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出会う
想定外の交流
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帰りの馬車を待つために設けられた学園の休憩場所で、ここ数日、顔を合わせる方の姿を今日も見つけてしまい、そっとため息を吐く。
「やあ」
爽やかな笑顔で片手を上げ、気さくに接してくださるが、彼は公爵子息であり次代の王となる第一王子の側近だ。
彼自身も魅力に溢れた方で、紳士然としたスタイルでも鍛えられているのがわかる体と、冴え凍るような美しい容貌の持ち主。
我が国では珍しい神秘的な紫色の瞳、彼に見つめられたいと願う貴族子女は数知らず。
なのに、そんな雲の上の人が、毎日、私のような貧乏子爵令嬢の帰りを待ち伏せしているんですが?
「……ご機嫌よう、モルヴァン公爵子息様」
「ご機嫌よう、イレール様!」
ペカーと子供みたいな輝く笑顔で私の隣に立つアンリエッタがご挨拶するのを、つい恨めし気に見る。
「ああ。……どうかアルナルディ子爵令嬢もイレールと」
「……で、では、わたくしもシャルロットとお呼びください」
ちょこんと膝を折って簡単な礼をすると、彼に気取られないように息を吐いた。
――このやり取り、何回目よ!
毎回、毎回やんわりと「イレール様」呼びを断っていたのに、まさか親友が裏切るとは思わなかったわ。
とうとう、「イレール様」「シャルロット」と呼び合うことになってしまったじゃないの!
私はモヤモヤする気持ちを消化するため、アンリエッタの足をこっそりと踏んづけた。
「っ!」
ビクンと跳ねるアンリエッタの肩を見て忍び笑うと、イレール様と目が合ってしまう。
「相変わらず仲がいいね。うらやましいことだよ」
近寄りがたい貴公子の仮面が崩れて、柔らかく微笑む青年に私の頬が少し熱をもつ。
「うらやましいのはどういう意味でしょうか? イレール様も仲がいい友達がほしい? それともシャルロットと仲良しになりたい? どっちでしょうね」
ニコーッと裏のある顔で笑うアンリエッタに、イレール様もニコーッと貴族らしい本心を隠した笑みで答える。
「どちらもだよ。この年では気の置けない友人を作るのは難しいし、君たちのような華やかな女性と知り合うのも機会がない」
そんなわけないと思うわ。
第一王子の側近として働いているイレール様に友人は難しいかもしれないけれど、女性は放っておいてもわらわらと近づいてくると思う。
私の考えが表情に出ていたのか、イレール様はクスッと軽く笑われて、私の髪を一房手に取る。
「本当だよ、シャルロット嬢。私の地位や財産、私自身ではないものに近づく人は多いけれど、君たちみたいに軽口を叩ける人は少ないんだ」
「……。そ、それにしても、毎日学園に来られるのはどうかと……」
忙しいんでしょう?
第一王子の側近なのだから、公務の補佐や外交、内政だって既に任されているものがあるはずだし、高位貴族の嫡男として領地の視察や慈善活動、仕事はいろいろとあるはずよ。
「あら、イレール様はフルール様にご用事があるのでしよう?」
アンリエッタが訳知り顔で会話に入ってきた。
「そうだよ。我が主は最愛の婚約者様が心配でね。こうして毎日、伝言を運ばせるのさ」
パチンとウィンクをしてお茶目に話すと、アンリエッタは大げさに両頬を両手で押さえて「キャー」と騒いでみせた。
「フルール様……。でも、伝言ならディオン殿下に頼めば……」
弟の第二王子に伝言を頼めば、同じ学園に通うフルール様に伝えてもらえるのではないかしら?
わざわざイレール様が学園に来られなくても。
「殿下の愛は、急に爆発するように燃えるのでね。ディオン殿下も朝食のときにジュリアンに頼まれているかもしれないが、後から後から彼女への言葉が沸いてくるからしょうがないのさ」
イレール様は肩を竦めて面倒そうに、そしてちょっと楽しそうに主君の愛のカタチを語る。
「そうですか」
「私たちは毎日イレール様に会えて嬉しいです。特にシャルロットが!」
「ちょっ、ちょっと、アンリエッタ?」
驚きすぎて語尾の声がひっくり返る。
イレール様は、アンリエッタの暴言に慌てふためく私の姿に声を出して笑ったあと、手にした私の髪に口づけを落として颯爽と去っていかれた。
…………。
心がどこに飛んで行ってしまったわ……。
お兄様が私の肩を強く揺すぶるまで、私は、ぼーっとイレール様が去っていった後ろ姿をずっと見ていた。
その姿が見えなくなっても……。
馬車での帰り道、私はずっとお兄様に体調を心配された。
「本当に大丈夫かい? なんだか目が虚ろだけど……」
「大丈夫よ、サミュエル様。シャルロットはイレール様の美貌にあてられて火照っているだけですわ」
アンリエッタがひどい。
元を正せば、彼女が積極的にイレール様に声をかけ、まるで逢瀬の約束があるみたいな状況に陥って、会えば二人がからかうように私に絡めて話をするから、こういう事態になるのよ。
「どういうつもり? アンリエッタ」
できるだけ顔を怖くして彼女を睨めば、憎らしいことに鼻で笑われた。
「あら、イレール・モルヴァン公爵子息様の情報がほしいって頼んだのは、あなたでしょう?」
「ええ。……って、お兄様の前でバラさないで!」
サッとアンリエッタの口を塞いだが、遅かった。
お兄様の前髪に隠れてほとんど見えない瞳が剣呑な光を宿すのを、私は見てしまった。
「やあ」
爽やかな笑顔で片手を上げ、気さくに接してくださるが、彼は公爵子息であり次代の王となる第一王子の側近だ。
彼自身も魅力に溢れた方で、紳士然としたスタイルでも鍛えられているのがわかる体と、冴え凍るような美しい容貌の持ち主。
我が国では珍しい神秘的な紫色の瞳、彼に見つめられたいと願う貴族子女は数知らず。
なのに、そんな雲の上の人が、毎日、私のような貧乏子爵令嬢の帰りを待ち伏せしているんですが?
「……ご機嫌よう、モルヴァン公爵子息様」
「ご機嫌よう、イレール様!」
ペカーと子供みたいな輝く笑顔で私の隣に立つアンリエッタがご挨拶するのを、つい恨めし気に見る。
「ああ。……どうかアルナルディ子爵令嬢もイレールと」
「……で、では、わたくしもシャルロットとお呼びください」
ちょこんと膝を折って簡単な礼をすると、彼に気取られないように息を吐いた。
――このやり取り、何回目よ!
毎回、毎回やんわりと「イレール様」呼びを断っていたのに、まさか親友が裏切るとは思わなかったわ。
とうとう、「イレール様」「シャルロット」と呼び合うことになってしまったじゃないの!
私はモヤモヤする気持ちを消化するため、アンリエッタの足をこっそりと踏んづけた。
「っ!」
ビクンと跳ねるアンリエッタの肩を見て忍び笑うと、イレール様と目が合ってしまう。
「相変わらず仲がいいね。うらやましいことだよ」
近寄りがたい貴公子の仮面が崩れて、柔らかく微笑む青年に私の頬が少し熱をもつ。
「うらやましいのはどういう意味でしょうか? イレール様も仲がいい友達がほしい? それともシャルロットと仲良しになりたい? どっちでしょうね」
ニコーッと裏のある顔で笑うアンリエッタに、イレール様もニコーッと貴族らしい本心を隠した笑みで答える。
「どちらもだよ。この年では気の置けない友人を作るのは難しいし、君たちのような華やかな女性と知り合うのも機会がない」
そんなわけないと思うわ。
第一王子の側近として働いているイレール様に友人は難しいかもしれないけれど、女性は放っておいてもわらわらと近づいてくると思う。
私の考えが表情に出ていたのか、イレール様はクスッと軽く笑われて、私の髪を一房手に取る。
「本当だよ、シャルロット嬢。私の地位や財産、私自身ではないものに近づく人は多いけれど、君たちみたいに軽口を叩ける人は少ないんだ」
「……。そ、それにしても、毎日学園に来られるのはどうかと……」
忙しいんでしょう?
第一王子の側近なのだから、公務の補佐や外交、内政だって既に任されているものがあるはずだし、高位貴族の嫡男として領地の視察や慈善活動、仕事はいろいろとあるはずよ。
「あら、イレール様はフルール様にご用事があるのでしよう?」
アンリエッタが訳知り顔で会話に入ってきた。
「そうだよ。我が主は最愛の婚約者様が心配でね。こうして毎日、伝言を運ばせるのさ」
パチンとウィンクをしてお茶目に話すと、アンリエッタは大げさに両頬を両手で押さえて「キャー」と騒いでみせた。
「フルール様……。でも、伝言ならディオン殿下に頼めば……」
弟の第二王子に伝言を頼めば、同じ学園に通うフルール様に伝えてもらえるのではないかしら?
わざわざイレール様が学園に来られなくても。
「殿下の愛は、急に爆発するように燃えるのでね。ディオン殿下も朝食のときにジュリアンに頼まれているかもしれないが、後から後から彼女への言葉が沸いてくるからしょうがないのさ」
イレール様は肩を竦めて面倒そうに、そしてちょっと楽しそうに主君の愛のカタチを語る。
「そうですか」
「私たちは毎日イレール様に会えて嬉しいです。特にシャルロットが!」
「ちょっ、ちょっと、アンリエッタ?」
驚きすぎて語尾の声がひっくり返る。
イレール様は、アンリエッタの暴言に慌てふためく私の姿に声を出して笑ったあと、手にした私の髪に口づけを落として颯爽と去っていかれた。
…………。
心がどこに飛んで行ってしまったわ……。
お兄様が私の肩を強く揺すぶるまで、私は、ぼーっとイレール様が去っていった後ろ姿をずっと見ていた。
その姿が見えなくなっても……。
馬車での帰り道、私はずっとお兄様に体調を心配された。
「本当に大丈夫かい? なんだか目が虚ろだけど……」
「大丈夫よ、サミュエル様。シャルロットはイレール様の美貌にあてられて火照っているだけですわ」
アンリエッタがひどい。
元を正せば、彼女が積極的にイレール様に声をかけ、まるで逢瀬の約束があるみたいな状況に陥って、会えば二人がからかうように私に絡めて話をするから、こういう事態になるのよ。
「どういうつもり? アンリエッタ」
できるだけ顔を怖くして彼女を睨めば、憎らしいことに鼻で笑われた。
「あら、イレール・モルヴァン公爵子息様の情報がほしいって頼んだのは、あなたでしょう?」
「ええ。……って、お兄様の前でバラさないで!」
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