち着いたら、リオネルには情操教育を始めようと思います!

「アルベールの行く本邸には、リュシアンも行ってるかな?」

「そうですね。奴なら真っ直ぐに本邸に行ってるでしょ」

私は腕を組んで、考えているフリをする。

「じゃあ、私は離れに行くわ。最悪、防御シールドを張ればブリジット様たちを怪我をしないように守れるし。セヴランたちもいるし」

アルベールはひとつ頷くと、サッと身を翻して本邸へと走っていく。
私も庭の隅に建てられたこじんまりとした離れへと、ゆっくりと歩いていく。

ゾクゾクゾク・・・。

「ん?」

なんか、今・・・悪寒が走ったんだけど・・・気のせいよね?


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