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25、我慢大会に勝利したのは……▷

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「だんちょ、ダメす……僕、はびじゃな、い……」

短く吐く息と一緒に、漏れる言葉。
完全に振り切った理性だったが、オルトの顔を見て驚き過ぎて、少し冷静になれた。
なれたと思ったのだが、一瞬で振り切って戻ってくる。

潤んだ瞳に、緩んだ口から溢れる唾液。
思わず熟れた果物からこぼれ落ちる蜜のように見え、指先で拭った。

「わ、やだやだ、何してんす、か」

涎を拭われた事に恥ずかしそうに頬を赤くする姿に、思わず指先の唾液をベロりと舐めとる。
シスルのそのわけ分からない行動を見て、またオルトが恥ずかしそうに震える。

「な、何でなめ……!?」

彼もまた理性と戦っているのかと思うと、妙な気持ちが湧き出てくる。
舐め取った自分の指と、唇に視線があるのがわかった。

ベッドサイドに置かれたランプの灯りが、妙に雰囲気を高めている。
チラチラと揺れる炎の灯りが、オルトの顔を輝かせていた。

ハヴィより小柄で、彼より筋肉の付いていない細い腕と足。
そして最近少しぷっくりとした頬や腰回り。何もかもが魅力的に、そして美味しそうに見えて仕方ない。
上から見下ろす形でじっと見つめていると、シスルの視線に気がついたのか、オルトが恥ずかしそうに身を捩った。

「こう見たら、ハヴィとあまり、似ていないな……」

「え?え?何……?」

「いや、君たちは、ずっと似ていると、思っていた。」

「……似て、ないっすよ、結構、にてない……」

恥ずかしいのか両腕で顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
だか腕の隙間から、チラリとコチラを見ている視線に気がつき、思わず笑ってしまう。

ハヴィは顔は可愛いが、どちらかと言えば男性的だ。
自分と同じで、何かあれば拳で話をつけようとする所などもそう思う。

あの時もらったプレゼントに心が動いたのも嘘じゃないが、もし今の現状がオルトではなくハヴィだったらと考えてみる。
彼はきっと動けるうちに窓でもドアでも破壊しようとした事だろう。
香の影響で動けなくなったとしても、果たして彼を可愛いと思うほど香に溺れただろうか。
ハヴィの行動につられ、外に出る事だけに意識が集中してしまうかもしれないと思ったら、また笑ってしまった。

一時の気の迷いだったのか。
30手前で誕生日を祝って貰ったことに嬉しかっただけだったのか。
私はもしかして、寂しかっただけなのかも、と。
思考が鈍る状態であれこれ考え、何だか情けなくてまた笑ってしまった。



シスルが突然自分を見下ろしたまま動かなくなったことに、オルトは狼狽えていた。
どうした何があったの、この人。
鈍る脳内と、とにかく苦しい身体にオルトはそろそろ限界だった。
何だか頭がボーっとしてきて、自分を保てているかが怪しい感じ。
限界だから団長に近づきたくはなかったのだが、どうやら何だか泣いているように見えた。

「だんちょ、苦しい、の?」

絶え絶えでしか出てこない言葉を頑張って捻り出す。
オルトの言葉にシスルは静かに首を振り、近づいてきたオルトから少し距離を取る。
ハヴィが好きだったはずなのに、今はこんなに簡単にオルトに心が動かされている現状に、泣けているなんて絶対悟られたくないのだ。

オルトから離れベッドの横に置いていた椅子に深く座ると、シスルが目頭を手で覆う。

え、何で泣いてんの?ヤバいの?そんな苦しいの?
こんなクマみたいな強い人が辛くて泣いちゃうとか、流石になんかキュンとする。
何でキュンとしたかは全くもって謎だけど。ギャップ萌え?とか言うやつかもしれない。
なので、泣くほど辛いなら自分が何とか出来ないかと、オルトは思った。

多分もう本当に思考がヤバかったんだろう。どうにか泣き止んでほしいと、そう思っていたのだ。

「だん、ちょ」

ひいふう、と息を吐きながら何とか身体を起こすと、オルトを心配してシスルが側へと寄ってきた。

「……どうした?苦しいなら起きない方が、いいぞ」

シスルの言葉も絶え絶えなのがわかる。
でもさっきよりは辛くなさそうで、オルトはホッとした。

「何で、泣いたの?泣いたらだめだよ、僕がぎゅっとしてあげようか?」

「……ギュッとされたら、もうだめになりそうだから、今は遠慮させてくれ」

「僕のギュが、いらないっていうこと?」

「いやそうじゃなくて、今は絶対まずい、って話で」

「僕ね、慰めるの、得意だよ。背中ポンポンしてあげようか。ハヴィはこれで、いつも泣き止むよ。」

オルトは香に負け今の現状をわかっていないのか、シスルが止めるのも聞かず、グッと両手を伸ばしてきた。いわゆるハグ待ちの体制で、自分に向かって両手を広げている。カワイイヤバイ。
これはいかん、ますます早くここから出ないと、と近づいてきたオルトを自分から引き剥がした。

「限界超えてそうだな、巻き込んですまない……どうにか扉が開かないか、頑張ってみる」

そう言って立ちあがろうとしたら、今度はオルトが声をあげ泣き始めた。

「なんでぇ?泣いてるから、慰めようと、思っただけなのに」

自分のハグを断られて悲しいのか、ポロポロと溢れる涙がまた可愛く思ってしまって気持ちが揺れる。

「す、すまない、だが、今はくっついたりしないほうがいいと思って」

「僕だって出来るんだよ、だんちょの、涙、よしよしって出来るのにい」

グシュグシュと自分の服の袖で涙を拭っている。乱暴に拭うから上手く拭えなくてまた涙をこぼす。
鼻から垂れる雫さえも、もう何だか愛おしくて胸が痛い。

「わかった!わかったから、そういうふうに泣かないでくれ、あー、ほら目元が赤くなっているじゃないか」

思わず抱き寄せてしまったシスルに、オルトはグシュグシュの顔で微笑んだ。
少し幼く見える顔が、泣き顔でもっと幼く見える。
私が守ってやらなければと、ぎゅっと抱きしめた腕を緩めると、脱ぎ散らかしていた自分のシャツで、優しく涙と鼻水を拭ってやった。
泣いた顔で嬉しそうに微笑むオルト。

「団長は、ホントに、ヤサしいですねえ」とシスルの肩口に顔を埋めた。

オルトの吐息が自分の鎖骨辺りにかかっている。それだけでもうゾクゾクと体が反応しているのがわかる。
もうだめだこんなの無理だ。何度繰り返したかわからない山場がまたやってきたのだった。

グッと自分から引き離そうとすると、イヤイヤと首を振ってシスルの首に腕を回す。
どうしろというのか、もう誰か殺してほしいとまで思うほど理性が焼き切れそうだ。

ハヴィではなく、彼が欲しい。
薬の影響なんてもう知らない、どうでもいい。
今、私が欲しいのは彼だ。

こんなにオルトが可愛いとは知らなかった。
この姿を他の誰にも見せたくない。
ハヴィの時には思わなかった感情の芽生え。
というよりも、初めてのこの気持ちが『独占欲』だと気づいたら、もう落ちていくだけだ。

どんなキッカケでもこれだけは間違いない。

『自分が本能で求めているのは、目の前の彼だ。』

シスルはそう確信した。
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