OLが男子高校生を拾った話

皇 晴樹

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俺、これからどうなるんだろう。
行くところもないし、お腹空いたし、眠いし……身体が重い。

立っていられなくて、思わずその場に倒れ込んだ。
目を開けているのも限界だ。

「あ、あの…」

突然、女の人に声をかけられた。

「大丈夫ですか?」

ゆっくりと目を開けると、仕事帰りの女の人が俺の顔を覗き込んでいた。

「聞こえてますか?」

「・・・」

聞こえてるけど……うまく声が出ない。

「と、とりあえず警察に…」

面倒なことにはしたくない。

そう思って慌てて彼女の腕を掴んだ。

「だ、大丈夫なんですか?」

彼女の問いかけに、ただ頷くことしかできなかった。

「そうですか。気をつけて帰ってくださいね」

……置いていかないでよ!

俺は急いで彼女の後を追った。

彼女はどうやらこのマンションに住んでいるらしい。
声をかけようと口を開きかけた時、彼女が振り返った。

「わっ!」

驚いた彼女の声に、心臓が止まりそうになる。

「ど、どうしたの!?」

何も答えない俺を見て、彼女はエレベーターから降りてロビーのソファに座った。

すると、俺のお腹が鳴った。

「もしかして、お腹空いてるの?」

俺は首を縦に振った。

「……わかった。何か作ってあげる」

彼女は俺の手を引いて、もう一度エレベーターに乗り込み、7階のボタンを押した。


「散らかってるけど気にしないでね」

女の人にしては物が少ない気がする。
統一された色合いで、すごく落ち着く部屋だ。

「適当に座ってて」

そう言い残し、彼女はキッチンに立った。

俺はテーブルの近くに正座して、料理ができるのを待つことにした。



「はい、おまたせ」

テーブルの上にオムライスが置かれる。

すごく美味しそうだ。

手を合わせて「いただきます」とボソッと呟いた。

「どう? 美味しい?」

彼女の問いかけに俺は静かに頷いた。

「よかった」

安心したように彼女はそっと息をついた。


時刻は夜11時をまわっていた。


「ねぇ、帰らなくていいの?」

「・・・」

帰る場所なんて、俺にはない。

「名前は?」

「……高坂 紫苑」

「年齢は?」

「18」

「ってことは、高校生?」

「うん」

「親御さんも心配してるだろうし、帰ったほうがいいんじゃない?」

首を横に振ると、彼女は困ったように俺をみた。

「いや、帰りたくなくてもさすがに泊めることはできないよ」

「・・・」

そう、だよな……

「わ、わかった。今日だけだからね!? その代わり床で寝てよ?」

本当に!?

「……ありがとう、ございます」

半分驚きながらお礼を口にした。

……彼女がやさしい人でよかった。


お風呂から上がってリビングに入ると、布団が敷いてあった。

「飲み物とかは勝手に飲んでいいから。トイレはリビングを出て左ね。それじゃあ、おやすみ」

俺は深く頭を下げて、小さな声で「おやすみなさい」と言った。

彼女が出て行ったあと、電気を消して布団に入った。

目を閉じるとまた思い出してしまう。

あの日のことは、忘れたいのに……



***

朝起きるとテーブルの上に
『ご飯温めて食べてね。鍵は1階の郵便受けに入れといて』というメモと合鍵が置いてあった。

彼女は仕事に行ったのか。

俺も学校行かないとな……

朝食を食べて家を出た。


「おはよう、紫苑。遅かったな」

「うん。ちょっとね」

「ちゃんと食べてるか?」

「うん」

「困ったことがあったらいつでも言えよ?」

「ありがとう」

彼––––寺島 晴日てらしま はるひは、いつも俺を気にかけてくれる。

父さんと母さんが亡くなった日も、ずっと俺のそばにいてくれた。

3年間同じクラスでいくら仲が良くても「家がなくなってOLのお姉さんの家に泊まった」なんて、言えるはずないんだけどね。


俺は就職組だから、午後の授業が終わったらすぐに下校できる。

助けてもらったお礼に何か作ろうかなって思ったけど、
……勝手に食材使ってもいいのか?

まず、お姉さんの好きな食べ物がわからない。

「晴日」

「なに?」

スマホから顔を上げた晴日に問いかける。

「今、なに食べたい?」

「んー……あ、これ!」

晴日は俺にスマホの画面を見せた。

美味しそうなミートドリアの写真だ。

「…これにしよう。ありがとう、晴日」

「え? ど、どういたしまして…?」

不思議そうな表情の彼を見なかったことにして、俺は急いで教室を出た。


合鍵を使って部屋に入る。

一応スーパーに寄って材料を買ったから、大丈夫なはずだ。

お姉さんは何時に帰ってくるんだろう?


時刻は午後7時。
美味しそうな香りが漂う部屋で、俺はお姉さんの帰りを待った。

「ただいまー」

あ! 帰ってきた!

「ちょっと!」

勢いよくリビングのドアが開き、驚いた顔のお姉さんが入ってきた。

「どういうこと!?」

「……お礼です」

「私、頼んでないよ?」

「ご飯、作りました」

俺の言葉に、テーブルの上のミートドリアを見たお姉さんは、少しだけ目を輝かせてリビングから出て行った。

すぐに戻ってきて床に座ると、「ご飯食べたら帰ってよ?」とスプーンを持ちながら言った。

「嫌です」

俺の声が聞こえなかったのか、お姉さんは「いただきます!」と美味しそうに食べ始めた。

「すっっごく美味しい!」

お姉さんに喜んでもらえて嬉しい。

父さんと母さんは帰りが遅かったから、俺はいつも家事担当で、2人は俺の作った料理を「美味しい」と言って食べてくれた。

そのことを思い出して、少し切なくなる。

俺はこれから、どうすればいいんだろう……?


ご飯の片付けをして、ひと段落ついたところでお姉さんは俺に問いかけた。

「どうして帰りたくないの?」

「・・・」

なにも関係ないのに、お姉さんにこれ以上迷惑をかけたくない。

でも、どこか期待している自分がいた。

「場合によっては、私も何か力になれるかもしれないし……理由がわからないのに、いつまでもここに置いておくわけにはいかないよ」

理由を話したら、ここに置いてくれるってこと?
図々しいってわかってるけど、もし可能ならば……

本当のことを話してしまおう。

「……俺、家族がいないんです。両親は先日亡くなりました」

お姉さんは何も言わずに俺の話に耳を傾けた。

「頼れる親戚もいなくて、家は追い出されてどうしようもなくなって……このまま死ぬのかなって思っていたところで、貴女が助けてくれたんです」

「そうだったんだ…」

……なんでお姉さんが泣きそうになってるんだよ。

「お姉さん…」

俺まで泣きそうになるから……そんな顔しないでよ。

お姉さんは俺をぎゅっと抱きしめた。

“生きている”温もりを感じて、思わず本音が溢れる。


「……俺を、捨てないで」


その言葉に、抱きしめる力が強くなった。


ごめんね、お姉さん……
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