死に戻りの処方箋

沢野 りお

文字の大きさ
上 下
21 / 60
出会う

餌をぶら下げる

しおりを挟む
本屋ではイレール様を忘れて、自分が夢中になって本を探してしまった。
つい、久しぶりに本屋を訪れたもので、おほほほほ。

私がイレール様の妹さんにと選んだのは、無難な刺繍の図案集と流行りの恋愛小説、そして遊び心で冒険小説を一冊忍ばせた。
この冒険小説は子供向けで、私が幼いころ、兄と一緒に読んだものだ。
公爵令嬢が好んで読むとは思えないけど、暇つぶしにはなるだろう。

「れ、恋愛小説か……」

「イレール様?」

どんな女性も一目で恋に落ちそうな貴公子が恋愛小説に慄いているのは、なぜ?

「もし続きが読みたいと言われたら従者の方に買ってきてもらえばいいのでは?」

私がそう提案すると、イレール様は深く息を吐いて何度も頷いた。
そんなに苦手なのかしら? 恋愛小説。

そのまま雑貨店でハーブティーの茶葉を買った。
カモミールティーはお勧めだ。
ゆっくりと気持ちよく眠れるようにラベンダーのサシェも買い求めておく。

「あら、この店」

イレール様と一緒に入るまで気づかなかったけど、この商品に付いている紋章はニヴェール子爵家のもの。

「ニヴェール子爵家のお店?」

「ああ。アンリエッタ嬢から推薦された。女性が好みそうな雑貨があると聞いてね」

さすがアンリエッタね。
商魂逞しいわ。

「ニヴェール子爵家の店なら、アレがあるかも」

「アレ?」

そうだわ、妹さんへの贈り物にもちょうどいいと思う。
私は店員を呼ぶと商品があるかどうか確認してもらった。

「イレール様。こちらはボードゲームです。ベッドの上でもできる盤上ゲームですから、どうかしら?」

「……しかし、一人で遊べるものなのか?」

「一人でも遊ぶならこちらですね」

イレール様の身なりを一瞥して、即座に貴族、金持ちと判断した店員のアピールは凄かった。
いくつものボードゲームを出してきて遊び方を説明して、時にはイレール様と対戦したりして商談を頑張っている。

「イレール様。使用人と一緒に遊べばいいんです。誰かと楽しむことで時間が早く過ぎますし」

ずっとベッドの上では退屈だし、一人ぼっちでは寂しくて元気も出てこないだろう。

「使用人とか……」

「イレール様の屋敷では難しいことかもしれませが、大事なのは元気になることです。……お気持ちだけでも」

妹さんの病名は教えてもらっていないが、幼いころから屋敷で療養しているなら、すぐに治るものではないのだろう。

「そうだな。せめて屋敷の中では楽しく過ごしてほしい」

イレール様が優しく微笑むと店員に命じてかなりの数のボードゲームを包ませていた。
もう、馬車で持ち帰るのではなく配達してもらうレベルである。

「イレール様。一つ二つを持ち帰り、あとはお屋敷に運んでもらいましょう」

「あ、ああ。そうだな。すまない」

冷静になったイレール様は、自分の行動を顧みて耳をほんの少し赤くした。

「ふふふ。イレール様は素敵なお兄様ですのね」

笑う私にイレール様は照れた笑みを零し、いくつかの贈り物を手に馬車へと戻った。













カダンゴトン。
無事にニヴェール子爵の王都屋敷に戻ってきた私は、イレール様のエスコートで馬車を下りる。

行く前の緊張していた私とは違って、帰ってきた私は楽しかった一日の高揚した気持ちと、妹さんの贈り物を選ぶという任務を全うした清々しい気持ちでいる。
馬車の音で気づいたのか、玄関からはアンリエッタが出迎えに現れた。

「おかえりなさい、シャルロット」

「ただいま。アンリエッタ」

私は彼女に話したいことがいっぱいあって、そのまま屋敷に入るのを待たずに話始めようとしたとき、アンリエッタの手が私の背を押した。
屋敷へと、それはイレール様から距離を取ろうとする動きだった。

「アンリエッタ?」

アンリエッタは私の呼びかけに答えず、真っすぐにイレール様を射抜いている。

「モルヴァン公爵子息様もシャルロットを送っていただきありがとうございます」

「いや。こちらが誘ったのだ。当然のことだが……アンリエッタ嬢?」

いつも学園の馬車待ちをしているときに交わす気安い言葉を発する少女とは思えない固い表情と僅かに感じる敵意。
イレール様はアンリエッタの態度に違和感を感じたのか、眉を困ったように下げたまま動かなかった。

「シャルロット。早く屋敷に入りなさい」

「でも……アンリエッタ」

「いいから」

私は強く出るアンリエッタに反発することもなく、イレール様にペコリと頭を下げ屋敷へと足を進める。
二人のことが気になって、何度も振り返りながら。
















馬車の御者席からチラチラとこちらを見る馭者の視線が気になったがアンリエッタは無視した。
イレールから目を逸らさないよう、声が震えないよう、しっかりと腹に力を入れて立っている。

「アンリエッタ嬢?」

「楽しかったですか? シャルロットとのデートは」

「ああ。楽しかった。植物園も気に入ってもらえたみたいだ。買い物も付き合ってもらって、かなり気に入ったものを買うことができた」

「そうですか。それはよかったこと」

シャルロットの話題に、ほんのりと雰囲気を和らげる公爵子息へアンリエッタは探る視線を巡らす。

「ニヴェール家の店にも寄らせてもらったよ。彼女の助言でボードゲームを買い占めてしまった」

「まあ、それはありがとうございます。では、お礼をしないといけませんわね」

「いやいや。紹介してもらって助かったのはこちらだよ」

「いいえ」

アンリエッタは、貴族らしい気持ちのこもっていない笑みを浮かべ、獲物へと罠をしかける。

「では、どうぞ屋敷の中へ。お茶でもいかが?」

「……それはありがたいが……」

困惑し躊躇するイレールに、アンリエッタは下から見上げ、無表情で平坦な声音で告げる。

「今なら、サミュエル・アルナルディがおりますが」

ゴクンと喉が上下するイレールの様子に、アンリエッタはほくそ笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。

しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。 断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

処理中です...