46 / 60
暴く
魔力とは
しおりを挟む
温室での作業が終わると兄はミレイユ様用の薬を作るため自室に籠るのだが、今日は私も付いていく。
兄が摘んだ花の蕾や花びら、葉や茎を乾燥させたりそれを粉々に潰したり、煮出して濾したりするのを眺めながら、頭の中を整理する。
つまり、下位貴族の爵位を得られない子息が集まるサロンにて広まった粗悪な薬は、酒よりも悪質で中毒性が強く身を滅ぼすものであるということは理解した。
でも、それを広めてどうするのかしら?
自分たちの思うように操れるならともかく、結果廃人になるなら、それは毒薬と変わらない。
下位貴族たちに広まり、そのあと第一王子の陣営に広まるその薬は解毒薬なんてなかったはず。
兄が作った悪魔の薬として劇薬に指定され、やがて所持することも作ることも禁止された。
作ったとされる兄も即処刑されたもの。
第二王子たち、あのオレリアが作った毒薬と考えるなら、目的は第一王子の力を削ぐため。
あとは、中毒性が強いことを利用して、薬を与えることを褒美に何かしらの利益を得ていたとか?
「今は実験中……かしら?」
「ん? 今は味の調整中だよ?」
「……お兄様。今は夢魔病の薬のことではありませんわ。しかも味の調整って、薬ができたみたいなことを……もしかして、できたのですか?」
座っていたソファーからガバリと身を起こして、兄の持つガラス製の容器を凝視する。
中にはユラユラと薄いビンク色の液体が揺れていた。
「ああ。正直夢魔病が魔力過多の状態によるものなら、その魔力を外に出せばいいと思ってね。ミレイユ嬢にあげた飴で症状が改善したのなら、あとはその飴の成分をどのくらいにすればいいのかって問題だけだ。ミレイユ嬢には申し訳ないが治験者としていろいろと試してもらう。その代わりせめて味ぐらいはね」
兄は私に見せるようにユラユラと容器を揺らす。
味……確かにアンリエッタも苦い薬は飲めなかったから、こだわるべきところだけど……。
「むしろ問題は吸魔草の栽培だよ。母上が造った温室では問題なく栽培できるけど、他の場所ではどうだろうか?」
「まさか、吸魔草なだけに魔力がないと育たないとは言いませんよね?」
私は冗談のつもりで口にした言葉だったが、兄はクワッと目を見開きツカツカと私に歩み寄ると両手で私の両手を握った。
「そう! そうだよ! どおりで王都では栽培に失敗したはずだ。魔力……そうか、吸魔草の養分は魔力だったのか……」
ブツブツと独り言を呟き自分の世界に入ってしまった兄の姿に、私はため息を吐いた。
兄がこうなってしまったら、もうダメだ。
何かしらの答えを見つけるまでは、籠りきりになるだろう。
私は兄の思考の邪魔にならないように、そっと兄の部屋から出て行った。
王都にはない素朴な焼き菓子を口に運び、ハーブティーとは名ばかりの雑草茶を楽しむ。
「健康には良さそうだけど、慣れないとこの味は微妙ね」
今回は一緒にアルナルディ家まで帰ってきたアンリエッタと午後のティータイムだ。
兄は部屋に籠りきりで昼食にも顔を出さなかった。
「それで、その粗悪な薬が出回っているのが、シャルロットは実験だと考えてるの?」
「ええ、そうよ。ジョルダン伯爵家が船で密輸したヴォルチエ国の薬草で作った薬を、下位貴族の子息が集まるサロンで密かに売買して、その効果を確かめていると思うの」
安価でバラ撒いた薬の効果、頻度による中毒性、廃人までの期間……薬の効果的な使い方を模索できるうえ小金を得ることができる。
彼ら、いいえオレリアにとっては最適な実験場だわ。
「ふむ。じゃあ、私はジョルダン伯爵家の近くでその薬らしきものが出回っていないか調べるわ。特に平民……それも貧民街や酒場とか」
「どうして?」
「いきなり貴族で試すわけないでしょ? その薬を作り上げるまでの実験体として平民、それも貧民や破落戸たちが犠牲になっていると思うわ。貴族子息に与えられた薬はその犠牲の元作られた試作品よ。少なくとも多少の死人が出ているから、自領でバラ撒くほどバカじゃないでしょ。だから近隣の領地を調べるのよ」
「下位貴族たちの前に、既に実験済ってことね」
私は頭が痛くなってきた。
薬を扱う人間でありながら、人の命を軽く扱いすぎるわ。
「そして下位貴族である程度の効果がわかれば、改良して政敵や邪魔者に飲ます。地位の高い者に使い、自分たちの駒として操る……なんて考えているんでしょう」
アンリエッタは、ハッと鼻で笑うと怖い顔で私を睨む。
「な、なによ」
「いい? 絶対にその薬とサミュエル様を繋げてはいけないわ。どんな手を使ってもそのオレリアという毒花にサミュエル様を近づけない! いいわね?」
私は親友の見たこともない迫力に呑まれ、コクコクと何度も頷いたのだった。
「それにしても、ヴォルチエ国から密輸している薬草って何かしら?」
アンリエッタがちょっと嫌そうにハーブティーの香りを嗅ぐ。
「そうねぇ。あれじゃない? 魔力が豊富で魔法使いのいる国だったとしたら、その薬草も魔力がある薬草ではないかしら?」
その魔力のある薬草と何かを混ぜて作った薬は、人の心を惑わせて壊してしまう恐ろしいものだ。
魔法を使えなくなった私たちにとっては、魔力というものは毒なのかもしれない。
兄が摘んだ花の蕾や花びら、葉や茎を乾燥させたりそれを粉々に潰したり、煮出して濾したりするのを眺めながら、頭の中を整理する。
つまり、下位貴族の爵位を得られない子息が集まるサロンにて広まった粗悪な薬は、酒よりも悪質で中毒性が強く身を滅ぼすものであるということは理解した。
でも、それを広めてどうするのかしら?
自分たちの思うように操れるならともかく、結果廃人になるなら、それは毒薬と変わらない。
下位貴族たちに広まり、そのあと第一王子の陣営に広まるその薬は解毒薬なんてなかったはず。
兄が作った悪魔の薬として劇薬に指定され、やがて所持することも作ることも禁止された。
作ったとされる兄も即処刑されたもの。
第二王子たち、あのオレリアが作った毒薬と考えるなら、目的は第一王子の力を削ぐため。
あとは、中毒性が強いことを利用して、薬を与えることを褒美に何かしらの利益を得ていたとか?
「今は実験中……かしら?」
「ん? 今は味の調整中だよ?」
「……お兄様。今は夢魔病の薬のことではありませんわ。しかも味の調整って、薬ができたみたいなことを……もしかして、できたのですか?」
座っていたソファーからガバリと身を起こして、兄の持つガラス製の容器を凝視する。
中にはユラユラと薄いビンク色の液体が揺れていた。
「ああ。正直夢魔病が魔力過多の状態によるものなら、その魔力を外に出せばいいと思ってね。ミレイユ嬢にあげた飴で症状が改善したのなら、あとはその飴の成分をどのくらいにすればいいのかって問題だけだ。ミレイユ嬢には申し訳ないが治験者としていろいろと試してもらう。その代わりせめて味ぐらいはね」
兄は私に見せるようにユラユラと容器を揺らす。
味……確かにアンリエッタも苦い薬は飲めなかったから、こだわるべきところだけど……。
「むしろ問題は吸魔草の栽培だよ。母上が造った温室では問題なく栽培できるけど、他の場所ではどうだろうか?」
「まさか、吸魔草なだけに魔力がないと育たないとは言いませんよね?」
私は冗談のつもりで口にした言葉だったが、兄はクワッと目を見開きツカツカと私に歩み寄ると両手で私の両手を握った。
「そう! そうだよ! どおりで王都では栽培に失敗したはずだ。魔力……そうか、吸魔草の養分は魔力だったのか……」
ブツブツと独り言を呟き自分の世界に入ってしまった兄の姿に、私はため息を吐いた。
兄がこうなってしまったら、もうダメだ。
何かしらの答えを見つけるまでは、籠りきりになるだろう。
私は兄の思考の邪魔にならないように、そっと兄の部屋から出て行った。
王都にはない素朴な焼き菓子を口に運び、ハーブティーとは名ばかりの雑草茶を楽しむ。
「健康には良さそうだけど、慣れないとこの味は微妙ね」
今回は一緒にアルナルディ家まで帰ってきたアンリエッタと午後のティータイムだ。
兄は部屋に籠りきりで昼食にも顔を出さなかった。
「それで、その粗悪な薬が出回っているのが、シャルロットは実験だと考えてるの?」
「ええ、そうよ。ジョルダン伯爵家が船で密輸したヴォルチエ国の薬草で作った薬を、下位貴族の子息が集まるサロンで密かに売買して、その効果を確かめていると思うの」
安価でバラ撒いた薬の効果、頻度による中毒性、廃人までの期間……薬の効果的な使い方を模索できるうえ小金を得ることができる。
彼ら、いいえオレリアにとっては最適な実験場だわ。
「ふむ。じゃあ、私はジョルダン伯爵家の近くでその薬らしきものが出回っていないか調べるわ。特に平民……それも貧民街や酒場とか」
「どうして?」
「いきなり貴族で試すわけないでしょ? その薬を作り上げるまでの実験体として平民、それも貧民や破落戸たちが犠牲になっていると思うわ。貴族子息に与えられた薬はその犠牲の元作られた試作品よ。少なくとも多少の死人が出ているから、自領でバラ撒くほどバカじゃないでしょ。だから近隣の領地を調べるのよ」
「下位貴族たちの前に、既に実験済ってことね」
私は頭が痛くなってきた。
薬を扱う人間でありながら、人の命を軽く扱いすぎるわ。
「そして下位貴族である程度の効果がわかれば、改良して政敵や邪魔者に飲ます。地位の高い者に使い、自分たちの駒として操る……なんて考えているんでしょう」
アンリエッタは、ハッと鼻で笑うと怖い顔で私を睨む。
「な、なによ」
「いい? 絶対にその薬とサミュエル様を繋げてはいけないわ。どんな手を使ってもそのオレリアという毒花にサミュエル様を近づけない! いいわね?」
私は親友の見たこともない迫力に呑まれ、コクコクと何度も頷いたのだった。
「それにしても、ヴォルチエ国から密輸している薬草って何かしら?」
アンリエッタがちょっと嫌そうにハーブティーの香りを嗅ぐ。
「そうねぇ。あれじゃない? 魔力が豊富で魔法使いのいる国だったとしたら、その薬草も魔力がある薬草ではないかしら?」
その魔力のある薬草と何かを混ぜて作った薬は、人の心を惑わせて壊してしまう恐ろしいものだ。
魔法を使えなくなった私たちにとっては、魔力というものは毒なのかもしれない。
15
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる