29 / 60
動く
敵の敵は味方
しおりを挟む
アンリエッタとフルール様の淑女らしいやり取りについていけず、無言で紅茶を口に運んでいる私の顔に感じる視線はイレール様のもので。
前の時間では、結婚式以降冷たくされ会うこともままならない旦那様だったし、王太子妃だったフルール様とは一度お会いしただけ。
それも公爵家に嫁ぐ私が、形式上王族の皆様に謁見したときだから、言葉は交わしていない。
公爵家に嫁いでからは、愚かな私が楽しみにしていた夜会やお茶会など参加させてもらえず、屋敷に閉じ込められていたから、フルール様どころか家族とも喧嘩したアンリエッタとも会うことはできなかった。
……そういえば、手紙のひとつも届かなかったわ。
「……シャルロット?」
「いいえ、なんでもないの」
前の時間の自分は子どもらしい無知と、少女らしい傲慢さで、周りを傷つけた。
今度は失敗しないようにしなきゃと、気を引き締めたのに……。
「シャルロット様は何か気になることでもあるのかしら?」
「……ええ。第二王子殿下の動向が……あっ!」
咄嗟に両手で口を押えたけど、遅かった。
隣に座るアンリエッタの足が私の足をコツンと蹴るけど、一度口から出た言葉は取り消せないでしょ!
微笑みながらも内心ではダラダラと冷や汗を出し、なんとか誤魔化そうと考えるけど……どうしよう?
「第二王子殿下……ディオン様のこと?」
フルール様はこてんと首を傾げた。
第一王子殿下の婚約者、いずれは王太子妃、王妃へと女性の最高位まで駆け上がる方だが、とてもかわいらしい女性だ。
小柄でやや幼い顔立ちに、緩いウエーブの金髪に大きい瞳は輝く緑色。
細く華奢な肩に、たおやかな手……守ってあげたくなる儚げな美貌。
でも、ここまで話していて感じたのは、茶目っ気のあるかわいい女性だということ。
なのに、いま口にした第二王子殿下の名前には、ほんの微かに冷たい響きが含まれていたような?
「フルール様。お気をつけください。ここにはあいつの取り巻きがあちこちにいますから」
イレール様も忌々しそうに眉間にシワを刻んでいる。
私はアンリエッタと顔を見合わせた。
「あの……第二王子殿下とは、そのぅ……」
恐る恐る、第二王子殿下との関係を探る発言をすると、フルール様はコロコロと笑って答えてくれた。
「ふふふ。ディオン殿下とジュリアン殿下は仲の良い兄弟よ? ただ、その周りが警戒しているだけですわ。そして、ここからは内緒の話。わたくしは、彼のことをあまり好きではないの」
「「!」」
「フルール様!」
イレール様の制止の声も無視して、フルール様はツーンと顔を横に向けてしまう。
「あらだって、あの方、よからぬことを考えているみたいだし。イレール様だってお好きじゃないでしょう?」
「っぐ」
可憐な女性に下から上目遣いに見られて、イレール様は喉を詰まらせたような変な音を立てた。
「そういうことは……あまり、おっしゃらないほうが……」
おずおずとアンリエッタが申し出ると、フルール様は目を大きく見開いたあと、人差し指を唇に当ててニッコリ笑った。
「だから、内緒よ、内緒」
ふふふと笑っているが、私とアンリエッタは何か見えない圧を感じて、コクコクと何度も頷いた。
やっぱり、かわいいだけでは王族と婚姻は結べないのだと納得した。
「……シャルロット嬢、アンリエッタ嬢。どうか、いま聞いたことは内密に。その代わり質問には答えようと思うが、なぜディオン殿下のことを気にしているんだい?」
「えっ!」
私たちではわからない第二王子殿下の動向を教えてくれるのは嬉しいけど、理由を聞かれたらこっちも困るわ。
「それは、第二王子殿下がシャルロットの兄であるサミュエル様に興味を持たれているみたいだからですわ。ご存知のとおりアルナルディ家はいささか領地経営に難がありまして。サミュエル様も取り立ててもらえるならと思ったところ……」
「相手が第二王子殿下では、将来が見えないと?」
イレール様の言葉にコクリとアンリエッタが頷くから、私も慌てて頷いてみせた。
本来なら第二王子殿下に取り立ててもらって将来が見えないなんてことはない。
でも、第二王子殿下は婚約者も決まっていないし、臣籍降下されるのか王族として兄王子の補佐になるのか、行く先が不透明なのだ。
「……ふむ。詳しいことは言えないが、ディオン殿下の元ではサミュエル殿は力が存分に発揮できないと愚考する」
「シャルロット様のお兄様にはお会いしたことがありませんけど、ディオン殿下の側近を見れば判断がつくと思いますわよ?」
いい加減、フルール様の「ふふふ」笑いが怖くなったわ。
イレール様は遠回しに答えてくださったけど、フルール様はディオン殿下の側近も巻き込んで否定しましたよね?
その後は、アンリエッタが商会の者から聞いた他国のおもしろ話で盛り上がった。
「はあーっ」
「なによ。ため息なんて吐いて」
「だって……フルール様よ? 第一王子殿下の婚約者の。緊張したわ」
「私はシャルロットがうっかり第二王子の名前を出して、緊張どころか生きた心地がしなかったわ」
ふんっと鼻息で叱責されて、私は小さく「ごめん」と彼女に謝った。
どうも死に戻ってきた直後は前の時間で培った淑女教育が生きていたけど、アンリエッタたちと秘密まで共有した私は、昔のままの自分に戻りつつあるようだ。
「とにかく、早く帰ってサミュエル様と作戦会議よ」
「作戦会議?」
「ええ。どうやら第二王子のくだらいな企みは第一王子殿下たちにバレているみたいだもの。だったら、敵の敵は味方でいきましょう」
敵の敵は味方?
前の時間では、結婚式以降冷たくされ会うこともままならない旦那様だったし、王太子妃だったフルール様とは一度お会いしただけ。
それも公爵家に嫁ぐ私が、形式上王族の皆様に謁見したときだから、言葉は交わしていない。
公爵家に嫁いでからは、愚かな私が楽しみにしていた夜会やお茶会など参加させてもらえず、屋敷に閉じ込められていたから、フルール様どころか家族とも喧嘩したアンリエッタとも会うことはできなかった。
……そういえば、手紙のひとつも届かなかったわ。
「……シャルロット?」
「いいえ、なんでもないの」
前の時間の自分は子どもらしい無知と、少女らしい傲慢さで、周りを傷つけた。
今度は失敗しないようにしなきゃと、気を引き締めたのに……。
「シャルロット様は何か気になることでもあるのかしら?」
「……ええ。第二王子殿下の動向が……あっ!」
咄嗟に両手で口を押えたけど、遅かった。
隣に座るアンリエッタの足が私の足をコツンと蹴るけど、一度口から出た言葉は取り消せないでしょ!
微笑みながらも内心ではダラダラと冷や汗を出し、なんとか誤魔化そうと考えるけど……どうしよう?
「第二王子殿下……ディオン様のこと?」
フルール様はこてんと首を傾げた。
第一王子殿下の婚約者、いずれは王太子妃、王妃へと女性の最高位まで駆け上がる方だが、とてもかわいらしい女性だ。
小柄でやや幼い顔立ちに、緩いウエーブの金髪に大きい瞳は輝く緑色。
細く華奢な肩に、たおやかな手……守ってあげたくなる儚げな美貌。
でも、ここまで話していて感じたのは、茶目っ気のあるかわいい女性だということ。
なのに、いま口にした第二王子殿下の名前には、ほんの微かに冷たい響きが含まれていたような?
「フルール様。お気をつけください。ここにはあいつの取り巻きがあちこちにいますから」
イレール様も忌々しそうに眉間にシワを刻んでいる。
私はアンリエッタと顔を見合わせた。
「あの……第二王子殿下とは、そのぅ……」
恐る恐る、第二王子殿下との関係を探る発言をすると、フルール様はコロコロと笑って答えてくれた。
「ふふふ。ディオン殿下とジュリアン殿下は仲の良い兄弟よ? ただ、その周りが警戒しているだけですわ。そして、ここからは内緒の話。わたくしは、彼のことをあまり好きではないの」
「「!」」
「フルール様!」
イレール様の制止の声も無視して、フルール様はツーンと顔を横に向けてしまう。
「あらだって、あの方、よからぬことを考えているみたいだし。イレール様だってお好きじゃないでしょう?」
「っぐ」
可憐な女性に下から上目遣いに見られて、イレール様は喉を詰まらせたような変な音を立てた。
「そういうことは……あまり、おっしゃらないほうが……」
おずおずとアンリエッタが申し出ると、フルール様は目を大きく見開いたあと、人差し指を唇に当ててニッコリ笑った。
「だから、内緒よ、内緒」
ふふふと笑っているが、私とアンリエッタは何か見えない圧を感じて、コクコクと何度も頷いた。
やっぱり、かわいいだけでは王族と婚姻は結べないのだと納得した。
「……シャルロット嬢、アンリエッタ嬢。どうか、いま聞いたことは内密に。その代わり質問には答えようと思うが、なぜディオン殿下のことを気にしているんだい?」
「えっ!」
私たちではわからない第二王子殿下の動向を教えてくれるのは嬉しいけど、理由を聞かれたらこっちも困るわ。
「それは、第二王子殿下がシャルロットの兄であるサミュエル様に興味を持たれているみたいだからですわ。ご存知のとおりアルナルディ家はいささか領地経営に難がありまして。サミュエル様も取り立ててもらえるならと思ったところ……」
「相手が第二王子殿下では、将来が見えないと?」
イレール様の言葉にコクリとアンリエッタが頷くから、私も慌てて頷いてみせた。
本来なら第二王子殿下に取り立ててもらって将来が見えないなんてことはない。
でも、第二王子殿下は婚約者も決まっていないし、臣籍降下されるのか王族として兄王子の補佐になるのか、行く先が不透明なのだ。
「……ふむ。詳しいことは言えないが、ディオン殿下の元ではサミュエル殿は力が存分に発揮できないと愚考する」
「シャルロット様のお兄様にはお会いしたことがありませんけど、ディオン殿下の側近を見れば判断がつくと思いますわよ?」
いい加減、フルール様の「ふふふ」笑いが怖くなったわ。
イレール様は遠回しに答えてくださったけど、フルール様はディオン殿下の側近も巻き込んで否定しましたよね?
その後は、アンリエッタが商会の者から聞いた他国のおもしろ話で盛り上がった。
「はあーっ」
「なによ。ため息なんて吐いて」
「だって……フルール様よ? 第一王子殿下の婚約者の。緊張したわ」
「私はシャルロットがうっかり第二王子の名前を出して、緊張どころか生きた心地がしなかったわ」
ふんっと鼻息で叱責されて、私は小さく「ごめん」と彼女に謝った。
どうも死に戻ってきた直後は前の時間で培った淑女教育が生きていたけど、アンリエッタたちと秘密まで共有した私は、昔のままの自分に戻りつつあるようだ。
「とにかく、早く帰ってサミュエル様と作戦会議よ」
「作戦会議?」
「ええ。どうやら第二王子のくだらいな企みは第一王子殿下たちにバレているみたいだもの。だったら、敵の敵は味方でいきましょう」
敵の敵は味方?
16
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる