悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠

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5、この時アンセルが思っていたことはと言うと。

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さっきからハヴィの膨らむ頬を突きたい衝動に駆られるのをぐっと我慢するするように、アンセルは書類を握りしめた。
目を通さないといけない書類だけど、読んでいるふり、全然読めてない。
さっきも頬杖つきながら無意識に自分の頬を揉んでいたのもずっと見ていた。
もう可愛すぎて可愛すぎて、自分の理性が欲望に勝った事が誇らしい。
うっすらと染まるサーモンピンクの頬に、21歳には見えない幼い顔。
少年っぽいというより、やや少女のような可愛さがある。
だが女みたいな顔とハヴィを揶揄ったいじめっ子は、全員もれなく泣かされた。

『やっとスタートラインだ。』

ここまで家族の協力を得て、密に計画を練ってきた。
このチャンスを絶対、絶対自分のモノにする、とアンセルは自分に誓っていた。

プンっと頬を膨らませるハヴィの顔は、子供の頃から変わっていない。
クルクルと変わる可愛らしい表情に、小動物のような大きな目。
この世界では特徴的な黒髪に、琥珀色の瞳。
陽の光が当たると少し癖毛の髪の毛がさらに黒く濃く見える。
プクッと熟れたさくらんぼのような唇に、かぶりつきたい衝動に駆られる。
何ならあの頬にもかぶりつきたい。
歯形がつくかつかないかぐらいを甘噛みして、嫌がられたい。

しかしハヴィはこんなに可愛いのに剣の腕前は可愛くない。
あっという間に実力で手柄を上げ、最年少で副団長にまでなった。

アンセルとしては学園を卒業と同時に外堀を埋め、金や力をフルパワー全開で嫁にもらうことも考えていたが、どうにもこうにも子供の頃からの『婚約』が解消できずにいたのだ。

だが本当に偶然なのだが、あの阿呆が平民と浮気し、密会しているところに遭遇したのはラッキーだった。

貴族だけが利用できるサロンがあるのだが、そこは主に上流貴族だけが使える個室が数部屋あり、自習などに使われていた。
なのに王子が平民を連れ込み情事に明け暮れていると、報告が上がった。
作りはそんなによくないため、横から『そういう』声と音が聞こえてきたら、他の生徒も自習どころではないだろう。
教師も立場的にこの国の王太子に注意ができず、放置状態。
だが自習室を使わないと困る生徒もいるわけで、そこでアンセルに苦情が来たのだ。

婚約者なんだから『それ』をやめさせてほしいと懇願され、嫌々ながら説得に向かうところだった。

なんでそんな面倒くさい事を自分がしなければならんのかと思ったが、学園から申し出があり致し方なく。
どっちかと言うと『浮気?大いにやれやれ、これでこっち有利に解消できる!』と思い直す事にして、自分が有利になる材料集めにと、ルンルンで様子を見に行った。

サロンに入り、個室が並ぶ部屋の廊下を進む。
王太子が利用している部屋は一番奥側なのにも関わらず、各自の扉を閉めていてもサロンの中心まで『それ』は聞こえてきていた。
明らかな情事中をお伝えするようなイチャイチャする音。
もう一度いうが、音。

正直他人のマグワル音なんか気持ち悪くて聞きたくないが、なにぶん証拠が必要だと言うことで、自分の護衛も側に呼び、一緒にリッスン。

どうせなら一人よりは二人。
護衛も巻き込み、証人になってもらうことにしようと企んでいた。

しかもこの護衛は自分の私兵ではなく、この阿呆の親が付けた王族付きの護衛である。
かわいそうに仕事なので私の側から離れることはできない。
でも王家のスキャンダルを聞いてしまい、護衛も目を白黒させながらどうすることもできない状態に涙目だった。
そして視線が合うと、スンとする私から目を逸らす。

なんとも滑稽であるなと、笑うにも笑えない。

しばらく待っていると、布が擦れるような音に変わる。
コトが終わり服でも着ているのか。
そんな事どうでもいいが、早よ出てきて顔を晒せと待っているのに。
自分と護衛がここにいることを知ったらどんな顔をするんだろうと、阿呆の呆けた顔を想像しながら笑顔の仁王立ちで待っていたその時だった。

『ねえ、チャーたん♡』

『なんだい?テテリン♡』

ここで吹き出さなかった自分を褒めてほしい。
もうね、マジでね。
やってられませんわ、な感情一択だった。

チャータン。
チャールズだからチャーたんなのか。

自分は死んでも思いつかないだろう、そのあだ名のセンスに面白すぎて体が震えた。

口元を抑え、笑うのを我慢しているアンセルに、護衛は逆の感情を悟ったのだろう。
憐れむような、同情の表情を浮かべている。

私は笑いを堪え口元を両手で隠したまま、護衛を見上げたまま『静かに』と口に人差し指を当てる。
まだだめだよ、いい子だから静かにね。
一緒にチャーたんとテテリンの話を聞こうね。
証拠、たっぷり貰おうね。

そんな意味を込めて微笑むと、護衛は目を潤ませた。
きっと私が貞淑で我慢強い、かわいそうな婚約者だと誤解したのかもしれない。
護衛は何度も私に頷いた。

『チャーたんアイツをほんとに追放しちゃうの?』

『もちろんだよ、テテリン♡あんな俺より背の高い嫁とかいらねーよ。
てか知ってるか?アイツ結構体を鍛えてんだよ?』

『知ってるぅー♡細マッチョっていうんだよ。結構いい体してるよね、全然触らせてくんなかったけど。』

『触ら、す……?』

『え?テテそんなこと言った?聞き間違いじゃない?』

『そ、そう?』

『てかぁ側室とかにして働かせるのは?テテもあの人味見したいし!』

『味見!?だめだテテリンは俺だけだろ?』

『うんもぉ、チャーたんてば♡焼き餅とか、かわちいー!』

『アイツめ俺のテテリンにまで色目使ったのか!絶対追放してやる!!』

『追放っていつやるのぉ?』

『再来月の婚約式だな。婚約式が終了してしまうともう破棄はできないし、それに婚約式はパパがこれないからな。』

『王様これないの?』

『そう、その日はアイツのお披露目だ。パパたち上位の貴族は婚約式の後の夜会の方に出ているからな。式が終わったら俺たちもそっちに行かなきゃだから、アイツを追放して、テテリンが俺の婚約者として夜会にでるんだよ。』

『ほんと!?テテが夜会に行くの!?』

『そうだよ、俺の愛する人として出席するんだ。』

『嬉しいぃー!チャーたん♡大好き♡あなたのテテに夜会用の大きい宝石買ってね?』

『勿論だよ!テテりんの顔ぐらいの大きいやつ買ってあげる!』

なんてキャッキャしている声をばっちりと聞いてしまった。
……私を、追放?王太子の独断で?

ただの王太子が貴族の中でも一番の権力を持つ、ストーン家の私を?

しかも顔ぐらい大きな飾りをつけた人間を想像して、もう無理そんなの見たら絶対笑う。
首から下げたら重過ぎて首折れるんじゃ。
いやむしろお辞儀をした姿勢のまま、頭を上げることも出来ないかも。
想像するともう笑えて仕方がないが、今はまだ、我慢だ我慢。

思わずまた吹きそうになったが、自分一人じゃないことを思い出し口を押さえた。

護衛は白黒させていた目が死んだようになり、今度は顔が赤くなったり青くなったりさせていた。
そりゃとんでもないことを聞いてしまったのだ、当たり前だ。
私が彼の立場なら、こんな王子が継ぐ国の未来を嘆くかもしれない。
笑いを堪え震える私を見つめ、絶望した顔。
不憫に思ってくれるならばこっちのもの。

彼には雇い主である王に報告する義務があるだろうが、だがここは固く口止めをする。
悲観に暮れた顔でしばらくは様子を見て欲しい、と震えながら懇願する。
同情心が強い今ならば、多少の融通が効くかもしれない。
だってこんな好機を逃す手はない。

笑みが溢れる口元をひた隠す。
さあこの護衛を抱き込んで、公爵家へ帰ろう。

父も母もきっと私の計画に乗ってくれることだろう。
この阿呆の軽率さには感謝しなければ。

おかげで夢にまで見たものが手に入るかもしれない。
慎重に慎重に、大丈夫、絶対うまくいく。

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アルファポリス初投稿です。

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