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出会う
王子の気鬱
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貴族が主に通う学園内の王族専用のサロンで、この国の第二王子ディオンはいつもの友人たちとティータイムを楽しむ。
とうとう最高学年となり、来年は本格的に公務に就くことになっていた。
彼らは最後の自由な時間を楽しみたいと、授業が終わってもサロンに集まりとりどめのない会話を繰り返す。
王城から派遣されてきている一流の使用人たちの世話を受け、極上の茶葉で入れた紅茶の香りを優雅に味わうのだ。
それでも、第二王子、ディオンの気鬱は晴れない。
所詮、第二王子はいずれ国王となる兄王子のスペアに過ぎない。
心無い臣下たちもそう囀るし、周りの者たちも兄と自分とを差別している。
特に父母である国王と王妃は、兄を次代の王として育て、ディオンはそのスペアとして、兄と遜色のない教育を与えつつ兄より秀でないように、王族でありながら王族に傅く者として扱った。
それがどれほどディオンの心を傷つけるとしても。
コンコン。
友人たちがノックの音にピタリとおしゃべりを止めて、扉へと顔を向ける。
部屋の隅に控えていた従者がこちらを伺うので、ディオンは部屋の主らしく重々しく頷いてみせた。
「……モルヴァン公爵子息様です」
ディオンは、従者の言葉に眉を僅かに顰めたが気づくものはいなかった。
「入れ」
ディオンの許可とともに扉が開くと、学園の生徒より幾つか年上の貴公子が恭しく頭を下げて立っていた。
――イレール・モルヴァン公爵子息。
兄である第一王子の側近であり親友でもある。
モルヴァン公爵家は王族の血も流れる名家であり、この国の貴族の頂点に坐する公爵家の嫡男。
冷静沈着で文武に長けた逸材として国王の覚えもめでたい、非の打ちどころのない男である。
また、容姿にも恵まれており、長身で鍛えられた体に彫刻のように整った容貌、特に珍しい紫色の瞳は婦女子を釘付けにしている。
ディオンは兄以上に完璧な男に見えるイレールが苦手であった。
「……兄上の使いか?」
「はい。フルール様にご伝言を預かりました。ディオン殿下にもご挨拶をと思いました」
イレールは無表情で、しれっとディオンへの挨拶がついでだと宣う。
だが、愚鈍なディオンの取り巻きたちはその密やかな毒に気づきもしない。
「そうか。ご苦労だった」
ディオンは王族らしく微笑むと、早々に彼を部屋から追い出した。
フルール・デュノアイエ
第一王子の婚約者、デュノアイエ侯爵令嬢。
ギリッとディオンは唇を強く噛んだ。
本当なら彼女は自分の婚約者だったのにという不満が態度に出てしまう。
彼女は幼いころ、兄とともに王宮の庭で催したお茶会で出会った。
それは、自分たち王子の婚約者候補と側近候補を見出すためのものだったが、集められた子どもたちは初めての王宮に興奮しディオンたち王子への面会に緊張し、そんな将来のことまではわかっていないようだった。
ディオンもまだ幼く、乳母の言葉どおり自分と仲良くしてくれる子を選ぶことだけを考えていた。
そして、自分が見つけたのだ、フルールを。
しかし、改めて設けられた場で父と母にフルールと仲良くしたいと告げると、二人は困った顔で笑いつつディオンの願いを拒否した。
彼女は既に第一王子の婚約者候補だったからだ。
代わりに隣国の公爵令嬢との婚約が命じられた。
だが、ディオンはずっと疑っていたのだ。
なぜ、第二王子の婚約者が隣国の王家の血を引く公爵令嬢で、王太子となる兄の婚約者が自国の侯爵令嬢なのか、と。
不自然すぎる。
逆なら納得できるのに……と。
フルールを望んだディオンにとって隣国の公爵令嬢はあまり心惹かれる女性ではなかった。
義務として差しさわりのない程度に手紙のやり取りと贈り物を送った。
流行り病で呆気なく彼女が亡くなり、婚約関係が消滅したときには、思わず胸を撫でおろしたものだ。
どうしてもフルールがほしいわけではない。
自分のものだったはずの彼女が兄のものになるのが腹立たしいのだ。
そして、イレール・モルヴァン。
彼もそのお茶会のときに、自分が兄より先に見出したのに、王の側近として必要だからと取り上げられた。
すべて、自分から奪っていくのかと怒りで全身の血が沸騰するかと思った。
子どもだったのだから、駄々をこねてわがままを言えばよかったのかもしれないが、ディオンにはわかっていた。
同じ母を持つ自分には、自分だけの味方がいないのだと。
母が違えば、自分の母の実家が後ろ盾になってくれただろう。
けれど、同じ母ならば、その実家はやがて王となる兄の後ろ盾にはなるが、代えのきくスペアのためには何もしてくれない。
やがて側妃が妹姫を産んだ。
妹はかわいい。
しかし、その妹の誕生がディオンと他の王族との溝をさらに深めてしまう。
それまでも王族の父と母と兄、いずれ臣下となり下がるディオンという構図だったが、妹が生まれたことによりディオンは自分と同じ立場の王族が増えたと内心ホッとしていた。
生まれた妹は愛らしく、周りのものすべてに愛された。
そう、愛されたのだ。
父である国王も母である王妃も兄も、みんなが妹姫を愛した。
……また、ディオンは一人になった。
王族に生まれ、相応しい教育、高価な品、豪華な物、贅沢な食を与えられた、王冠を被る責任のない王子。
それは、ディオンにとって暗い孤独と共に与えられたものだった。
とうとう最高学年となり、来年は本格的に公務に就くことになっていた。
彼らは最後の自由な時間を楽しみたいと、授業が終わってもサロンに集まりとりどめのない会話を繰り返す。
王城から派遣されてきている一流の使用人たちの世話を受け、極上の茶葉で入れた紅茶の香りを優雅に味わうのだ。
それでも、第二王子、ディオンの気鬱は晴れない。
所詮、第二王子はいずれ国王となる兄王子のスペアに過ぎない。
心無い臣下たちもそう囀るし、周りの者たちも兄と自分とを差別している。
特に父母である国王と王妃は、兄を次代の王として育て、ディオンはそのスペアとして、兄と遜色のない教育を与えつつ兄より秀でないように、王族でありながら王族に傅く者として扱った。
それがどれほどディオンの心を傷つけるとしても。
コンコン。
友人たちがノックの音にピタリとおしゃべりを止めて、扉へと顔を向ける。
部屋の隅に控えていた従者がこちらを伺うので、ディオンは部屋の主らしく重々しく頷いてみせた。
「……モルヴァン公爵子息様です」
ディオンは、従者の言葉に眉を僅かに顰めたが気づくものはいなかった。
「入れ」
ディオンの許可とともに扉が開くと、学園の生徒より幾つか年上の貴公子が恭しく頭を下げて立っていた。
――イレール・モルヴァン公爵子息。
兄である第一王子の側近であり親友でもある。
モルヴァン公爵家は王族の血も流れる名家であり、この国の貴族の頂点に坐する公爵家の嫡男。
冷静沈着で文武に長けた逸材として国王の覚えもめでたい、非の打ちどころのない男である。
また、容姿にも恵まれており、長身で鍛えられた体に彫刻のように整った容貌、特に珍しい紫色の瞳は婦女子を釘付けにしている。
ディオンは兄以上に完璧な男に見えるイレールが苦手であった。
「……兄上の使いか?」
「はい。フルール様にご伝言を預かりました。ディオン殿下にもご挨拶をと思いました」
イレールは無表情で、しれっとディオンへの挨拶がついでだと宣う。
だが、愚鈍なディオンの取り巻きたちはその密やかな毒に気づきもしない。
「そうか。ご苦労だった」
ディオンは王族らしく微笑むと、早々に彼を部屋から追い出した。
フルール・デュノアイエ
第一王子の婚約者、デュノアイエ侯爵令嬢。
ギリッとディオンは唇を強く噛んだ。
本当なら彼女は自分の婚約者だったのにという不満が態度に出てしまう。
彼女は幼いころ、兄とともに王宮の庭で催したお茶会で出会った。
それは、自分たち王子の婚約者候補と側近候補を見出すためのものだったが、集められた子どもたちは初めての王宮に興奮しディオンたち王子への面会に緊張し、そんな将来のことまではわかっていないようだった。
ディオンもまだ幼く、乳母の言葉どおり自分と仲良くしてくれる子を選ぶことだけを考えていた。
そして、自分が見つけたのだ、フルールを。
しかし、改めて設けられた場で父と母にフルールと仲良くしたいと告げると、二人は困った顔で笑いつつディオンの願いを拒否した。
彼女は既に第一王子の婚約者候補だったからだ。
代わりに隣国の公爵令嬢との婚約が命じられた。
だが、ディオンはずっと疑っていたのだ。
なぜ、第二王子の婚約者が隣国の王家の血を引く公爵令嬢で、王太子となる兄の婚約者が自国の侯爵令嬢なのか、と。
不自然すぎる。
逆なら納得できるのに……と。
フルールを望んだディオンにとって隣国の公爵令嬢はあまり心惹かれる女性ではなかった。
義務として差しさわりのない程度に手紙のやり取りと贈り物を送った。
流行り病で呆気なく彼女が亡くなり、婚約関係が消滅したときには、思わず胸を撫でおろしたものだ。
どうしてもフルールがほしいわけではない。
自分のものだったはずの彼女が兄のものになるのが腹立たしいのだ。
そして、イレール・モルヴァン。
彼もそのお茶会のときに、自分が兄より先に見出したのに、王の側近として必要だからと取り上げられた。
すべて、自分から奪っていくのかと怒りで全身の血が沸騰するかと思った。
子どもだったのだから、駄々をこねてわがままを言えばよかったのかもしれないが、ディオンにはわかっていた。
同じ母を持つ自分には、自分だけの味方がいないのだと。
母が違えば、自分の母の実家が後ろ盾になってくれただろう。
けれど、同じ母ならば、その実家はやがて王となる兄の後ろ盾にはなるが、代えのきくスペアのためには何もしてくれない。
やがて側妃が妹姫を産んだ。
妹はかわいい。
しかし、その妹の誕生がディオンと他の王族との溝をさらに深めてしまう。
それまでも王族の父と母と兄、いずれ臣下となり下がるディオンという構図だったが、妹が生まれたことによりディオンは自分と同じ立場の王族が増えたと内心ホッとしていた。
生まれた妹は愛らしく、周りのものすべてに愛された。
そう、愛されたのだ。
父である国王も母である王妃も兄も、みんなが妹姫を愛した。
……また、ディオンは一人になった。
王族に生まれ、相応しい教育、高価な品、豪華な物、贅沢な食を与えられた、王冠を被る責任のない王子。
それは、ディオンにとって暗い孤独と共に与えられたものだった。
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