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出会う一年前
野心
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親友アンリエッタの貴族社会、王族の講義が続いています。
どうも私の知識は偏っているどころではなく、貴族社会についてまったくの無知であったらしい。
そうよね、ずっとこの子爵領から出ることなく生きていくと思っていたし、公爵家に嫁いだあとも教育と名のいじめで、正直旦那様のお仕事も交友関係も知らないままだったわ。
「なぜ興味を持ったかわからないけど、聞かれたからには教えてあげるわよ。でも勘違いしないでね、私だってしがない下位貴族の子女なんだから、高位貴族ましてや王族のことなんて、噂よ、噂。噂でしか知らないわ」
「ええ。でも商売をしているから、それなりには耳に入ってくるでしょう?」
ふうっとため息をこれ見よがしに吐いたアンリエッタは、まずは王子殿下たちのことを教えてくれた。
てっきり母親違いで王位を争っていると思っていたが、同じ母、王妃様から生まれた王子殿下たちは年は五歳違いで、仲が悪いという話は聞いたことがないと。
二人の王子殿下の下に側妃様が生んだ王女様、異母妹がいる。
しかし、この側妃様は王女殿下を出産されたあと、体調を崩し亡くなられていた。
同時期に隣国に嫁いだ国王陛下の王妹様も産塾熱で亡くなられており、そのショックから陛下は新しく側妃をもうけることもなく、王妃様だけを寵愛しているそうだ。
なので国王陛下の御子様は第一王子殿下と第二王子殿下、第一王女殿下の三人。
「だから、順調にいけば第一王子殿下が王太子となられるわ。第二王子殿下はご事情があってまだ婚約者を決めておられないけど、王弟として兄王子を支えていくと思うわ」
王妃様の実家は公爵家で、わざわざ優秀だと評判のいい第一王子殿下を蹴落として第二王子殿下の支持をするわけがない。
どちらが王位につけても、王の外祖父の地位は確実だからだ。
「……第二王子殿下には野心がないということなのね」
困ったわ。
てっきりアルナルディ子爵家を襲った悲劇は、第二王子殿下が図ったことだと思い込んでいたから、これから本当の復讐の相手を探すのは骨が折れる。
「野心がないとも言えないでしょ? 第一王子のジュリアン様に何かあったときのスペアであることは間違いないもの」
それは貴族と同じことよと、アンリエッタはカラカラと笑い飛ばした。
ふいに何かを思い出したのかアンリエッタはピタリと笑いを止めて、真面目な顔でこちらへと顔を寄せてくる。
まるで、これから話すことは内緒の話なのだと訴えるように。
「そういえば、第二王子のディオン様の側近の顔ぶれが変わったらしいわ。今まではロパルツ伯爵子息、コデルリエ子爵子息だったのに、そこに第一王子殿下の側近だったモルヴァン公爵子息が加わったという話よ」
カチャン!
私が持っていた茶器の立てた音に、アンリエッタの顔を驚き色に染まる。
「ああ、ごめんなさい」
モルヴァン公爵子息……それは私が恋焦がれ結婚して冷遇された結婚相手だった。
アンリエッタの帰る馬車を見送って、一人部屋でペンを走らせる。
今日彼女から聞いた情報を忘れずに書き留めておくのだ。
アンリエッタの話で気になるのは、イレール様が第二王子殿下の側近になったのが最近のことで、以前は第一王子殿下の側近だったこと。
むしろ、国王陛下となられる第一王子殿下を支えるため、幼少のころから一緒にいたとか。
それなのに、なぜ第二王子殿下の側近になられたのか?
アンリエッタの……というか、ニヴェール子爵家の推測では、第二王子殿下の婚約者候補が関係しているのではないかと……、第二王子殿下に婚約者候補などいただろうか?
確か、昔、他国の王女と婚約を結んでいたが破談になり、それ以降、第二王子の婚約の話は聞いたことがない。
アンリエッタの情報では、モルヴァン公爵の令嬢が婚約者候補になっているらしい。
イレール様に妹がいた?
いいえ、あの家に嫁いでイレール様の家族にはお会いしていないわ。
イレール様は第二王子殿下と行動を共にしていたけど、そのことを公爵夫婦は認めておらず、親子関係は冷え切っていた。
勝手に決めた結婚と結婚相手に益々親子仲がこじれて、結局、私は義両親にご挨拶することも言葉を交わすこともなかった。
でも……旦那様に妹なんていなかったわ。
私を散々虐めていたメイドたちも、そんなこと一言も言わなかった。
私の知らない公爵家のこと。
フルフルと頭を横に振る。
いいえ、もう終わったこと。
イレール様への想いとともに、公爵家で過ごしたことは封じてしまったことよ。
私は忘れない。
あの日、私を殺そうと伸ばされたあの方の手を。
あんなにも縋りたいと切望したあの手が、私を絶望へと堕とそうとしたことを。
私は決して忘れない。
アンリエッタに頼んで集めてもらう情報も書き残しておく。
第一王子殿下ジュリアン様
第二王子殿下ディオン様
その側近 モルヴァン公爵子息イレール様
同じく ロパルツ伯爵子息シリル様とコデルリエ子爵子息レイモン様
第一王子殿下の婚約者で兄が毒殺したとされる未来の王太子妃 デュノアイエ侯爵令嬢フルール様
そして、謎の女性 モルヴァン公爵令嬢イレール様の妹であり第二王子殿下の婚約者候補
なんとしてもこの人たちと兄の接触を防がないといけない。
学園を卒業した兄が無事にこのアルナルディ子爵家に戻り、父の跡を継いで子爵となるべき教育を受けられるように。
そのために、貧乏子爵令嬢の私に何ができるのだろうか?
私は不安に怯えながら、ペンダントをギュッと握りこむのだった。
◆◇◆◆◇◆◆◇◆
明日の更新はお休みするつもりです。
どうも私の知識は偏っているどころではなく、貴族社会についてまったくの無知であったらしい。
そうよね、ずっとこの子爵領から出ることなく生きていくと思っていたし、公爵家に嫁いだあとも教育と名のいじめで、正直旦那様のお仕事も交友関係も知らないままだったわ。
「なぜ興味を持ったかわからないけど、聞かれたからには教えてあげるわよ。でも勘違いしないでね、私だってしがない下位貴族の子女なんだから、高位貴族ましてや王族のことなんて、噂よ、噂。噂でしか知らないわ」
「ええ。でも商売をしているから、それなりには耳に入ってくるでしょう?」
ふうっとため息をこれ見よがしに吐いたアンリエッタは、まずは王子殿下たちのことを教えてくれた。
てっきり母親違いで王位を争っていると思っていたが、同じ母、王妃様から生まれた王子殿下たちは年は五歳違いで、仲が悪いという話は聞いたことがないと。
二人の王子殿下の下に側妃様が生んだ王女様、異母妹がいる。
しかし、この側妃様は王女殿下を出産されたあと、体調を崩し亡くなられていた。
同時期に隣国に嫁いだ国王陛下の王妹様も産塾熱で亡くなられており、そのショックから陛下は新しく側妃をもうけることもなく、王妃様だけを寵愛しているそうだ。
なので国王陛下の御子様は第一王子殿下と第二王子殿下、第一王女殿下の三人。
「だから、順調にいけば第一王子殿下が王太子となられるわ。第二王子殿下はご事情があってまだ婚約者を決めておられないけど、王弟として兄王子を支えていくと思うわ」
王妃様の実家は公爵家で、わざわざ優秀だと評判のいい第一王子殿下を蹴落として第二王子殿下の支持をするわけがない。
どちらが王位につけても、王の外祖父の地位は確実だからだ。
「……第二王子殿下には野心がないということなのね」
困ったわ。
てっきりアルナルディ子爵家を襲った悲劇は、第二王子殿下が図ったことだと思い込んでいたから、これから本当の復讐の相手を探すのは骨が折れる。
「野心がないとも言えないでしょ? 第一王子のジュリアン様に何かあったときのスペアであることは間違いないもの」
それは貴族と同じことよと、アンリエッタはカラカラと笑い飛ばした。
ふいに何かを思い出したのかアンリエッタはピタリと笑いを止めて、真面目な顔でこちらへと顔を寄せてくる。
まるで、これから話すことは内緒の話なのだと訴えるように。
「そういえば、第二王子のディオン様の側近の顔ぶれが変わったらしいわ。今まではロパルツ伯爵子息、コデルリエ子爵子息だったのに、そこに第一王子殿下の側近だったモルヴァン公爵子息が加わったという話よ」
カチャン!
私が持っていた茶器の立てた音に、アンリエッタの顔を驚き色に染まる。
「ああ、ごめんなさい」
モルヴァン公爵子息……それは私が恋焦がれ結婚して冷遇された結婚相手だった。
アンリエッタの帰る馬車を見送って、一人部屋でペンを走らせる。
今日彼女から聞いた情報を忘れずに書き留めておくのだ。
アンリエッタの話で気になるのは、イレール様が第二王子殿下の側近になったのが最近のことで、以前は第一王子殿下の側近だったこと。
むしろ、国王陛下となられる第一王子殿下を支えるため、幼少のころから一緒にいたとか。
それなのに、なぜ第二王子殿下の側近になられたのか?
アンリエッタの……というか、ニヴェール子爵家の推測では、第二王子殿下の婚約者候補が関係しているのではないかと……、第二王子殿下に婚約者候補などいただろうか?
確か、昔、他国の王女と婚約を結んでいたが破談になり、それ以降、第二王子の婚約の話は聞いたことがない。
アンリエッタの情報では、モルヴァン公爵の令嬢が婚約者候補になっているらしい。
イレール様に妹がいた?
いいえ、あの家に嫁いでイレール様の家族にはお会いしていないわ。
イレール様は第二王子殿下と行動を共にしていたけど、そのことを公爵夫婦は認めておらず、親子関係は冷え切っていた。
勝手に決めた結婚と結婚相手に益々親子仲がこじれて、結局、私は義両親にご挨拶することも言葉を交わすこともなかった。
でも……旦那様に妹なんていなかったわ。
私を散々虐めていたメイドたちも、そんなこと一言も言わなかった。
私の知らない公爵家のこと。
フルフルと頭を横に振る。
いいえ、もう終わったこと。
イレール様への想いとともに、公爵家で過ごしたことは封じてしまったことよ。
私は忘れない。
あの日、私を殺そうと伸ばされたあの方の手を。
あんなにも縋りたいと切望したあの手が、私を絶望へと堕とそうとしたことを。
私は決して忘れない。
アンリエッタに頼んで集めてもらう情報も書き残しておく。
第一王子殿下ジュリアン様
第二王子殿下ディオン様
その側近 モルヴァン公爵子息イレール様
同じく ロパルツ伯爵子息シリル様とコデルリエ子爵子息レイモン様
第一王子殿下の婚約者で兄が毒殺したとされる未来の王太子妃 デュノアイエ侯爵令嬢フルール様
そして、謎の女性 モルヴァン公爵令嬢イレール様の妹であり第二王子殿下の婚約者候補
なんとしてもこの人たちと兄の接触を防がないといけない。
学園を卒業した兄が無事にこのアルナルディ子爵家に戻り、父の跡を継いで子爵となるべき教育を受けられるように。
そのために、貧乏子爵令嬢の私に何ができるのだろうか?
私は不安に怯えながら、ペンダントをギュッと握りこむのだった。
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明日の更新はお休みするつもりです。
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