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動く
兄の仮説
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魔力――それは魔法を行使するための力。
幾つもの物語の中で、魔法使いや勇者、はたまた魔王が繰り広げた荒唐無稽な魔法を使った戦いが、どれだけの人々を魅了してきたことか。
昔は、誰でもが魔法を使うことができたという研究をしていた人がいた。
手から水や火を出し、風や土塊を操り、傷ついた人を癒すことができた……という、なんとも怪しい研究だ。
やがて人々は魔法を使うことができなくなり、魔力を持つものも少なくなっていった。
魔力を持つ人を特権階級のように扱い、魔力保持者はどんどん貴族に取り入れられ、平民で魔力を持つ者はいなくなった。
また時が流れ、少しずつ貴族たちの中でも魔力を持たない子が増え、どの家でも魔力を持つ子どもは取り合いになる。
魔力のある子どもの争奪戦に王家も参戦した。
そして、人は魔力を失った。
水は川や井戸から汲み、火は熾し、土は道具で耕し、風は木や壁で防いだ。
怪我や病気をすれば薬を使い、様々な薬を作って普及させた。
いくつかの魔道具をこの世に残し、魔力は消滅してしまったのだと、その研究者は嘆いた。
「その研究は面白半分に読んだことはあるが……著しく評価の低い、その……駄作、作り話として扱われているもので、はっきり言って信じられない内容だった」
イレール様が兄に気を遣いつつ、その研究のダメさ加減を私たちに教えてくれた。
そうよね、私も魔法とか魔力とか信じていません。
私がイレール様たちにそう宣言すると、兄は不思議そうな顔をした。
「え? シャルロットってば、アルナルディ家に生まれたのに信じてないの?」
「ええ。べ、別にお兄様とお母様が二人でコソコソと仲良くしていたのが気に入らないとかじゃありませんわ」
プイッと顔を横に背けると、クスクスと軽い笑い声がイレール様とミレイユ様から聞こえてきた。
途端、私は恥ずかしさで顔を真っ赤に染めスカートをギュッと握りしめた。
「そういえばシャルロットの屋敷には変なものがあったわね」
アンリエッタが視線を上に向け、アルナルディ家の屋敷を思い浮かべ指折り数えていく。
「まずは灯りでしょ。あと音が鳴る箱。絶対に開かない本とか……」
「そういえば、そうね」
廊下に吊るされた灯りは日が沈むと勝手に明るくなり、日が昇ると消えてしまう。
小さな箱は、その蓋を開けるとしばらくかわいい音を奏でるので、必要もないのにパカパカと開けてしまい母に叱られた思い出があるわ。
あと、図書室にあった何冊かの古い本はどうしても開くことができなかった。
アンリエッタは知らないあの温室には、冬の寒い日でも中を温めておける魔道具が設置されている。
あら、考えたことなかったけれど、確かに屋敷の中には不思議なものがいっぱいあったわ。
「僕と母は魔力が視える……と思う。その夢魔病の患者に会うまでは僕は母にしか見えない体を覆うモヤモヤが魔力だなんて思わなかった」
母や夢魔病の患者には、その体を覆うモヤモヤが視えるそう。
でも、視るには条件がある。
「その人の体のどこかに接している必要があるんだ。だから失礼だと思ったけどミレイユ様の手に……」
「あれは、魔力があるかどうかをお調べになっていたの?」
ミレイユ様は両手で口を覆い目を大きく開いて驚いた。
「魔力? お兄様、魔力が夢魔病とどう関係しているのですか?」
私たちには視ることができない魔力のことは後回しにしておいて、その魔力と夢魔病との関係を教えてください。
「う、う~ん。本当に僕の仮説だけど……、夢魔病は体にある魔力が原因で起きるんじゃないかな。体で作られる魔力の放出ができずに、体にため込むことで起きる障害みたいな」
あれ? 兄が何を言っているのかわからないわ。
隣を盗み見て、顔つきは真剣なのに目が遠くを見ているアンリエッタの姿に、仲間を得た感じがして安心した。
「魔力が正常な体に攻撃をしている状態なのか?」
「いいえ。魔力を作る失われた器官を生まれつき持っている人、その中でも魔力の多い人が夢魔病に罹ると思っています。体の中の膨大な魔力を外に放出する術がない。その魔力は次第に持ち主である本人に危害を……いや、違うな」
イレール様と会話していた兄は、何かに気づいたのか急に黙って考えこむ。
ミレイユ様は……、ミレイユ様は自分に魔力があると言われて自分の体のあちこちに触れてみているけど、魔力があるかどうかなんて触ってもわからないだろう。
「そうか! 魔力は勝手に持ち主の体を巡っている。そうして命の代替となって……結果、死に至る」
「やめて、お兄様!」
私は咄嗟に声を上げた。
ミレイユ様はその死の恐怖と静かに戦っているのだ。
その人の前で、夢魔病の残酷な現実を曝け出してはいけないわ。
「いいのよ、シャルロット様。サミュエル様、教えてください。あなたの導き出した答えを」
ミレイユ様は隣に座るイレール様の手を握り、強い視線で兄を射抜いた。
「……。魔力は……外に魔法として放出できない魔力は、持ち主の体を巡り内臓の動きの代わりをしようとします。つまり内臓の動きを止め魔力で持ち主を生かそうとするのです」
でも、それはできない。
動きが鈍くなった内臓、体を巡る魔力というエネルギー。
抗えぬ眠りと倦怠感に襲われて床につくこと増える患者はやがて……。
「魔力では補えない命の流出に、とうとう眠りから目覚めることができずに……死んでしまうのでしょう」
兄が不思議に感じたこと、それは長い眠りから目覚めても患者の体に異変が見られないこと。
「長く眠っていたのに空腹を感じない。やせ衰えるわけでもない、それは魔力が生命力となって患者の体を満たしていたからだと」
「あ!」
身に覚えのある症状だったのか、ミレイユ様が小さく飛び上がって驚いた。
幾つもの物語の中で、魔法使いや勇者、はたまた魔王が繰り広げた荒唐無稽な魔法を使った戦いが、どれだけの人々を魅了してきたことか。
昔は、誰でもが魔法を使うことができたという研究をしていた人がいた。
手から水や火を出し、風や土塊を操り、傷ついた人を癒すことができた……という、なんとも怪しい研究だ。
やがて人々は魔法を使うことができなくなり、魔力を持つものも少なくなっていった。
魔力を持つ人を特権階級のように扱い、魔力保持者はどんどん貴族に取り入れられ、平民で魔力を持つ者はいなくなった。
また時が流れ、少しずつ貴族たちの中でも魔力を持たない子が増え、どの家でも魔力を持つ子どもは取り合いになる。
魔力のある子どもの争奪戦に王家も参戦した。
そして、人は魔力を失った。
水は川や井戸から汲み、火は熾し、土は道具で耕し、風は木や壁で防いだ。
怪我や病気をすれば薬を使い、様々な薬を作って普及させた。
いくつかの魔道具をこの世に残し、魔力は消滅してしまったのだと、その研究者は嘆いた。
「その研究は面白半分に読んだことはあるが……著しく評価の低い、その……駄作、作り話として扱われているもので、はっきり言って信じられない内容だった」
イレール様が兄に気を遣いつつ、その研究のダメさ加減を私たちに教えてくれた。
そうよね、私も魔法とか魔力とか信じていません。
私がイレール様たちにそう宣言すると、兄は不思議そうな顔をした。
「え? シャルロットってば、アルナルディ家に生まれたのに信じてないの?」
「ええ。べ、別にお兄様とお母様が二人でコソコソと仲良くしていたのが気に入らないとかじゃありませんわ」
プイッと顔を横に背けると、クスクスと軽い笑い声がイレール様とミレイユ様から聞こえてきた。
途端、私は恥ずかしさで顔を真っ赤に染めスカートをギュッと握りしめた。
「そういえばシャルロットの屋敷には変なものがあったわね」
アンリエッタが視線を上に向け、アルナルディ家の屋敷を思い浮かべ指折り数えていく。
「まずは灯りでしょ。あと音が鳴る箱。絶対に開かない本とか……」
「そういえば、そうね」
廊下に吊るされた灯りは日が沈むと勝手に明るくなり、日が昇ると消えてしまう。
小さな箱は、その蓋を開けるとしばらくかわいい音を奏でるので、必要もないのにパカパカと開けてしまい母に叱られた思い出があるわ。
あと、図書室にあった何冊かの古い本はどうしても開くことができなかった。
アンリエッタは知らないあの温室には、冬の寒い日でも中を温めておける魔道具が設置されている。
あら、考えたことなかったけれど、確かに屋敷の中には不思議なものがいっぱいあったわ。
「僕と母は魔力が視える……と思う。その夢魔病の患者に会うまでは僕は母にしか見えない体を覆うモヤモヤが魔力だなんて思わなかった」
母や夢魔病の患者には、その体を覆うモヤモヤが視えるそう。
でも、視るには条件がある。
「その人の体のどこかに接している必要があるんだ。だから失礼だと思ったけどミレイユ様の手に……」
「あれは、魔力があるかどうかをお調べになっていたの?」
ミレイユ様は両手で口を覆い目を大きく開いて驚いた。
「魔力? お兄様、魔力が夢魔病とどう関係しているのですか?」
私たちには視ることができない魔力のことは後回しにしておいて、その魔力と夢魔病との関係を教えてください。
「う、う~ん。本当に僕の仮説だけど……、夢魔病は体にある魔力が原因で起きるんじゃないかな。体で作られる魔力の放出ができずに、体にため込むことで起きる障害みたいな」
あれ? 兄が何を言っているのかわからないわ。
隣を盗み見て、顔つきは真剣なのに目が遠くを見ているアンリエッタの姿に、仲間を得た感じがして安心した。
「魔力が正常な体に攻撃をしている状態なのか?」
「いいえ。魔力を作る失われた器官を生まれつき持っている人、その中でも魔力の多い人が夢魔病に罹ると思っています。体の中の膨大な魔力を外に放出する術がない。その魔力は次第に持ち主である本人に危害を……いや、違うな」
イレール様と会話していた兄は、何かに気づいたのか急に黙って考えこむ。
ミレイユ様は……、ミレイユ様は自分に魔力があると言われて自分の体のあちこちに触れてみているけど、魔力があるかどうかなんて触ってもわからないだろう。
「そうか! 魔力は勝手に持ち主の体を巡っている。そうして命の代替となって……結果、死に至る」
「やめて、お兄様!」
私は咄嗟に声を上げた。
ミレイユ様はその死の恐怖と静かに戦っているのだ。
その人の前で、夢魔病の残酷な現実を曝け出してはいけないわ。
「いいのよ、シャルロット様。サミュエル様、教えてください。あなたの導き出した答えを」
ミレイユ様は隣に座るイレール様の手を握り、強い視線で兄を射抜いた。
「……。魔力は……外に魔法として放出できない魔力は、持ち主の体を巡り内臓の動きの代わりをしようとします。つまり内臓の動きを止め魔力で持ち主を生かそうとするのです」
でも、それはできない。
動きが鈍くなった内臓、体を巡る魔力というエネルギー。
抗えぬ眠りと倦怠感に襲われて床につくこと増える患者はやがて……。
「魔力では補えない命の流出に、とうとう眠りから目覚めることができずに……死んでしまうのでしょう」
兄が不思議に感じたこと、それは長い眠りから目覚めても患者の体に異変が見られないこと。
「長く眠っていたのに空腹を感じない。やせ衰えるわけでもない、それは魔力が生命力となって患者の体を満たしていたからだと」
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