45 / 60
暴く
甘い誘惑と絶望の未来
しおりを挟む
「ふうーっ」
学園がお休みの週末、私と兄はいつもの如くアルナルディ家の屋敷に帰ってきていた。
もちろん、父には第二王子たちの不穏な動きのことも、知り合ったイレール様やフルール様のことも内緒にしている。
母のことや隣国のヴェルチエ国については父に話を聞いてみたが、何かしらの進展はないままだった。
そして、私は母の思い出が積もる不思議な温室へ朝早くから足を運び、水やりをしている。
一緒に来た兄は一つ一つの葉や根を確認して、蕾や花を摘んだりしていた。
私は狭いながらも快適な温度を保つこの温室をグルリと見回わす。
「これも、ヴォルチエ国の技術なのかしら?」
「そうだろうね。なんでも失われた技術、魔道具の制作が盛んな国らしいから」
よっこいせと重々しく立ち上がり、腰の辺りを拳でトントンと叩く兄へ、冷たい一瞥を送ると私は首を傾げた。
「お兄様の魔力云々はお母様の生まれた国、ヴォルチエ国の影響なの?」
「……あの国では、今でも魔法使い……魔力を持ち魔法を行使できる人たちがいると思っているよ」
手の平に赤い花の蕾を乗せ観察しながら答える兄に、私はズイッと詰め寄った。
「お母様は魔法が使える方だった? もしかしてお兄様も?」
「ええっ! ち、違うよっ。僕は魔法は使えない……でも魔力はあると思う。それは、お前もね」
「私も?」
私は自分の体を見て、あちこちパンパンと手で叩いて確かめてみた。
「そんなことをしても魔力はわからないよ。他の国にある魔道具は昔に作られた物だ。今でもそれらが動くのは中にある魔石を交換しているからだ。でも、魔道具は作るときにも製造者の魔力を必要とする。だから新しく魔道具は作られない……ヴォルチエ国以外では」
「……でも、お母様はこの温室を造るとき、ご自分で魔道具を作られた」
この温室をいつでも適温に保つ魔道具を。
「ヴォルチエ国が他国と交流しないのは、血が混じって魔法使いが減ることを危惧しているのかもしれない。他の国と同様に魔法使いがいいない国にならないように」
兄の推測に私も頷いた。
魔法使い同士の結婚以外は認められない……なぜなら魔法を使えない者との結婚では魔法使いが生まれる確率が低くなるから。
だから、お母様はお父様と結婚するために、国を出てきたのだろう。
「あ、じゃあジョルダン伯爵家はヴォルチエ国と何を交易しているの? まさか魔道具を?」
「いや、魔道具を他国に売ることはない。もし売れば今でも魔道具を作ることができる職人がいるとバレる。そうすれば各国の争奪戦が始まるよ。ヴォルチエ国がいくら鎖国していても複数の他国から同時に攻められては滅びるしかない」
「……じゃあ、何を?」
「母上が得意だったのは魔道具作りだけじゃないだろう?」
含みのある兄の言い方にカチンとしたが、冷静に考えてみる。
答えは目の前にあるのに。
「……薬草。つまり薬ね?」
「最近、下位貴族の間で粗悪な薬が出回っていると噂になっている」
カサリ。
手紙の内容が頭に入ってこない。
あの日以来、私たちとイレール様モルヴァン公爵家との繋がりを第二王子たちに悟られないよう、表向き接触することを避けることにした。
私とアンリエッタは仲良くしてくださるフルール様から情報を、兄はイレール様が用意した助手の方を通じて情報を共有しているけど、時々イレール様はこちらを気遣う手紙をくださるのだ。
もちろん、兄宛てに。
「ごめんなさい、お兄様。彼らが薬に溺れる理由がよくわからないわ」
貴族子息たちが集まる社交界、つまりサロンがあるのだが、ちょっとした賭け事やお酒を嗜みながら情報交換をする場に、最近出回る薬がある。
ほんの少し飲めば不安が解消されぐっすりと眠れるとか、慢性的な疲れが癒され頭がスッキリと明瞭になるとか。
「なんですの? 気分が高揚して実力以上の力が発揮できるとか? 眉唾ものじゃありませんか」
薬を飲んで心身の不調が治ったり、能力の開眼ができたら、誰も苦労はしないでしょ。
「そんな劇的な効果はないよ。ただ、そう錯覚するほど気分が変わる。そして、一度の服用では足らずに何度も口にして、中毒になっていくんだ。最後には薬を飲まないと通常の生活にも支障が出るほどの不安に苛まれ、長く飲用を続ければ命に関わる」
「……そんな恐ろしい薬が出回っているなんて……」
私は薬の危険性に顔を蒼褪め、改めて手紙に目を落とす。
ここで薬を使用しているのは下位貴族の子息、しかも嫡男以外の三男や四男が多いと書かれている。
「将来への不安だろうね。三男や四男ともなれば成人してからは家を出なければならない。貴族としては生きていかれない。自分で文官になるか騎士になるか、それとも平民として慎ましく生きていくか、商売に手を出すか……婿入り先を探すか」
貴族としての地位を失いたくないなら貴族家への婿入りでしょうけど、そんな婚姻は幼いころに決まってしまう。
この怪しげなサロンに出入りするような身分の方たちであれば、自己の才覚で成り上がるしかないだろう。
「でも、それもできずに腐っているところを誰かに狙われたのでしょうね」
私はため息を吐いて広げた手紙をキレイに折り畳み、兄へと返した。
そして、ここからさらに薬は広がっていく。
前の時間でもそうだった。
やがて、第一王子陣営をも切り崩す大きな問題となって。
学園がお休みの週末、私と兄はいつもの如くアルナルディ家の屋敷に帰ってきていた。
もちろん、父には第二王子たちの不穏な動きのことも、知り合ったイレール様やフルール様のことも内緒にしている。
母のことや隣国のヴェルチエ国については父に話を聞いてみたが、何かしらの進展はないままだった。
そして、私は母の思い出が積もる不思議な温室へ朝早くから足を運び、水やりをしている。
一緒に来た兄は一つ一つの葉や根を確認して、蕾や花を摘んだりしていた。
私は狭いながらも快適な温度を保つこの温室をグルリと見回わす。
「これも、ヴォルチエ国の技術なのかしら?」
「そうだろうね。なんでも失われた技術、魔道具の制作が盛んな国らしいから」
よっこいせと重々しく立ち上がり、腰の辺りを拳でトントンと叩く兄へ、冷たい一瞥を送ると私は首を傾げた。
「お兄様の魔力云々はお母様の生まれた国、ヴォルチエ国の影響なの?」
「……あの国では、今でも魔法使い……魔力を持ち魔法を行使できる人たちがいると思っているよ」
手の平に赤い花の蕾を乗せ観察しながら答える兄に、私はズイッと詰め寄った。
「お母様は魔法が使える方だった? もしかしてお兄様も?」
「ええっ! ち、違うよっ。僕は魔法は使えない……でも魔力はあると思う。それは、お前もね」
「私も?」
私は自分の体を見て、あちこちパンパンと手で叩いて確かめてみた。
「そんなことをしても魔力はわからないよ。他の国にある魔道具は昔に作られた物だ。今でもそれらが動くのは中にある魔石を交換しているからだ。でも、魔道具は作るときにも製造者の魔力を必要とする。だから新しく魔道具は作られない……ヴォルチエ国以外では」
「……でも、お母様はこの温室を造るとき、ご自分で魔道具を作られた」
この温室をいつでも適温に保つ魔道具を。
「ヴォルチエ国が他国と交流しないのは、血が混じって魔法使いが減ることを危惧しているのかもしれない。他の国と同様に魔法使いがいいない国にならないように」
兄の推測に私も頷いた。
魔法使い同士の結婚以外は認められない……なぜなら魔法を使えない者との結婚では魔法使いが生まれる確率が低くなるから。
だから、お母様はお父様と結婚するために、国を出てきたのだろう。
「あ、じゃあジョルダン伯爵家はヴォルチエ国と何を交易しているの? まさか魔道具を?」
「いや、魔道具を他国に売ることはない。もし売れば今でも魔道具を作ることができる職人がいるとバレる。そうすれば各国の争奪戦が始まるよ。ヴォルチエ国がいくら鎖国していても複数の他国から同時に攻められては滅びるしかない」
「……じゃあ、何を?」
「母上が得意だったのは魔道具作りだけじゃないだろう?」
含みのある兄の言い方にカチンとしたが、冷静に考えてみる。
答えは目の前にあるのに。
「……薬草。つまり薬ね?」
「最近、下位貴族の間で粗悪な薬が出回っていると噂になっている」
カサリ。
手紙の内容が頭に入ってこない。
あの日以来、私たちとイレール様モルヴァン公爵家との繋がりを第二王子たちに悟られないよう、表向き接触することを避けることにした。
私とアンリエッタは仲良くしてくださるフルール様から情報を、兄はイレール様が用意した助手の方を通じて情報を共有しているけど、時々イレール様はこちらを気遣う手紙をくださるのだ。
もちろん、兄宛てに。
「ごめんなさい、お兄様。彼らが薬に溺れる理由がよくわからないわ」
貴族子息たちが集まる社交界、つまりサロンがあるのだが、ちょっとした賭け事やお酒を嗜みながら情報交換をする場に、最近出回る薬がある。
ほんの少し飲めば不安が解消されぐっすりと眠れるとか、慢性的な疲れが癒され頭がスッキリと明瞭になるとか。
「なんですの? 気分が高揚して実力以上の力が発揮できるとか? 眉唾ものじゃありませんか」
薬を飲んで心身の不調が治ったり、能力の開眼ができたら、誰も苦労はしないでしょ。
「そんな劇的な効果はないよ。ただ、そう錯覚するほど気分が変わる。そして、一度の服用では足らずに何度も口にして、中毒になっていくんだ。最後には薬を飲まないと通常の生活にも支障が出るほどの不安に苛まれ、長く飲用を続ければ命に関わる」
「……そんな恐ろしい薬が出回っているなんて……」
私は薬の危険性に顔を蒼褪め、改めて手紙に目を落とす。
ここで薬を使用しているのは下位貴族の子息、しかも嫡男以外の三男や四男が多いと書かれている。
「将来への不安だろうね。三男や四男ともなれば成人してからは家を出なければならない。貴族としては生きていかれない。自分で文官になるか騎士になるか、それとも平民として慎ましく生きていくか、商売に手を出すか……婿入り先を探すか」
貴族としての地位を失いたくないなら貴族家への婿入りでしょうけど、そんな婚姻は幼いころに決まってしまう。
この怪しげなサロンに出入りするような身分の方たちであれば、自己の才覚で成り上がるしかないだろう。
「でも、それもできずに腐っているところを誰かに狙われたのでしょうね」
私はため息を吐いて広げた手紙をキレイに折り畳み、兄へと返した。
そして、ここからさらに薬は広がっていく。
前の時間でもそうだった。
やがて、第一王子陣営をも切り崩す大きな問題となって。
15
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる