死に戻りの処方箋

沢野 りお

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謎の飴

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ミレイユ様は夢魔病に侵されていて、この頃は数日眠ったままでいることも増えてきたそうだ。

「たしかに、眠っていて起きたあと、喉の渇きはありますが空腹を感じることは少ないです」

ミレイユ様の言葉にイレール様も頷いた。

「それに、足の衰えや体力の減少も見られない。もちろん重症者のように数か月も寝たきりだった場合はわからないが」

ミレイユ様は日々の倦怠感も少なく、眠る時間が人より少し長い。
去年ぐらいから、一日中眠っていたり、二、三日眠り続ける症状が出てきたらしい。

「わたくしの中にある魔力が体の機能を止めてしまっているせいなの?」

「正確には体の中で処理しきれない魔力を減少させるための代替行動です。魔力が体の中に溢れて抑え切れない場合は即死です」

兄が顔を顰めて断言する。
兄の言葉にモルヴァン公爵兄妹は顔色を変えた。

「そ、それで、サミュエル殿は妹の体に魔力があるというのか?」

イレール様の質問に兄は確信を持って強く頷くと、ゴソゴソとカバンの中を漁りだす。

さて、兄の仮説をまとめてみよう。
昔の名残か突然変異か、ごくまれに魔力を持つ人が生まれる。
この魔力は、体の中のなんらかの器官によって生み出されるもので、魔法として消化しないと体に溜まり続ける。

だけど、魔法を失った私たちは魔法を使うこともできず、魔力を体外に放出する術を持たない。
体の中に溜まった魔力は、やがて溢れてその命を奪ってしまう。

そのため、魔力は力を消化させるため、体の内臓器官の代替行動に出る。
しかし、魔力による生命エネルギーの循環はかなりの負担を持ち主にかけることになる。

その結果、倦怠感に襲われ、耐えがたい睡魔に抗えず、生きてはいるが活動することが困難な状態になってしまう。
やがて、魔力がある程度消化されると代替行動も終了を迎える。
そのとき、魔力によって抑制されていた内臓器官が再び動き出すことがなく、静かに終焉を向かえる――つまり、死だ。

人によって症状の重さ、死までの期間が違うのは、その人が持つ魔力の多さだと考える。
つまり、魔力が多ければ体内で消化するのに時間がかかるので、死期が遅くなる。

「ミレイユ様の症状はかなりゆるやかで、発病してから何日も眠る症状が出るまでのことを考えると、かなり魔力が多いんだと思います」

カバンの中から目当てのものを見つけてご機嫌に口元を緩ませる兄に、もう少し状況を考えてと怒鳴りたい。
魔力なんてどうすればいいのかわからない病因を聞いて絶望しているミレイユ様の気持ちを考えて!

「さあ、これをどうぞ」

兄がミレイユ様に差し出したのは、手のひらでコロンと転がる丸い飴?

「こ、これは?」

「夢魔病の薬といいたいところですが、いまはまだ調薬するまで至っていません。これは薬草を煮出して飴にしたものです」

さあ、どうぞとグイッとミレイユ様へ突き出す兄に、みんなが戸惑う。

「お、お兄様。その飴に使われている薬草はどんな効能がありますの?」

「あ、そうだね。この薬草はちょっと王都では珍しいかもしれないが。オレガノとミントが入っている。もう一つはまだ内緒だよ」

「内緒って……」

そんな得体のしれない飴を公爵令嬢に自ら差し出すのは兄らしいけど、本当なら公爵家の護衛騎士に取り押さえられても文句は言えません。
チラッとミレイユ様の様子を窺うと、ちょっと顔が引きつっています。

「あら、毒見が必要なのではなくて。私、喜んで毒見します。サミュエル様が作った飴、食べてみたいですもの」

ハイハイッと右手を挙げて主張するアンリエッタに、私とイレール様がギョッとする。

「あ、あなた。そんな怪しいもの、食べなくても……。むしろ、お兄様が自ら毒見するべきでは?」

私が兄へ強い視線を向けると、兄はビクッと肩を揺らす。

「で、でも、今はこれ一つしか持ってないんだ。あとは眠気覚ましと肩こりと頭痛薬、甘いお菓子しか持ってないよ」

カバンの中を覗き込んで、一つ一つテーブルの上に乗せてくれるけど、兄はいつも何を持ち歩いてるの?

「じゃ、じゃあ、わたくしが戴きます」

ミレイユ様は恐る恐る兄から飴を受け取り、ゴクリと喉を動かした後、口の中へと放り込んだ。

「っぐ」

ミレイユ様は口を手で押さえる。

「ミレイユ!」

イレール様が立ち上がりミレイユ様の肩に両手をかけるけど、ミレイユ様は眉間に深いシワを寄せて口をモゴモゴと動かした。

「……あまり、おいしくないですわ」

「でしょうね。でも、体の中の魔力を消してくれるはずですよ?」

兄がにこやかに紅茶を手にして応えた言葉に、私たちはまたまたビックリしてしまう。

「お兄様……魔力を消すって? そんなことできるのですか?」

「それはわからないよ。その飴は魔除けとされた薬草と吸魔草と呼ばれる薬草で作ったんだ」

吸魔草?
そんな薬草あったかしら?

兄が後でこっそりと教えてくれたが、母の温室で見つけた名も知らない薬草だそうだ。
つまり、吸魔草とは兄が付けた適当な名前らしい。

「不思議……。ずっとどこかにあった重だるい感じがなくなってきました。頭もはっきりとしたきたような?」

ミレイユ様がコロコロと口の中で飴を転がしながら、淑女のマナーとしてはお叱りを受けてしまうのに、口に出さずにはいられないと飴を嘗めてからの体の変化を言い連ねていく。

「そんな……本当にミレイユに魔力が? ま、待ってくれ。魔力がなくなったら今度は体の機能が止まってしまうのではないか?」

イレール様は興奮気味に兄へと迫った。
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