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出会う
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その日、私は馬車を急がせて走らせていた。
父の治める領地が隣同士で、幼いころから仲が良く親友だと自負していたのに、私が彼女の婚約話を聞いたのは、かなり話が進んだあとだった。
どうして?
お互いなんでも相談し合ってきたのに。
この婚約は止めなきゃならない。
彼女の幸せを考えたら、この婚約はきっと……不幸の始まりだから。
アルナルディ家の執事モーリスの案内を断り、ズカズカと廊下を進み彼女の部屋の扉をノックもなしに開け放った。
「あら?」
いないわ。
いつもなら、少し頬を膨らまし、それでも私が持ってくるお菓子に目を輝かせるシャルロット。
「あのぅ。お嬢様なら、応接室で仮縫い中でございます」
背後から小さな声で彼女の居場所を教えてくれたのは、メイドでありアルナルディ家兄妹の母親代わりであるリーズだった。
「仮縫い?」
「はい。結婚式のドレスでございます」
「え?」
もう、結婚式のドレスを用意するところまで話が進んでいるの?
だって、相手は王家の血も混じる公爵家の嫡男よ?
婚約しても最低一年、結婚式の準備なんて一年以上かかるでしょう?
私は知り尽くしたアルナルディ家の屋敷を走り、シャルロットがいる応接室へ駆け込んだ。
「あら、アンリエッタ」
彼女は幾人もの針子に囲まれた中で、両手を水平に上げて機嫌よさそうに笑って珍客の私を迎える。
「シャルロット! モルヴァン公爵子息と婚約したって本当なの?」
そのままの勢いでシャルロットの元へ駆け寄る。
途中、針子とぶつかったが、かまわない。
「ええ。お兄様を支援してくださっているディオン殿下の紹介で。ほら、デビュタントのときエスコートしてくださったでしょう? そのときから、私とのことを考えていたと聞いて、まるで天の空へ舞い上がっているようだわ」
シャルロットは針子たちに休憩を告げて、私をソファーへと促す。
白い高級なレースをふんだんに使った豪華なドレスを着たシャルロットの姿に、私の胸騒ぎがひどくなった。
「ねえ、この針子たち……」
「王家御用達のお店の針子たちよ。ふふふ、すごいでしょう?」
シャルロットは基本、素朴で優しく無邪気な人だ。
年頃の少女が憧れる、ドレスやアクセサリー、王都での暮らし、かわいいお菓子に美味しい食事、彼女もそれらを羨んでいたが。
でも、アルナルディ家の懐事情では彼女が望むことを叶えるのは難しかった。
シャルロットだって、言葉では不満を漏らしていても、わかっていると思ったのに。
私は部屋にいる見慣れないメイドたちも含めて、私たち以外を部屋から追い出した。
「アンリエッタ?」
「大事な話があるのよ。仮縫いはまた後日にしてもらって!」
ブツブツ文句を言いながら、余計な人を部屋から出し、私は気持ちを落ち着けるため紅茶を淹れた。
「それで? 急にきてなんなの?」
私のよく知る膨れっ面をしたシャルロットに安堵の息を吐き、真剣な顔で言葉を発する。
「この婚約のことよ。悪いことは言わないわ。まだ引き返せる。婚約の話、白紙に戻しなさい」
「……? 何を言っているの? この婚約は我が国の第二王子であるディオン殿下の紹介なのよ? お相手であるイレール様だって私を望んでくださっているのよ? なのに、どうして!」
言葉を続けていくうちに激情が抑えられなくなったシャルロットが立ち上がると、私も負けじと立ち上がり声を張った。
「それは本当のことなの? モルヴァン公爵夫妻はこの婚約に反対していると聞いたわ! 王家だって、王妃様や第一王子殿下は承諾していないって噂がある! あなた、そんな家へ嫁いで幸せになれると思っているの!」
グッと悔しげに唇を噛む彼女を見て、この婚約に関する悪い話もちゃんと耳に入っていたのだと思った。
それでも、公爵家との結婚が諦められないのか、本当に公爵子息であるイレール様に恋情を持ってしまったのか、私の説得に耳を貸そうとはしなかった。
シャルロットの父であるアルナルディ家当主でさえ、賛成していない婚約なのに。
幼いころからの仲が、私たちの口論を捻じ曲げていく。
「シャルロット! 公爵家にあなたが嫁いでも無理よ! マナーだって違うし女主人として振る舞うことなんてできないわ!」
「うるさい、うるさいっ! なによ、アンリエッタ! あなた、自分より私のほうが爵位が高くなるのが嫌なんでしょ? それとも、お金? 今度はあなたが私を羨む番だものね?」
「ちがうわっ! 私は本当にあなたの幸せを願っているのよ。サミュエル様だって、よくわからない相手と結婚して、ここには戻ってこなくなってしまったじゃない」
「オレリアお義姉様まで否定しないで! もう帰って! 帰ってよ!」
誰も、私たちの言い合いを止められず、とうとうシャルロットから絶縁を渡され、私はトボトボとアルナルディ家の屋敷をあとにした。
でも諦めたわけじゃない。
――きっと、あなたを救ってみせる。この婚約はおかしいもの。モルヴァン公爵家かディオン殿下か……きっと何かあるんだわ。
馬車を走らせている。
早く知らせなければ。
私の奮闘も空しく、サミュエル様は王宮で第二王子の元で薬の研究を続け、学園卒業から一度もアルナルディ家の屋敷には帰ってこなかったし、シャルロットもモルヴァン公爵子息のイレール様と婚約し、その三か月後というあり得ない速さで結婚してしまった。
私は、彼女の結婚を止めることができなかった。
それどころか、あの喧嘩した日以来、彼女と会うことはできなかった。
婚約後、淑女教育をと王都の公爵家屋敷へと住まいを移したシャルロットは、手紙を出しても返事をくれることはなかった。
彼女に嫌われてしまったことが辛くて辛くて、でもやっぱりシャルロットが心配で、私は持てる伝手すべてを使い調べ続けた。
モルヴァン公爵子息のこと、第二王子とその側近たち、サミュエル様と結婚したジョルダン伯爵令嬢のこと。
そして、手に入れた恐ろしい毒薬の情報と怪しい薬のこと。
それらは、第二王子へと繋がっている。
早く、早く。
シャルロットは、もしかしたら私に連絡が取れないのでは?
モルヴァン公爵家で、不自由な生活を強いられているのでは?
それは、もしかしてサミュエル様も?
早く、早く、急いで、王都へ行かなきゃ。
ガタンッ!
強い衝撃と共に馬車が止まった。
悲鳴、馬の嘶き、怒声、剣戟の音。
何?
外から乱暴に馬車の扉が開かれ、知らない男の手に腕を掴まれ外へと放り出される。
打ち付けた体が痛い。
痛さと衝撃に呻き、乱暴をした男を見ると……粗末な黒い革鎧を身に着けているが、綺麗な肌と上等なブーツで貴族だとわかった。
ぬるりと頭から出血した血が頬へと垂れる。
「……だ、れ?」
「ちっ。つまらぬ仕事だ。お前は知り過ぎたんだ」
男が抜いた剣の先が、日の光にギラリと光った。
――ああ、シャルロット、逃げて。
父の治める領地が隣同士で、幼いころから仲が良く親友だと自負していたのに、私が彼女の婚約話を聞いたのは、かなり話が進んだあとだった。
どうして?
お互いなんでも相談し合ってきたのに。
この婚約は止めなきゃならない。
彼女の幸せを考えたら、この婚約はきっと……不幸の始まりだから。
アルナルディ家の執事モーリスの案内を断り、ズカズカと廊下を進み彼女の部屋の扉をノックもなしに開け放った。
「あら?」
いないわ。
いつもなら、少し頬を膨らまし、それでも私が持ってくるお菓子に目を輝かせるシャルロット。
「あのぅ。お嬢様なら、応接室で仮縫い中でございます」
背後から小さな声で彼女の居場所を教えてくれたのは、メイドでありアルナルディ家兄妹の母親代わりであるリーズだった。
「仮縫い?」
「はい。結婚式のドレスでございます」
「え?」
もう、結婚式のドレスを用意するところまで話が進んでいるの?
だって、相手は王家の血も混じる公爵家の嫡男よ?
婚約しても最低一年、結婚式の準備なんて一年以上かかるでしょう?
私は知り尽くしたアルナルディ家の屋敷を走り、シャルロットがいる応接室へ駆け込んだ。
「あら、アンリエッタ」
彼女は幾人もの針子に囲まれた中で、両手を水平に上げて機嫌よさそうに笑って珍客の私を迎える。
「シャルロット! モルヴァン公爵子息と婚約したって本当なの?」
そのままの勢いでシャルロットの元へ駆け寄る。
途中、針子とぶつかったが、かまわない。
「ええ。お兄様を支援してくださっているディオン殿下の紹介で。ほら、デビュタントのときエスコートしてくださったでしょう? そのときから、私とのことを考えていたと聞いて、まるで天の空へ舞い上がっているようだわ」
シャルロットは針子たちに休憩を告げて、私をソファーへと促す。
白い高級なレースをふんだんに使った豪華なドレスを着たシャルロットの姿に、私の胸騒ぎがひどくなった。
「ねえ、この針子たち……」
「王家御用達のお店の針子たちよ。ふふふ、すごいでしょう?」
シャルロットは基本、素朴で優しく無邪気な人だ。
年頃の少女が憧れる、ドレスやアクセサリー、王都での暮らし、かわいいお菓子に美味しい食事、彼女もそれらを羨んでいたが。
でも、アルナルディ家の懐事情では彼女が望むことを叶えるのは難しかった。
シャルロットだって、言葉では不満を漏らしていても、わかっていると思ったのに。
私は部屋にいる見慣れないメイドたちも含めて、私たち以外を部屋から追い出した。
「アンリエッタ?」
「大事な話があるのよ。仮縫いはまた後日にしてもらって!」
ブツブツ文句を言いながら、余計な人を部屋から出し、私は気持ちを落ち着けるため紅茶を淹れた。
「それで? 急にきてなんなの?」
私のよく知る膨れっ面をしたシャルロットに安堵の息を吐き、真剣な顔で言葉を発する。
「この婚約のことよ。悪いことは言わないわ。まだ引き返せる。婚約の話、白紙に戻しなさい」
「……? 何を言っているの? この婚約は我が国の第二王子であるディオン殿下の紹介なのよ? お相手であるイレール様だって私を望んでくださっているのよ? なのに、どうして!」
言葉を続けていくうちに激情が抑えられなくなったシャルロットが立ち上がると、私も負けじと立ち上がり声を張った。
「それは本当のことなの? モルヴァン公爵夫妻はこの婚約に反対していると聞いたわ! 王家だって、王妃様や第一王子殿下は承諾していないって噂がある! あなた、そんな家へ嫁いで幸せになれると思っているの!」
グッと悔しげに唇を噛む彼女を見て、この婚約に関する悪い話もちゃんと耳に入っていたのだと思った。
それでも、公爵家との結婚が諦められないのか、本当に公爵子息であるイレール様に恋情を持ってしまったのか、私の説得に耳を貸そうとはしなかった。
シャルロットの父であるアルナルディ家当主でさえ、賛成していない婚約なのに。
幼いころからの仲が、私たちの口論を捻じ曲げていく。
「シャルロット! 公爵家にあなたが嫁いでも無理よ! マナーだって違うし女主人として振る舞うことなんてできないわ!」
「うるさい、うるさいっ! なによ、アンリエッタ! あなた、自分より私のほうが爵位が高くなるのが嫌なんでしょ? それとも、お金? 今度はあなたが私を羨む番だものね?」
「ちがうわっ! 私は本当にあなたの幸せを願っているのよ。サミュエル様だって、よくわからない相手と結婚して、ここには戻ってこなくなってしまったじゃない」
「オレリアお義姉様まで否定しないで! もう帰って! 帰ってよ!」
誰も、私たちの言い合いを止められず、とうとうシャルロットから絶縁を渡され、私はトボトボとアルナルディ家の屋敷をあとにした。
でも諦めたわけじゃない。
――きっと、あなたを救ってみせる。この婚約はおかしいもの。モルヴァン公爵家かディオン殿下か……きっと何かあるんだわ。
馬車を走らせている。
早く知らせなければ。
私の奮闘も空しく、サミュエル様は王宮で第二王子の元で薬の研究を続け、学園卒業から一度もアルナルディ家の屋敷には帰ってこなかったし、シャルロットもモルヴァン公爵子息のイレール様と婚約し、その三か月後というあり得ない速さで結婚してしまった。
私は、彼女の結婚を止めることができなかった。
それどころか、あの喧嘩した日以来、彼女と会うことはできなかった。
婚約後、淑女教育をと王都の公爵家屋敷へと住まいを移したシャルロットは、手紙を出しても返事をくれることはなかった。
彼女に嫌われてしまったことが辛くて辛くて、でもやっぱりシャルロットが心配で、私は持てる伝手すべてを使い調べ続けた。
モルヴァン公爵子息のこと、第二王子とその側近たち、サミュエル様と結婚したジョルダン伯爵令嬢のこと。
そして、手に入れた恐ろしい毒薬の情報と怪しい薬のこと。
それらは、第二王子へと繋がっている。
早く、早く。
シャルロットは、もしかしたら私に連絡が取れないのでは?
モルヴァン公爵家で、不自由な生活を強いられているのでは?
それは、もしかしてサミュエル様も?
早く、早く、急いで、王都へ行かなきゃ。
ガタンッ!
強い衝撃と共に馬車が止まった。
悲鳴、馬の嘶き、怒声、剣戟の音。
何?
外から乱暴に馬車の扉が開かれ、知らない男の手に腕を掴まれ外へと放り出される。
打ち付けた体が痛い。
痛さと衝撃に呻き、乱暴をした男を見ると……粗末な黒い革鎧を身に着けているが、綺麗な肌と上等なブーツで貴族だとわかった。
ぬるりと頭から出血した血が頬へと垂れる。
「……だ、れ?」
「ちっ。つまらぬ仕事だ。お前は知り過ぎたんだ」
男が抜いた剣の先が、日の光にギラリと光った。
――ああ、シャルロット、逃げて。
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