悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠

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29、そして物語は終わる。

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 そこからは目まぐるしく、時が動いた。
あっという間に王位返却が決まり、元王様と元王妃は、王妃の実家のある遠い領地へと引っ込む形となり、まぁ事実上の幽閉となった。
そして全ての元凶となった王太子の処遇が決まった。

「……まぁ何というか、趣味が悪いよな。」

吹き荒ぶ冷たい風に、ハヴィの鼻の頭が赤くなっている。
はぁーと吐くと、白い息が強い風に運ばれ、ずっと遠くに消えていった。

ハヴィの言葉にアンセルはというと、さっきからずっと笑っている。
いつもの嘘くさいやつじゃなくて、それはもう声を枯らし、引き攣るほど大きく笑っていた。

キレイに切り揃えられた髪が、強い風にふんわりと流されていく。
長い髪しか知らないので、こんなに短いと何だか別人に見えて照れてしまう、なんて思いを寒さに隠した。

「趣味ね、私もそう思うよ。でもまぁ、人の好みは人それぞれだしね。」

ハヴィの思いに気づいていないのか、笑いすぎて息も絶え絶えに、アンセルが喋る声が裏返る。
横っ腹が痛いと涙を流す彼を見て、ハヴィはまた大きく白い息を吐いた。

ハヴィとアンセルは騎士団の練習場にある見張り塔の上から、遠くに向かい走る馬車を眺めていた。
馬車は装飾がされ、とってもめでたいように見える。

……見えるのだが、乗っている本人は絶対愛でたくないだろう、とアンセルが本当に面白そうに笑っている。
こんなに腹を抱えて笑う彼を、初めて見たかもしれない。

涙を浮かべ横っ腹を抑えて、ヒィヒィ言っている。ずっと言ってる。

「この結果も知ってたの?」

「勿論。だって私が橋渡しに入ったしね。」

うへぇ、悪趣味だとハヴィが顰めっ面をした。

「まぁあの人、ああ見えて妻を大切にする人だと思うよ。
多分、『夫の方は』愛がある結婚だからね。」

「だからって……チャーたんを嫁にとか趣味悪いって。」

もうすぐ姿が見えなくなっていく馬車の中には、嫁入り衣装を着せられたチャーたん、もとい、チャールズ元王太子が乗っているのだ。元、だが一応王族同士の婚姻ということで、体裁的なアレの『王太子』としての嫁入りとなる。

彼には見えないだろうけど、敬意を込めてハヴィは小さく手を振った。

愛人テテがやらかした外交問題の責任を取り、隣国へ元王太子が嫁へ行くこととなったのだ。
それを望んだのは隣国の王子自身。
抱く立場だったはずのチャーたんは今度は抱かれる立場となるらしい。

最後の最後までチャーたんはチャーたんのままだったのだが、そんなチャーたんを見る隣国の王子の笑顔はしばらく忘れられないかもしれない。

「きっとあっちに行ったらチャーたんは大人しくなるだろうなあ。」

「まぁ、うん……俺もそう思う。」

「大丈夫だよ。王子、加虐趣味はないとは言ってたし。」

「でもすごい陰険そうな事はしそうだよなぁ、あの感じだと。
ま、チャーたんベタベタしてシツコイ感じそうなのは好みだろうから、あの王子のことも好きになるかも?
愛人もネチョネチョしてたし。」

「ははは、いつまでそう呼ぶんだよ、もう今日は笑いすぎてこれ以上笑ったら1週間ぐらい寝込みそうだよ。」

「ダラダラしてるのがアンセルのデフォルトみたいなとこあるし、平常運転だと思う。」

「心外だなあ。……てかもう中に入らない?馬車はもう行っちゃったし、ここ寒いよ。」

アンセルはそう言いながら自分のローブの中にハヴィを包み込んだ。
後ろから抱きしめたハヴィの髪の毛があまりに冷たくて、アンセルの鎖骨あたりをくすぐる。

「うわぁ、冷たっ」

そう言いながらアンセルがぎゅっと抱きしめると、ハヴィは満足そうに微笑んだ。

「そろそろ戻るか。オルトの結婚式の準備しなきゃ。」

「ハヴィの副団長としての最後の仕事だから、気合い入れてやらなきゃね。」

「まるで俺が引退するような言い方やめろって!俺、昇進すんだから!」

「うん、団長おめでとう。でも無理しないでよ、オルトの式が終わったら今度は私たちの式だから。」

アンセルがハヴィを抱きしめたまま、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「はいはい、わかってるって。」

ハヴィは照れ臭そうにそう言いながら、ローブから顔を出した。
そんな二人がイチャイチャしてたら、何やら騒がしく扉が開き、涙目のオルトが立っていた。

「聞いてよハヴィ!団長が式の日程をまだ詰めようとしてんの!もうどうにかしてよあの人!」

「いや、これ以上短くはならんだろ……」

思わず冷静に突っ込むアンセルに、ハヴィが思わず吹き出した。

「アンセルが正論ぶっ込んだ!というかもう各国に招待状とか出してんだから無理じゃん。」

ハヴィも答えるとオルトが『でしょ!?』っと目を見開く。

「もうそんなに一緒に暮らしたいならさ、百歩譲って先に一緒に住めばいいのでは?と言ったんだけど、順番が違うとか結婚前なのにとかぬるいこと言い出してさ。
そんなのすっ飛ばしてやることやってんだろっていうさ!」

オルトは興奮しているのか我を忘れ、言わなくていいことまで言っていることに気がついていないらしい。
それがまたおかしくてニヤニヤしてしまう。グチグチ言っている割に、何だか幸せそうなオルトにハヴィは抱きついた。

「オルト、おめでとう。」

「あう、あ、ありがと……」

恥ずかしがるオルトがモジモジしているのも可愛くて、思わずぎゅっとしている腕に力が入った。

「あ、私もおめでとうって言いたい」

そう言いながらアンセルも抱きついてきて、3人でぎゅっとした。
3人で寒いながらもそのまま塔の最上階でダラダラと喋ってしまう。
オルトはすっかり団長を尻に引くつもりらしいので、従兄のそんな話に胸の奥がこそばゆい気持ちになる。

まるで双子のように何をするにもずっと一緒だった従兄。
そんなオルトの嫁入りは、ハヴィにとっても感慨深いものだった。

そんな感動をよそに、オルトが気分をぶっ壊してくる。

「てかチャーたんどうだったよ。馬車に押し込まれる時泣いてた?暴れた?」

めちゃくちゃワクワクした顔をしているのも、またイラっとするなあと思いながら眺めていると、アンセルがものすごく冷静に質問に答えていた。

「馬車に乗り込む時はもう王子にお姫様抱っこされてたからな、暴れたら落とされることを悟っていたのか、大人しかったな。」

「えー泣かなかったんだ、僕絶対泣くと思ってたのに。」

「泣きそうには、なってたかな?ここからだと細かな表情までは確認できなかったけど。」

「ちぇ、団長は絶対泣かないって言ってたからでも、涙目なら引き分けかな。」

「……てか夫になる人をいつまで団長っていうの?てか俺が団長だからな、もう名前で呼んだれよ」

ハヴィの言葉にオルトはきゅっと顔を赤くして口ごもる。

「……それは!だっ、だって……」

結婚することになってからより、部下だった時の方が長いのだ。
しかも交際するより先に決まった結婚。
何もかもすっ飛ばしての現状なので、オルト自身も団長呼びが癖になっていて、すぐ直ぐには変えられない。
それに照れがある。八割ぐらい照れしか無いのだが、こればっかりは仕方ないのだ。

「なんかあっという間の展開なんだもん。頭ではわかっているけど、心と口がついてこないっていうか……。」

ゴニョゴニョと口元を動かしながらはっきり喋らないオルトに、ハヴィがイライラしてキレそうになるのをアンセルが必死に抱き抱え、宥めていた。

それを察してオルトも重い口を開く。

「だってなんかあの人、物語に出てくる王子様みたいでさ。人のことなんかお姫様みたいに扱うんだよ。
なんか、こうっ……このへんがっ、フワフワして、耐えられなくて……!」

そう言いながら胸の辺りを掻きむしる仕草をするオルトに、アンセルがニヤリと笑う。
そしてそっとハヴィの耳元に口を寄せると、小声で『私もやってあげようか?』とハヴィにいった。

ハヴィが慌てたようにブンブンと首を振ると、オルトが察してニヤリと笑った。

「そういえば、元王太子の愛人さ。」

突然何かを思い出したかのようにオルトが話だす。

「あー、ネチョネチョ!」

「だからそれやめてってば!」

アンセルは再び笑いを堪えようと咳払いをする。
それを見ながらオルトが続けた。

「取り調べてずっとなんかわけわかんないこと言ってたよね。
僕がこの物語の主人公なんだーとか、みんな登場人物にしかすぎないとか、何とか。」

「みんな自分を好きになるはずなのに、おかしいとかってやつ?」

「そうそう、僕なんか脇役のくせに団長と結婚するなんておかしい!とか、言いがかりで文句言われたやつね。
……あれさ、なんか考えたんだよね、僕。」

「いや何を考えんだ、イカれたやつのいう事に考える価値もねえ。」

オルトの言葉にハヴィが遮った。
この言葉を言われた時、もれなくオルトと一緒にいたので、液状化するまで殴ってやろうかと思うほどハヴィはキレた。オルトの幸せにケチをつけられ、黙っていられなかったのだ。
だがハヴィが出るまでもなく、すぐに団長が笑顔でオルトの可愛さを熱弁し始めたので、最後はアイツも黙るしかなかったのがちょっと救い。

そんなことを思い出していると、オルトが話を続ける。

「いや、違うんだよ。これがもしこれが物語なら……ってやつをさ、面白そうだから僕なりに考えたわけよ。」

「いや、だから考える必要ないって」

「いいからちょっと聞いてよ。僕が脇役ってことになると、誰が主人公?ってなるじゃん。もちろんアイツは除外してって話で考えたんだけど、主人公って絶対アンセルかハヴィだよねって、僕は思ったんだよ。」

オルトの言葉にハヴィは嫌そうに顔を歪ませる。

「はぁー!?俺絶対ヤダ。主人公ってなんか絶対ヤダ!」

「何でだよ!主人公いいじゃん、なんか強そうで。」

「強くねーだろ、主人公とか物語の中心人物とか絶対、めんどいって。そもそも俺は誰かに決められた行動はしたくないし、自由に生きるのが、俺だし!」

そう言い切るハヴィにアンセルがその通りと言わんばかりの拍手。
オルトは少し呆れながら続けた。

「いや、だからこそ主人公っぽいじゃんハヴィって。」

オルトの言葉にハヴィはさらに顔を歪ませて、大きく手で拒否する。
そんなハヴィの後ろでアンセルが口を開いた。

「んー、私はそうは思わないかなぁ。」

アンセルの言葉にオルトは目を丸くした。

「え、アンセルは誰が主人公だと思うの?」

オルトの言葉にアンセルは得意げに鼻を鳴らした。
そして人差し指を立てると、静かにオルトに向けた。

「今これに物語があるとしたら、間違いなくこの物語の主人公はオルトだよ。
だってどの物語も主人公は逆境があったり、ちょっと抜けてて普通っぽいのが大体そうじゃん。
最後に王子様と結婚なんて、まさにハッピーエンドで、やっぱり君が主役だよ。」

指をさされて驚くオルトだったが、直ぐにぶんぶんと首を振った。

「いや団長は王子様じゃなくて、王様だけどな……。」

「さっき自分が王子様みたい、とか言ってたじゃん!」

「いや、そうなんだけどさぁ……」

自分が主人公と言われてピンとこない様子のオルトを、ハヴィが背中を力一杯叩いた。

「なんかすごいここまで怒涛の展開だったけど、何であれ結果、オルトが幸せなら俺は嬉しい!」

そういうハヴィにオルトはニヤリと笑った。

「なんか、うん。幸せなんだろうと思う。なんか色々父さんに仕組まれた気がしてならないけど……、まぁでも、僕はなんか、今はしっくりきてるから。」

「シスル団長、俺の時と全然感じ違うし、絶対オルトにマジだと思う。」

ハヴィの言葉にオルトが照れて黙ると、アンセルもオルトの背中をポンっと叩いた。

「うん、オルト幸せになってね。私たちも負けないぐらい幸せだから。」

「突然の惚気、どうも……。」

ニッコリ笑うアンセルに若干引き気味のオルトが『あ、そういえば』とハヴィに近づいた。
そして耳元でこっそりと、『もし良かったら今度カフスの作り方教えて』と言ってきた。
この言葉にハヴィはニンマリ頷くと、『俺のあげたやつこっそり捨てちゃっていいからな』と返した。

「オルト可愛いなぁ!」

ハヴィはそう言ってまたオルトを抱きしめた。
二人がくっつき合っている姿を見ていたアンセルが、『拾いに行くから捨てたら教えて』と言って、またハヴィに怒られるのだった。

この後オルトを探していたシスルがやってきて、早々にオルトを回収していく。
『何やってるんすかー準備サボっちゃダメでしょー!』と言いつつも、何やかんやでオルトも満更じゃなさそうで。

「めでたしめでたしじゃん?これ。」

二人の背中を見送ったハヴィの言葉に、アンセルが大きく頷いた。

「多分みんなハッピーエンドだよね。」

ますます強くなる風に、抱きしめる力も強くなる。
いい加減中に入ろうと、ハヴィを抱えたまま歩き出した。
歩きながらふと、ハヴィが呟く。

「チャーたんもハッピエンドじゃん、絶対」

その言葉に吹き出すアンセル。

「あそこが一番ハッピーエンドかもね、ある意味。」

と楽しそうに笑うアンセルに、ハヴィは「ある意味、ね」と呟いた。


めでたしめでたし。
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