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暴く
甘い誘惑と絶望の未来
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「ふうーっ」
学園がお休みの週末、私と兄はいつもの如くアルナルディ家の屋敷に帰ってきていた。
もちろん、父には第二王子たちの不穏な動きのことも、知り合ったイレール様やフルール様のことも内緒にしている。
母のことや隣国のヴェルチエ国については父に話を聞いてみたが、何かしらの進展はないままだった。
そして、私は母の思い出が積もる不思議な温室へ朝早くから足を運び、水やりをしている。
一緒に来た兄は一つ一つの葉や根を確認して、蕾や花を摘んだりしていた。
私は狭いながらも快適な温度を保つこの温室をグルリと見回わす。
「これも、ヴォルチエ国の技術なのかしら?」
「そうだろうね。なんでも失われた技術、魔道具の制作が盛んな国らしいから」
よっこいせと重々しく立ち上がり、腰の辺りを拳でトントンと叩く兄へ、冷たい一瞥を送ると私は首を傾げた。
「お兄様の魔力云々はお母様の生まれた国、ヴォルチエ国の影響なの?」
「……あの国では、今でも魔法使い……魔力を持ち魔法を行使できる人たちがいると思っているよ」
手の平に赤い花の蕾を乗せ観察しながら答える兄に、私はズイッと詰め寄った。
「お母様は魔法が使える方だった? もしかしてお兄様も?」
「ええっ! ち、違うよっ。僕は魔法は使えない……でも魔力はあると思う。それは、お前もね」
「私も?」
私は自分の体を見て、あちこちパンパンと手で叩いて確かめてみた。
「そんなことをしても魔力はわからないよ。他の国にある魔道具は昔に作られた物だ。今でもそれらが動くのは中にある魔石を交換しているからだ。でも、魔道具は作るときにも製造者の魔力を必要とする。だから新しく魔道具は作られない……ヴォルチエ国以外では」
「……でも、お母様はこの温室を造るとき、ご自分で魔道具を作られた」
この温室をいつでも適温に保つ魔道具を。
「ヴォルチエ国が他国と交流しないのは、血が混じって魔法使いが減ることを危惧しているのかもしれない。他の国と同様に魔法使いがいいない国にならないように」
兄の推測に私も頷いた。
魔法使い同士の結婚以外は認められない……なぜなら魔法を使えない者との結婚では魔法使いが生まれる確率が低くなるから。
だから、お母様はお父様と結婚するために、国を出てきたのだろう。
「あ、じゃあジョルダン伯爵家はヴォルチエ国と何を交易しているの? まさか魔道具を?」
「いや、魔道具を他国に売ることはない。もし売れば今でも魔道具を作ることができる職人がいるとバレる。そうすれば各国の争奪戦が始まるよ。ヴォルチエ国がいくら鎖国していても複数の他国から同時に攻められては滅びるしかない」
「……じゃあ、何を?」
「母上が得意だったのは魔道具作りだけじゃないだろう?」
含みのある兄の言い方にカチンとしたが、冷静に考えてみる。
答えは目の前にあるのに。
「……薬草。つまり薬ね?」
「最近、下位貴族の間で粗悪な薬が出回っていると噂になっている」
カサリ。
手紙の内容が頭に入ってこない。
あの日以来、私たちとイレール様モルヴァン公爵家との繋がりを第二王子たちに悟られないよう、表向き接触することを避けることにした。
私とアンリエッタは仲良くしてくださるフルール様から情報を、兄はイレール様が用意した助手の方を通じて情報を共有しているけど、時々イレール様はこちらを気遣う手紙をくださるのだ。
もちろん、兄宛てに。
「ごめんなさい、お兄様。彼らが薬に溺れる理由がよくわからないわ」
貴族子息たちが集まる社交界、つまりサロンがあるのだが、ちょっとした賭け事やお酒を嗜みながら情報交換をする場に、最近出回る薬がある。
ほんの少し飲めば不安が解消されぐっすりと眠れるとか、慢性的な疲れが癒され頭がスッキリと明瞭になるとか。
「なんですの? 気分が高揚して実力以上の力が発揮できるとか? 眉唾ものじゃありませんか」
薬を飲んで心身の不調が治ったり、能力の開眼ができたら、誰も苦労はしないでしょ。
「そんな劇的な効果はないよ。ただ、そう錯覚するほど気分が変わる。そして、一度の服用では足らずに何度も口にして、中毒になっていくんだ。最後には薬を飲まないと通常の生活にも支障が出るほどの不安に苛まれ、長く飲用を続ければ命に関わる」
「……そんな恐ろしい薬が出回っているなんて……」
私は薬の危険性に顔を蒼褪め、改めて手紙に目を落とす。
ここで薬を使用しているのは下位貴族の子息、しかも嫡男以外の三男や四男が多いと書かれている。
「将来への不安だろうね。三男や四男ともなれば成人してからは家を出なければならない。貴族としては生きていかれない。自分で文官になるか騎士になるか、それとも平民として慎ましく生きていくか、商売に手を出すか……婿入り先を探すか」
貴族としての地位を失いたくないなら貴族家への婿入りでしょうけど、そんな婚姻は幼いころに決まってしまう。
この怪しげなサロンに出入りするような身分の方たちであれば、自己の才覚で成り上がるしかないだろう。
「でも、それもできずに腐っているところを誰かに狙われたのでしょうね」
私はため息を吐いて広げた手紙をキレイに折り畳み、兄へと返した。
そして、ここからさらに薬は広がっていく。
前の時間でもそうだった。
やがて、第一王子陣営をも切り崩す大きな問題となって。
学園がお休みの週末、私と兄はいつもの如くアルナルディ家の屋敷に帰ってきていた。
もちろん、父には第二王子たちの不穏な動きのことも、知り合ったイレール様やフルール様のことも内緒にしている。
母のことや隣国のヴェルチエ国については父に話を聞いてみたが、何かしらの進展はないままだった。
そして、私は母の思い出が積もる不思議な温室へ朝早くから足を運び、水やりをしている。
一緒に来た兄は一つ一つの葉や根を確認して、蕾や花を摘んだりしていた。
私は狭いながらも快適な温度を保つこの温室をグルリと見回わす。
「これも、ヴォルチエ国の技術なのかしら?」
「そうだろうね。なんでも失われた技術、魔道具の制作が盛んな国らしいから」
よっこいせと重々しく立ち上がり、腰の辺りを拳でトントンと叩く兄へ、冷たい一瞥を送ると私は首を傾げた。
「お兄様の魔力云々はお母様の生まれた国、ヴォルチエ国の影響なの?」
「……あの国では、今でも魔法使い……魔力を持ち魔法を行使できる人たちがいると思っているよ」
手の平に赤い花の蕾を乗せ観察しながら答える兄に、私はズイッと詰め寄った。
「お母様は魔法が使える方だった? もしかしてお兄様も?」
「ええっ! ち、違うよっ。僕は魔法は使えない……でも魔力はあると思う。それは、お前もね」
「私も?」
私は自分の体を見て、あちこちパンパンと手で叩いて確かめてみた。
「そんなことをしても魔力はわからないよ。他の国にある魔道具は昔に作られた物だ。今でもそれらが動くのは中にある魔石を交換しているからだ。でも、魔道具は作るときにも製造者の魔力を必要とする。だから新しく魔道具は作られない……ヴォルチエ国以外では」
「……でも、お母様はこの温室を造るとき、ご自分で魔道具を作られた」
この温室をいつでも適温に保つ魔道具を。
「ヴォルチエ国が他国と交流しないのは、血が混じって魔法使いが減ることを危惧しているのかもしれない。他の国と同様に魔法使いがいいない国にならないように」
兄の推測に私も頷いた。
魔法使い同士の結婚以外は認められない……なぜなら魔法を使えない者との結婚では魔法使いが生まれる確率が低くなるから。
だから、お母様はお父様と結婚するために、国を出てきたのだろう。
「あ、じゃあジョルダン伯爵家はヴォルチエ国と何を交易しているの? まさか魔道具を?」
「いや、魔道具を他国に売ることはない。もし売れば今でも魔道具を作ることができる職人がいるとバレる。そうすれば各国の争奪戦が始まるよ。ヴォルチエ国がいくら鎖国していても複数の他国から同時に攻められては滅びるしかない」
「……じゃあ、何を?」
「母上が得意だったのは魔道具作りだけじゃないだろう?」
含みのある兄の言い方にカチンとしたが、冷静に考えてみる。
答えは目の前にあるのに。
「……薬草。つまり薬ね?」
「最近、下位貴族の間で粗悪な薬が出回っていると噂になっている」
カサリ。
手紙の内容が頭に入ってこない。
あの日以来、私たちとイレール様モルヴァン公爵家との繋がりを第二王子たちに悟られないよう、表向き接触することを避けることにした。
私とアンリエッタは仲良くしてくださるフルール様から情報を、兄はイレール様が用意した助手の方を通じて情報を共有しているけど、時々イレール様はこちらを気遣う手紙をくださるのだ。
もちろん、兄宛てに。
「ごめんなさい、お兄様。彼らが薬に溺れる理由がよくわからないわ」
貴族子息たちが集まる社交界、つまりサロンがあるのだが、ちょっとした賭け事やお酒を嗜みながら情報交換をする場に、最近出回る薬がある。
ほんの少し飲めば不安が解消されぐっすりと眠れるとか、慢性的な疲れが癒され頭がスッキリと明瞭になるとか。
「なんですの? 気分が高揚して実力以上の力が発揮できるとか? 眉唾ものじゃありませんか」
薬を飲んで心身の不調が治ったり、能力の開眼ができたら、誰も苦労はしないでしょ。
「そんな劇的な効果はないよ。ただ、そう錯覚するほど気分が変わる。そして、一度の服用では足らずに何度も口にして、中毒になっていくんだ。最後には薬を飲まないと通常の生活にも支障が出るほどの不安に苛まれ、長く飲用を続ければ命に関わる」
「……そんな恐ろしい薬が出回っているなんて……」
私は薬の危険性に顔を蒼褪め、改めて手紙に目を落とす。
ここで薬を使用しているのは下位貴族の子息、しかも嫡男以外の三男や四男が多いと書かれている。
「将来への不安だろうね。三男や四男ともなれば成人してからは家を出なければならない。貴族としては生きていかれない。自分で文官になるか騎士になるか、それとも平民として慎ましく生きていくか、商売に手を出すか……婿入り先を探すか」
貴族としての地位を失いたくないなら貴族家への婿入りでしょうけど、そんな婚姻は幼いころに決まってしまう。
この怪しげなサロンに出入りするような身分の方たちであれば、自己の才覚で成り上がるしかないだろう。
「でも、それもできずに腐っているところを誰かに狙われたのでしょうね」
私はため息を吐いて広げた手紙をキレイに折り畳み、兄へと返した。
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やがて、第一王子陣営をも切り崩す大きな問題となって。
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