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人質は誰?
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王都にあるニヴェール子爵家の屋敷で兄と私、屋敷の主人であるアンリエッタと夕食後、部屋を移動して食後のお茶を楽しむ。
「はあーっ」
「どうしたんだい?」
お茶を楽しむどころか、ここ数日は第二王子対策の相談ばかりで、今日はとうとう第一王子殿下の婚約者であるフルール様の話をしなければいけない。
気が重いわ……。
「シャルロットは考えすぎよ。まあ、前の時間で起きたことを思ったら、のんびりと構えていられないんでしょうけど」
アンリエッタがこちらを見て笑うと、焼き菓子を一つ口へと放り込んだ。
「…………太るわよ」
人の事情を笑う悪友の異種返しに淑女としての禁句を口にすれば、彼女はぐっと喉を詰まらせた。
「イヤなこと言わないで。難しい問題が次からつぎへと起きるから頭を使っているから甘い物がほしいのよ」
フンッと顔を横に背けたアンリエッタは、兄がクスクスと笑いを零しているのにほんのりと顔を赤く染めた。
「……で、フルール嬢とはどんな話を?」
「それが……」
何か重大なことがわかったわけでも、第二王子たちの弱味を握ったわけではないが、フルール様とイレール様が第二王子に対して些か冷たい感情を持っていることが知れた。
「あと、わからないのが……第二王子の側近のこと。なんだかあまり評価されていないみたいでした」
私の話を聞き終わると、兄はゴソゴソと紙を広げ、そこに書かれた第二王子たちの相関図を食い入るように見た。
「あ、そういうことか」
「どういうことです?」
兄と同様にテーブルに広げた紙へと顔を寄せるアンリエッタ。
「第一王子殿下の側近は確か……」
兄は紙の端っこに第一王子殿下とフルール様の名前、イレール様と第一王子殿下の側近の名前を書き加えた。
「第一王子殿下の側近はイレール様を始めとして、それぞれが能力があると認められた人ばかりだ」
どれどれと私も紙に書かれた名前を見るが、田舎の子爵令嬢の私が名前だけで判断できるわけがない。
兄は丁寧にその人物の名前の横に爵位や地位を書いていてくれた。
「あら、この方は既に文官として財務大臣の補佐に入ってるわよ」
「ええ、この方は騎士団で小隊長ですって」
イレール様は公爵子息で第一王子殿下の補佐であるから地位や役職はないが、その他の側近の方々はあちらこちらの部署で頭角を現してきているみたいだった。
「でも……子爵位や騎士爵の方もいるのね」
もちろん、イレール様を筆頭に侯爵家や伯爵家の者もいるが、驚いたのは王太子になるであろう第一王子殿下の側近に下位貴族や一代貴族位の者がいることだった。
「能力主義なのかしら?」
アンリエッタが手を頬に当てて首を傾げるが、私も同じ印象を持った。
「では、第二王子の側近たちはどうだろう?」
兄が少し面白そうに言うから、まるで間違い探しをするような気持ちで、紙をまじまじと見てみる。
「あら」
「これは……」
私とアンリエッタの声が重なる。
第二王子の側近といえば例の宰相子息と騎士団長子息であるが、二人の家の爵位は伯爵と子爵だ。
「確かに、能力があるのは父親で本人ではないわね?」
「でも、まだ学生だし」
私とアンリエッタが顔を見合わせて困惑していると、兄が楽しそうに言葉を挟んできた。
「学園での評価を問えば、彼らは論文の提出を求められていない」
兄が勧められた卒業論文は学生全員に課せられたものではなく、優秀な生徒や特出した生徒にだけ。
「レイモン・コデルリエは剣術は得意だけど、頭は回らないから仕方ないのでは?」
アンリエッタが歯に衣着せずに騎士団長子息を評すれば、兄が肩を竦める。
「宰相子息も……試験の成績は悪くないけど、期待はされていないね」
兄が聞いた話だと、卒業論文を勧められなかったのは、第二王子の側近として仕事が忙しいとのことだったが……そもそも学生だから第二王子の執務の手伝いなどはないらしい。
「正式に第二王子の側近として王宮勤めになれば執務の補佐はするだろうけど、それこそ学生だからね」
その二人以外にも、第二王子の側近は父親や親戚が何かしらの能力はあるが本人の能力は未知数。
高位貴族は嫡男ではなく、三男や四男などの爵位が継げず自分で身を立てる必要がある者ばかり。
極めつけは平民であり、学園の優秀生ではあるオレリアだ。
「まだ、婚約者もいないのに、王族の周りに女性を配するのはどうかな?」
別の理由で婚約者がいない兄が言う。
つまり……フルール様たちが教えようとしたのは、第二王子の側近たちは無能の集まりだから、そこに誘われても有難迷惑ということだったのだ。
今日の作戦会議を終え入浴を済ませ、一人私室で髪を梳かしながら鏡に映る自分の姿を見つめる。
公爵家に嫁いでからは、入浴もままならず髪の毛を梳かす余裕もなかった。
三食食べられる日が減りやせ衰えて、まるで十も二十も歳を取ったような容貌だったわ。
ゴクリ。
……兄やアンリエッタには話さなかったけど、今日、思い出したことがある。
あの日、崖から落ちるときに気が付いたこと。
そして、イレール様の妹さんのこと。
……なぜ、第二王子が私とイレール様を結婚させようとしたのか。
「…………人質だったのだわ」
私は兄の弱味、だから第二王子は自分の仲間のイレール様と私を結婚させ人質とした。
だから兄は逃げることも拒否することもできず、薬を作り続けた?
では、イレール様は?
死に戻ってから言葉を交わすイレール様は、前の時間のイレール様とは違った。
比べてみてわかったわ。
前の時間のときの彼は、私を紳士らしく扱っていただけ。
好意の有無なんて関係なかった。
ただ、命じられたから相手をして、結婚して、逃げられないように、余計なことを知られないように、閉じ込めただけ。
今の彼は違う。
笑い方、話し方、ちょっと照れる顔や好奇心で輝かす目、触れる手の温度……すべてが違うわ。
では、どうして前の時間のようなイレール様になったの?
……彼にも人質が用意されたから。
それは、「夢魔病」を患った妹、ミレイユ・モルヴァン公爵令嬢。
彼女の病気を治せるのは兄が作る新薬だけで、その支援を行っていたのは第二王子。
彼は…………自分の野心のため、ミレイユ・モルヴァン公爵令嬢との婚約を狙っていた。
イレール様は、妹を人質に取られ第二王子へと下ったのではないかしら?
私という人質を取られ逃げられなくなった兄、サミュエル・アルナルディのように。
「はあーっ」
「どうしたんだい?」
お茶を楽しむどころか、ここ数日は第二王子対策の相談ばかりで、今日はとうとう第一王子殿下の婚約者であるフルール様の話をしなければいけない。
気が重いわ……。
「シャルロットは考えすぎよ。まあ、前の時間で起きたことを思ったら、のんびりと構えていられないんでしょうけど」
アンリエッタがこちらを見て笑うと、焼き菓子を一つ口へと放り込んだ。
「…………太るわよ」
人の事情を笑う悪友の異種返しに淑女としての禁句を口にすれば、彼女はぐっと喉を詰まらせた。
「イヤなこと言わないで。難しい問題が次からつぎへと起きるから頭を使っているから甘い物がほしいのよ」
フンッと顔を横に背けたアンリエッタは、兄がクスクスと笑いを零しているのにほんのりと顔を赤く染めた。
「……で、フルール嬢とはどんな話を?」
「それが……」
何か重大なことがわかったわけでも、第二王子たちの弱味を握ったわけではないが、フルール様とイレール様が第二王子に対して些か冷たい感情を持っていることが知れた。
「あと、わからないのが……第二王子の側近のこと。なんだかあまり評価されていないみたいでした」
私の話を聞き終わると、兄はゴソゴソと紙を広げ、そこに書かれた第二王子たちの相関図を食い入るように見た。
「あ、そういうことか」
「どういうことです?」
兄と同様にテーブルに広げた紙へと顔を寄せるアンリエッタ。
「第一王子殿下の側近は確か……」
兄は紙の端っこに第一王子殿下とフルール様の名前、イレール様と第一王子殿下の側近の名前を書き加えた。
「第一王子殿下の側近はイレール様を始めとして、それぞれが能力があると認められた人ばかりだ」
どれどれと私も紙に書かれた名前を見るが、田舎の子爵令嬢の私が名前だけで判断できるわけがない。
兄は丁寧にその人物の名前の横に爵位や地位を書いていてくれた。
「あら、この方は既に文官として財務大臣の補佐に入ってるわよ」
「ええ、この方は騎士団で小隊長ですって」
イレール様は公爵子息で第一王子殿下の補佐であるから地位や役職はないが、その他の側近の方々はあちらこちらの部署で頭角を現してきているみたいだった。
「でも……子爵位や騎士爵の方もいるのね」
もちろん、イレール様を筆頭に侯爵家や伯爵家の者もいるが、驚いたのは王太子になるであろう第一王子殿下の側近に下位貴族や一代貴族位の者がいることだった。
「能力主義なのかしら?」
アンリエッタが手を頬に当てて首を傾げるが、私も同じ印象を持った。
「では、第二王子の側近たちはどうだろう?」
兄が少し面白そうに言うから、まるで間違い探しをするような気持ちで、紙をまじまじと見てみる。
「あら」
「これは……」
私とアンリエッタの声が重なる。
第二王子の側近といえば例の宰相子息と騎士団長子息であるが、二人の家の爵位は伯爵と子爵だ。
「確かに、能力があるのは父親で本人ではないわね?」
「でも、まだ学生だし」
私とアンリエッタが顔を見合わせて困惑していると、兄が楽しそうに言葉を挟んできた。
「学園での評価を問えば、彼らは論文の提出を求められていない」
兄が勧められた卒業論文は学生全員に課せられたものではなく、優秀な生徒や特出した生徒にだけ。
「レイモン・コデルリエは剣術は得意だけど、頭は回らないから仕方ないのでは?」
アンリエッタが歯に衣着せずに騎士団長子息を評すれば、兄が肩を竦める。
「宰相子息も……試験の成績は悪くないけど、期待はされていないね」
兄が聞いた話だと、卒業論文を勧められなかったのは、第二王子の側近として仕事が忙しいとのことだったが……そもそも学生だから第二王子の執務の手伝いなどはないらしい。
「正式に第二王子の側近として王宮勤めになれば執務の補佐はするだろうけど、それこそ学生だからね」
その二人以外にも、第二王子の側近は父親や親戚が何かしらの能力はあるが本人の能力は未知数。
高位貴族は嫡男ではなく、三男や四男などの爵位が継げず自分で身を立てる必要がある者ばかり。
極めつけは平民であり、学園の優秀生ではあるオレリアだ。
「まだ、婚約者もいないのに、王族の周りに女性を配するのはどうかな?」
別の理由で婚約者がいない兄が言う。
つまり……フルール様たちが教えようとしたのは、第二王子の側近たちは無能の集まりだから、そこに誘われても有難迷惑ということだったのだ。
今日の作戦会議を終え入浴を済ませ、一人私室で髪を梳かしながら鏡に映る自分の姿を見つめる。
公爵家に嫁いでからは、入浴もままならず髪の毛を梳かす余裕もなかった。
三食食べられる日が減りやせ衰えて、まるで十も二十も歳を取ったような容貌だったわ。
ゴクリ。
……兄やアンリエッタには話さなかったけど、今日、思い出したことがある。
あの日、崖から落ちるときに気が付いたこと。
そして、イレール様の妹さんのこと。
……なぜ、第二王子が私とイレール様を結婚させようとしたのか。
「…………人質だったのだわ」
私は兄の弱味、だから第二王子は自分の仲間のイレール様と私を結婚させ人質とした。
だから兄は逃げることも拒否することもできず、薬を作り続けた?
では、イレール様は?
死に戻ってから言葉を交わすイレール様は、前の時間のイレール様とは違った。
比べてみてわかったわ。
前の時間のときの彼は、私を紳士らしく扱っていただけ。
好意の有無なんて関係なかった。
ただ、命じられたから相手をして、結婚して、逃げられないように、余計なことを知られないように、閉じ込めただけ。
今の彼は違う。
笑い方、話し方、ちょっと照れる顔や好奇心で輝かす目、触れる手の温度……すべてが違うわ。
では、どうして前の時間のようなイレール様になったの?
……彼にも人質が用意されたから。
それは、「夢魔病」を患った妹、ミレイユ・モルヴァン公爵令嬢。
彼女の病気を治せるのは兄が作る新薬だけで、その支援を行っていたのは第二王子。
彼は…………自分の野心のため、ミレイユ・モルヴァン公爵令嬢との婚約を狙っていた。
イレール様は、妹を人質に取られ第二王子へと下ったのではないかしら?
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