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11、快適すぎた誘拐生活の終わり。

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「そろそろいいかな。」

アンセルがビーチソファーでゴロゴロしながら呟いた。

誘拐されてからそろそろ1ヶ月。
毎日昼間はビーチソファーでゴロゴロしていたせいで、色白だったアンセルも若干小麦色。
ハヴィも現状に慣れすぎて、10日過ぎたあたりから日数を数えるのをやめた。
もうどうせ返してくんないなら、とことん楽しむしかないじゃんってことでね。

船の上での生活も慣れ、暇さえあれば筋トレばかりしていたので、腕と胸あたりが逞しくなった気がする。
鏡を見てムキッと腕を曲げてみる。
半袖からちらりと見える、ムキッと膨らんだ筋肉を見て、嬉しそうに撫でるハヴィ。
そんなハヴィと鏡越しに目が合うアンセル。
目があったので反射的にニコッと微笑むと、ドヤ顔でアピールされることになった。
どうよ、見てみ、ここんとこ!
言葉でじゃなくて態度で伝えてくるハヴィに、アンセルはうすら笑みを浮かべた。

うん、全然わかんない。というか筋肉なんてそんなついてないし。でもそれを言っちゃうとハヴィはブチギレて面倒くさい。なのでここは否定も肯定もしないのが得策なんて思いながら微笑む。

はぁー、今日もかわいいな私の嫁。
ハヴィは多分、自分が筋肉が付きづらい身体だということをきっと忘れているなこれは。
忘れているというよりも、なかったことにしているんじゃなかろうか。
一生懸命鏡の前で、あまり変わっていない筋肉を眺めて微笑んでる。
あーなんて私の嫁は可愛いのだ。
ただここで褒めてしまうと、本当にムキムキになるかもしれない。
ここは一旦私の想いを伝えるしかない。

「あーヤダヤダむっきむきの嫁とかなんかヤダ。」

「は?嫁!?」

ハヴィは私の言葉を聞き返してくるが、私は目を細めて知らんぷりをする。

なんで俺が嫁なんだどっちかというとお前が嫁だろがい!とダムダム床を踏み抜いている。
ああなんて可愛らしい私の嫁(脳内)。
プリプリと怒る嫁(妄想)を微笑ましく見ながら、私は先ほど送られてきた手紙に目を通していた。

「てかそろそろ帰ろうか。」

と、私が呟くと、

「もう帰るの?」

と、来たもんだ。
こないだまで早く戻せ誘拐犯と言ってたのは誰だったろうか。
ああ私の嫁(想像)だったウッカリうっかり。

「ほとぼり覚めたの?」

手紙を読んでる振りしながら脳内トリップ中にて、返事をしない私の顔をハヴィが覗き込んだ。

「冷めた、かな?多分ね。」

近づくハヴィを腕の中に抱きしめようと手を伸ばすが、スルリと抜けられる。

「あーヤダヤダ反射神経の良い嫁とかヤダ!」

駄々をこねるように頬を膨らますと、ハヴィが笑う。

「子供かよ!」

「子供でいたかったよ、ずっと。」

抜けられた手から手紙が落ちる。
落ちた手紙はパラパラと寝転んだままのアンセルの顔の上に落ちた。



それをハヴィはそっと摘んで持ち上げる。
手紙に埋もれていた綺麗な顔が、ハヴィに向かって微笑んでいた。

「どうかした?」

「……泣いてるのかと思って」

「もう大人だから、泣かないよ?」

「ふぅん」

微笑むアンセルの手がもう一度ハヴィへと伸びてきたが、今度は逃げなかった。
そのまま引き寄せられ、寝転んでいるアンセルの上に倒れる。
ぎゅっと締まる腕の中で、この誘拐生活が終わった事が嬉しいのか、寂しいのか考えあぐねていた。

・・

それから夜が来るとすぐ、船が静かにどこかの岬に着いた。
降りる前にフードのついたマントを目深に着せられ、アンセルにピッタリと肩を抱かれる。
なんだよ逃げるとか思って警戒してんのかコイツと、足でも踏んでやろうかと思ったが、なんだが表情の硬いアンセルが気になり、好きなようにさせようと諦めた。

船がついた場所はどこかの港とかではなく、あたりは何もない見渡しの草原のような場所だった。
陸に降りるとすぐに、似たようなマントを着た男が数人、馬を引いて近寄ってきた。

「ありがとう」

アンセルが短く呟くように言うと、フードの男が頭を下げた。

「ハヴィ、乗って。」

アンセルが乗った馬にハヴィも乗せられる。
走り出すと、後ろから自分達と同じような格好をした人と馬が何頭か現れた。

「用心にね、影武者を用意してくれたみたい。」

手綱を握るアンセルの言葉にあたりをよく見ると、なかなか背格好もよく似ている人たちばかりだった。
そして途中まで同じ方向を走っていた馬たちがあっという間に散り散りになっていく。
気がついたらもう暗闇に二人きりだった。

「誰かつけてくる様子はないよ。」

時折後ろを振り返りながら、『誰も来てないよ』というと、アンセルは少しだけ微笑んで『ありがとう』といった。

一晩中馬を走らせた。
多分だいぶ遠回りで走っていたのだろう、馬がもうヘトヘトで、足元が覚束なくなってきていた。

「ごめんね、もうすぐだから……あと少し、頑張って。」

それでも走ろうとする馬をアンセルは励まし続けた。
夜が白々と明けてくる頃、小さな街を通り過ぎ、そんなに広くない林を抜けた先の、シンプルな屋敷の前で止まった。
手綱を引くと馬が小さく声を上げた。その声を聞いてか夜明け前だというのに、屋敷から人が出てくる。

「おかえりなさいませ、アンセル様……」

アンセルに声をかけたのは俺もよく見知った人だった。

「クラン……ただいま。」

クランと呼ばれた若い執事は目頭を抑える。

「さぁ、誰かに見られる前に中へ。」

促され、あっという間に屋敷の中へと引き入れられる。
アンセルは最後まで馬の世話を何度も頼んでいた。

『アンセルのこういうとこが好きなんだよな』

子供の頃から変わらない、優しいアンセル。
自分を後回しにしてでも他人に与える精神は、王族の伴侶に向いてると思った。
だからあの日約束の日に、撃沈して長年の片想いを終わらせようと、アンセルを諦めようと思っていたのだ。
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