4 / 6
赤い夕陽が沈む海
しおりを挟む
我、魔王なり。
……と、いつも頭の中で連呼しているが、そうでもしないと、この現実に前世を忘れてしまいそうになる今日この頃である。
ぶちっ。
「あ、ダメだよ。その薬草は根も採取するんだから」
我がぶち抜いた草を横取りし、ブツブツと文句を言っているこ奴は、元勇者である。
何の因果か、今世では幼馴染として生まれ育ち、今は駆け出しの冒険者仲間として薬草採取の依頼を一緒にこなしている途中だ。
つまらぬ。
ぶちっ。
「だからダメだって。はい、これで根を掘り起こして採取袋に入れてね」
ニコッと手渡されたスコップと汚れた布袋。
「はああああっ」
我、魔王なり。
今は底辺冒険者見習いとして、草と格闘する毎日である。
…………ついでに、今世では女として生まれた元魔王である。
今日も冒険者ギルドがある大きな町の外に広がる草原で薬草採取の依頼をこなし、ランクアップへのポイントをちまちま貯めている。
依頼された数の薬草を採取し終え冒険者ギルドの受付に採取物を提出し、労働の後の一杯でも飲んで帰ろうとすると、奴は女狐どもに捕まっていた。
昔から、何かと女が寄ってくる奴ではあったが、なんだろう? ちょっとこう、イライラ? モヤモヤ? ムカムカする気がするような?
いや、待て。
我だってそうだったじゃないか。
前々世の大賢者時代は、権威にあやかろうとする輩が多かったが、魔王時代はそれなりに女共に囲まれていた。
うっとおしいと思ったが、我の持つ権力や強大な魔力に誘われて、次々と寄ってきていた。
ふむ、断るのが面倒で放っておいたら後宮がいつの間にかできていたな。
あ奴もたかが人間だが、勇者だった男。
その名声と力に寄ってくる女も多く、ハーレムの一つや二つはあったであろう。
そんな達観した気持ちで、再び奴へと視線を向ける。
冒険者登録のときにも絡んできたビキニアーマーの頭が悪そうな女と、白いローブを身に纏い金ピカな趣味の悪い杖を持った清楚系悪女と、弓を背中に担ぎ赤毛のショートカットで皮の胸当てを装備した美少女風な勘違い女に囲まれている。
……無視して帰ろう。
チベスナ顔でクルリと奴らに背中を向けてズンズンと出口に向けて歩き進んでいると、ぐわしっと後ろから羽交い絞めにされる。
何奴! と焦ることもなく我はゆっくりと振り向いた。
その正体は、悲しいことに……。
「もう帰るのか? じゃあパパが送って行こうねぇ」
我を溺愛する今世の父親、パパだ。
「うむ、頼んだ。パ……パパ」
カアーッと恥ずかしさで全身が熱くなり顔が赤く染まるのがわかるが、この「パパ」呼びは死活問題なのだ。
我は魔王だった故、当然父親も母親も「そこの人間」とか「おい、そこの男」とか「女」と呼んでいた。
父親はそんな我を悲しそうな顔でえぐえぐとだらしなく泣きじゃくりながら見ていたが、母親は違った。
今思い出しても恐ろしい……魔王だった我が恐ろしいと思う仕置きであった。
「いい、私のことはママ、父さんのことはパパと呼ぶのよ?」
ぶんぶんと頭を上下に激しく振った我は、それ以降今世の両親を「パパ」と「ママ」と呼んでいる。
……母親に逆らってはいけないのだ。
「あ、待って。僕も一緒に帰るよ」
女の集団の輪から抜け出してきた元勇者も、ちゃっかり我の父親の転移魔法に便乗する。
しょうがない、我らが住む村は少し田舎にあるからな。
本来なら田舎の村を出て、この町にて自立した生活をするものなのだが、心配症な父親は転移魔法を使い毎日我と元勇者の送り迎えをしているのだ。
……能力の無駄使いだなぁ。
バビュンと転移して着いたのは、元勇者の家の前。
煙突からは白い煙が空へと昇っていき、夕食の匂いが自身の空腹を気づかせる。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
軽く手を振って別れる。
「ほら、俺たちも帰ろう」
さっと伸ばされる父親の手に、ちょっと気恥ずかしさを感じて遠慮がちに手を伸ばす。
キュッと優しく我の手を握り、ほんの少しの距離をゆっくりと父親ど歩く。
我の家からも煙突から煙が昇り、きっと煮込み料理のおいしい匂いが漂っているだろう。
夕日が空を赤く染めながら優しい時間が過ぎていく。
「クロエ。また明日なー」
「……アーサー。ああ、また明日」
お互い大げさなほどに手を大きく振って、別れがたい気持ちを振り切る。
また、明日。
元勇者なお前と元魔王の我の奇妙な約束はいつまでも続くのだ。
赤い、赤い夕陽が沈んでいく。
暗い、暗い海へと沈んでいく。
赤い色は血の色。
暗い色は誰かの……裏切りの決意。
……と、いつも頭の中で連呼しているが、そうでもしないと、この現実に前世を忘れてしまいそうになる今日この頃である。
ぶちっ。
「あ、ダメだよ。その薬草は根も採取するんだから」
我がぶち抜いた草を横取りし、ブツブツと文句を言っているこ奴は、元勇者である。
何の因果か、今世では幼馴染として生まれ育ち、今は駆け出しの冒険者仲間として薬草採取の依頼を一緒にこなしている途中だ。
つまらぬ。
ぶちっ。
「だからダメだって。はい、これで根を掘り起こして採取袋に入れてね」
ニコッと手渡されたスコップと汚れた布袋。
「はああああっ」
我、魔王なり。
今は底辺冒険者見習いとして、草と格闘する毎日である。
…………ついでに、今世では女として生まれた元魔王である。
今日も冒険者ギルドがある大きな町の外に広がる草原で薬草採取の依頼をこなし、ランクアップへのポイントをちまちま貯めている。
依頼された数の薬草を採取し終え冒険者ギルドの受付に採取物を提出し、労働の後の一杯でも飲んで帰ろうとすると、奴は女狐どもに捕まっていた。
昔から、何かと女が寄ってくる奴ではあったが、なんだろう? ちょっとこう、イライラ? モヤモヤ? ムカムカする気がするような?
いや、待て。
我だってそうだったじゃないか。
前々世の大賢者時代は、権威にあやかろうとする輩が多かったが、魔王時代はそれなりに女共に囲まれていた。
うっとおしいと思ったが、我の持つ権力や強大な魔力に誘われて、次々と寄ってきていた。
ふむ、断るのが面倒で放っておいたら後宮がいつの間にかできていたな。
あ奴もたかが人間だが、勇者だった男。
その名声と力に寄ってくる女も多く、ハーレムの一つや二つはあったであろう。
そんな達観した気持ちで、再び奴へと視線を向ける。
冒険者登録のときにも絡んできたビキニアーマーの頭が悪そうな女と、白いローブを身に纏い金ピカな趣味の悪い杖を持った清楚系悪女と、弓を背中に担ぎ赤毛のショートカットで皮の胸当てを装備した美少女風な勘違い女に囲まれている。
……無視して帰ろう。
チベスナ顔でクルリと奴らに背中を向けてズンズンと出口に向けて歩き進んでいると、ぐわしっと後ろから羽交い絞めにされる。
何奴! と焦ることもなく我はゆっくりと振り向いた。
その正体は、悲しいことに……。
「もう帰るのか? じゃあパパが送って行こうねぇ」
我を溺愛する今世の父親、パパだ。
「うむ、頼んだ。パ……パパ」
カアーッと恥ずかしさで全身が熱くなり顔が赤く染まるのがわかるが、この「パパ」呼びは死活問題なのだ。
我は魔王だった故、当然父親も母親も「そこの人間」とか「おい、そこの男」とか「女」と呼んでいた。
父親はそんな我を悲しそうな顔でえぐえぐとだらしなく泣きじゃくりながら見ていたが、母親は違った。
今思い出しても恐ろしい……魔王だった我が恐ろしいと思う仕置きであった。
「いい、私のことはママ、父さんのことはパパと呼ぶのよ?」
ぶんぶんと頭を上下に激しく振った我は、それ以降今世の両親を「パパ」と「ママ」と呼んでいる。
……母親に逆らってはいけないのだ。
「あ、待って。僕も一緒に帰るよ」
女の集団の輪から抜け出してきた元勇者も、ちゃっかり我の父親の転移魔法に便乗する。
しょうがない、我らが住む村は少し田舎にあるからな。
本来なら田舎の村を出て、この町にて自立した生活をするものなのだが、心配症な父親は転移魔法を使い毎日我と元勇者の送り迎えをしているのだ。
……能力の無駄使いだなぁ。
バビュンと転移して着いたのは、元勇者の家の前。
煙突からは白い煙が空へと昇っていき、夕食の匂いが自身の空腹を気づかせる。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
軽く手を振って別れる。
「ほら、俺たちも帰ろう」
さっと伸ばされる父親の手に、ちょっと気恥ずかしさを感じて遠慮がちに手を伸ばす。
キュッと優しく我の手を握り、ほんの少しの距離をゆっくりと父親ど歩く。
我の家からも煙突から煙が昇り、きっと煮込み料理のおいしい匂いが漂っているだろう。
夕日が空を赤く染めながら優しい時間が過ぎていく。
「クロエ。また明日なー」
「……アーサー。ああ、また明日」
お互い大げさなほどに手を大きく振って、別れがたい気持ちを振り切る。
また、明日。
元勇者なお前と元魔王の我の奇妙な約束はいつまでも続くのだ。
赤い、赤い夕陽が沈んでいく。
暗い、暗い海へと沈んでいく。
赤い色は血の色。
暗い色は誰かの……裏切りの決意。
4
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ざまぁされるための努力とかしたくない
こうやさい
ファンタジー
ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。
けどなんか環境違いすぎるんだけど?
例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。
作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。
中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・


前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる