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前編

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 とてものどかな雰囲気の午後。
暖かい気候に少しマッタリしつつ小鳥の囀りに耳を傾けながら、お気に入りのカップに最近ハマっているお茶を注いでいく。

カップから立ち上るお茶の香りと湯気に『フゥ』と小さく息を吹きかけながら、優雅な動きでカップに口をつけた。

今日はいい天気だなぁと空を見上げると、木々の隙間から差し込む光に目を細める。
心地よい光にとても心が和む。
何とも長閑な雰囲気に現実を忘れそうになる。
お茶請けの焼き菓子を目当てに、小鳥だって集まって来ている。
焼き菓子を半分に割ると、パラパラと落ちたカケラを小鳥達が啄み出した。

「ふふ、可愛いなぁ」

手の平に焼き菓子のカケラをのせると、慣れた様子で小鳥が手の平に乗ってきた。
一生懸命取り合いながら啄む小鳥たちの様子に、思わず頬が緩むのだった。

何気に優雅な時間を過ごしている様に見えるだろうが、何を隠そう、私は今絶賛『現実逃避中』だ。
にっこりと微笑みながら空を見上げていると、聞きたくもない声が聞こえてくる。

「セーレ、今は呑気に茶なんて飲んでる場合じゃないだろ。」

声の主がガタンと大きな音を立てながら立ち上がったせいで、小鳥たちは一斉に飛び立ちお気に入りのカップがガタガタと揺れた。
あークソいい気分だったのにな、と思いつつ。嫌味を込めてカップを手に取り、縁が欠けていないかを確認する。
そして未だ聞こえる声に大きく舌打ちしたが、私の笑顔は崩さない。
ニッコリとしたまま声の方に視線を向け、答えて差し上げる。

「こんな時だからこそお茶を飲むんですよ、ノックス殿下。」

「だが、しかし……!」

先程からゴチャゴチャと煩いのはこの国の王太子、ノックス殿下。一応将来の次期王となる予定の方だ、このままいけば。

私の言葉に言い淀む殿下が口をモゴモゴとしながら、ドカッと大きな音を立てながら椅子に座り込んだ。
また座るならなんで立ったんだ。いちいちうるせえなと、そんなこと思ったがあえて言わず。
何か文句言いた気に私を見ているが、こっちは巻き込まれている側なのだ。
正直もう知らんと言いたいのをお茶を飲んで我慢している。
何ならお前のせいで『これまで順風満帆だった自分の人生を、諦めなければならない』事を、どう悪あがきするかを思案中だ。
少し黙って待てというもの。

イライラする心を誤魔化す様にゆっくりお茶をゴクっと一口飲み、私を睨みつける殿下に話を続け手あげることにした。

「しかしも何もありません。そもそも計画を台無しにされたのはあなたの仔リスちゃんのせいですが?」

自分の立場からすると『リス』というより『泥棒猫』、と言った方が正しいのかもしれないが。
嫌味をフンダンに添えてチラリと目線を送ると、目線を逸らしながら『ぐぬぬ』と押し黙る。
殿下の横にもう一人、全く役に立たない……いやむしろ私にとっては害にしかならぬ生き物が、小さく怯える様に震えている。
というか私に言い返せないなら黙ってればいいのに。
そんなことを思いながらカップのお茶を飲みきり、そのまま皿の上に戻した。

「あれだけ何度も綿密に計画したのに、何故その通りにならなかったのか。
一体なにが原因なのか分かりますか?」

本題に突入した私が無言で足を組み替えると、目の前の二人がびくりと体を跳ねさせた。
そして二人で身を寄せ合い、まるで食べられる前の小動物のように震えるのだった。

「なにも仰らないという事は、分かっておられるということで宜しいですか?」

私の言葉に二人は顔を見合わせると、ゆっくりと頷き、椅子から立ち上がる。
しばらく見ていると、ガバッと殿下が私に向かって頭を地につけた。

「本当にすまない。まさかヒアキが、まさか、あんな行動に出るとは……まさか、予想もしてなかったのだ……」

何回まさかって言うねん。なんて思いながら見つめていると、私に土下座する殿下の前に、ヒアキと呼ばれた小動物が殿下を庇うように私の前に立った。

「だって!このままじゃいけないって思ったんだもん!」

まるでいい事をしたとでも言いたげに、哀れな自己主張をするヒアキに私は深い息を吐いた。

「……だって、とは?あれだけ、念を押して、シナリオ通りに、動けと!約束したはずですが?」

まるで子供に言い聞かせるように、小刻みにヒアキを指をさしたら、ヒアキと呼ばれた少年が『だって』と小さな子供の様にほっぺをプクッと膨らました。
プクッじゃねーんだよなぁ、これが。頬をプクってしていい生き物はフグぐらいだと、思わず目眩がして頭を抱えようと手を上げる。
そうすると二人揃ってまたビクッと体を震わせた。
暴力でも振るわれると思っているのか、再びイラっとしてしまう。殴れるものならもうボッコボコに殴ってるわ!と更に怒りが募った。

「頭の中に綿でも詰まっているのかな?何だこいつ大丈夫か本当に。」

嫌悪感満載で小動物を睨みつけると、慌てて殿下がヒアキを抱き抱えた。

「……セーレ、気持ちはわかるが心の声がダダ漏れのようだぞ。」

私の言葉に殿下が庇うように、自分の背にヒアキを隠した。
さっきからピイピイとお互いにかばい合いっこしている小動物に、またイラっとしそうになったが我慢して微笑む。

「……おや、失礼。怒りで冷静さを欠いてしまったようです。」

思わず出た言葉をごまかすようにニッコリと綺麗な顔で微笑むが、どう見ても目が笑っていないのがわかるのだろう、より一層怯える小動物ども。

「ということで計画が破綻したので私が『王太子妃』となるわけですが、それに関しては異論がありますか?私以外に。」

「お前は大いに異論がありそうだが……俺はもう腹を括った。」

「はぁ?括らないでくれます?最後まで大いに抵抗しますが?」

「……僕は異論はありませーん!」

「うるせえ、お前はもう話に入ってくるな。」

「ヒィッ」

私の言葉に小さく悲鳴をあげ、王子に抱きついたヒアキは涙目で口を開いた。

「だってだって!恋してしまっただけなのに、ノックんとセーレ様が婚約破棄されるなんておかしいもの!」

「……うん?おかしいのはお前の頭の中だけだよ?」

「違うもん!僕はおかしくない!」

プンプンと怒りながら何故か私に抱きついて来ようと手を広げ、突進してきた。
が、華麗に避けたのでヒアキは前のめりに膝をつく。

擦りむいた膝をさすりながら、それでもピンクの唇は言葉を止められない。

「だって知ってるよ?セーレ様は小さい頃から王妃教育で血の滲むような努力をしてきたんでしょ?それなのに、僕のせいで王妃になれないなんて、おかしいよ!」

「……」

「やっぱり王妃はセーレ様がなるべきだよ。僕は、ノックんに恋していられたらそれで幸せだから。」

ウルウルとした目で立ち上がると、今度は殿下に突撃し、抱きついた。
お前は猪かと思いながら、セーレは深くため息をついた。

「努力?私を誰だと思っているんだこいつは。」

「うん、セーレまた心の声が漏れてるね、もうでも俺も『止められない駄々漏れるその気持ち』がだんだんわかってきたよ。」

悟ったように頷く殿下を無視し、私はそのまま話を続けた。

「王妃教育なんぞ12歳で終わっているが?そもそもこれは王家から頼まれて仕方なくの婚約で、私的には殿下に想い人が出来るなら、すんなり解消できた話だったはず。
なぜ婚約が破棄できなかったか、考えたらすぐにわかるだろう?」

ここで殿下縮こまる。
殿下の方は理解しているだろうが、諸悪の根源であるヒアキはアホ面で首を傾げた。
ここで私は大きく息を吸う。

「お前たちが揃って能無しだったからだ!!」

そこら中に響き渡る声で叫んだのだった。



そもそも、あの日は私と殿下が婚約破棄をすると発表するパーティーだったのだ。

貴賓も沢山来ており、誰しも王家からの重大発表を、なんとなく察しながら待機して待っている状態。
王太子が異世界人ヒアキに一目惚れをして囲っていると言う噂はもう、周知の事実。
私と殿下は円満に婚約破棄をして、この脳みそが綿菓子で出来たやつとスライド式に婚約するはずだった。

だが普段の殿下があまりにもバ……頼りにならないせいで、将来を不安に思う貴族から反対が出てしまった。
あぁだけど、ここまで想定内だ。計画通り。

「反対されても殿下と綿菓子が手を取り合い、『私たちが支え合い国民のために尽くそう』と説得するはずだったよな?
なのにおい、綿菓子!あの時なんて言ったよ、お前。
『やっぱりセーレ様じゃないと王妃は務まりません!』だと?
そんなこと言いやがった日には反対してた貴族もそりゃあ『デスヨネ』感出すよな?
全てはお前のせいで台無しだということに少しも申し訳なさがないのか!」

未だかつて、私がこんなに感情的になったところは誰も見たことがないだろう。
それほど腹が立っていると言うことを理解してもらいたい。
自分でいうのも何だが、冷静で人形のような顔立ちをしていると言われることが多いこそ、かなり今の表情は迫力があったのだろう。
私に怒鳴られ、二人は本気で落ち込んでいるようだった。
やっと悪いことに気がついたのか、ヒアキが『ごめんなさい』と小さく項垂れる。

「あのまま婚約破棄をしたら、私は自由になれたのに。」

思わず口から漏れる言葉に、ヒアキが涙目で顔を上げた。

「セーレ様は自由になりたかったのですか?」

「当たり前だ。こんな所に囚われて、お前達のようなバカを一生相手にしなきゃいけないなんて不幸でしかない。」

私の言葉に自覚があるのか、シュンとする二人。
それをため息混じりに睨みつけながら、私は自分を落ち着かせるように、もう一度大きく息を吐く。

「……なので、まぁとりあえず計画は変更することになりますが。」

そういうと私は再び椅子に座り直し、姿勢を正した。
そして冷め切ったポットのお茶を振り絞るようにカップに注ぎ、それを一気に飲みほすと、にっこりと微笑んであげた。

「ともかく私が『次期王妃』として政務をやりますので、あなたたちは早々にお世継ぎをお作りください。」

私の提案にこれまた小動物たちはキョトンと首を傾げる。

「……だが第一子は王妃の子供と決まっているが?」

「そんなの私が産んだことにすればいいでしょう?」

「ヒアキに似た子供が生まれた場合、全てが終わるのだが?」

「言い張ればいいじゃないですか。」

「だめだ絶対バレる。特にお前の父、公爵が……。」

「ならばあなた達がお世継ぎを作る前に、私がどこかで産ませて来ればいいですか?」

「王族の血を引いてないとバレるだろ!てかヒアキは貸さないぞ!」

「いらねえよ好みにかすりもしないし、ピクリとも下半身が反応しない自信しかないが。」

「こんなに可愛い僕が好みじゃ無いって嘘でしょ!?」

「ヒアキ、今そこじゃない、黙って……。」

「ピィィ」

キッパリ否定した私を『信じられない』と言わんばかりに、泣きながら鳥のように叫び、睨んできた。
横で殿下が必死で慰め褒め称えているが、それを無視して話を戻す。

「ふむ、じゃあ私の子供を王子が産めば良いのでは?」

「は?」

「え?」

私の提案に二人が固まっている。
そんなの知ったこっちゃないのでサラサラと話を進めていった。

「それなら万事解決。『私と王子』の子供で間違い無いのですし、それで行きましょう。」

人差し指を立て、『ねっ?』と微笑むと、我に返った殿下が叫んだ。

「待て待て待てぇい!王子が産むとか今までに聞いたことがないぞ!?」

「おや、初の試みですね。よかったです。」

「良くないヨクナイ!俺が妊娠したら政務はどうする⁉︎公の場に出る事が多いのに腹が膨れているとか格好がつかないではないか!?」

「政務は主に私がやるので大丈夫ですね。だって貴方は政務や外交なんて出来ないですよね?人の顔と名前が覚えられない、お馬鹿さんなんだから。」

「いやいやいや!!そうだけども!」

「ノックんとうとうお馬鹿さんを認めちゃった⭐︎」

能天気にクスクスと笑う阿呆に心底嫌気がさしながら話を続ける。

「どうせ仕事を丸投げされるのだから、私が出産育児に動けなる方がこの国が困ります。」

「正論なんだけどさぁ!え?あれ?てか俺がされる方なの?」

「産むわけですから、そうですね?」

「いやダァっぁあ!」

「私だって苦肉の策だと言うことをお忘れなく。」

「え?なに?殿下も好みじゃ無いとかセーレ様の趣味おかしいんじゃないの!?」

「どいつもこいつも好みじゃ無いですよ、面倒く際の極みだ。どの提案も私がこれからこの修羅道を生きるための消去法ですから。」

「ひどい!鬼!顔が綺麗な鬼め!」

「……褒めて下さり、どうも?」

飲み切ったカップとティーポットをトレイに乗せ、それを抱えさっさと席を立った。
ぴいぴい泣く二人をほっといて、セーレはまたため息をつきながら歩き出す。

ベショベショに泣く二人を見ていたら、巻き込まれ逃げられなくなった事に少しは諦めがついた……ような気がしないでもない。
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