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1、どうして何がこうなった?
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ぼーっと眺めていた景色が、段々と暗くなってきた。
時刻で言うと夕刻となる時間だが、ハヴィにはこれから仕事の予定が入っている。
だからこうやってぼーっとしている暇なんてないんだけど、ぼーっとしちゃっている。
ぼーっとしてるけど、着ている服はちゃんと首元まで詰まった正式な制服だったり。
いつもはもうちょっと簡易な方の制服を若干ルーズに着崩して着ているのだが、正式な制服はなんかこう、かっちりキッチリしていて着心地が悪い。
だから今日は着たくて着ている訳ではないんだぜ!という事を、とにかく意味なく自分に説明している状態。だって今日は仕方ないんだ、ってね。
明るく烟る夜空に月がぼんやりと遠くに見えている。
それをぼんやりと見上げていると、なんだかやみ夜にこのまま溶けてしまいそうな気がしてくる。
そんな薄ら暗い気持ちを誤魔化すように、綺麗な月はいつまでも見てられるなぁとウフフと笑ってみる。
そんな事で笑っている自分があまりに奇妙で、また笑いが込み上げて薄ら暗くなるのループ。
綺麗な夜空が見える庭園で不釣り合いな自分。
オルトが時間を急かすように叫びながらこちらにくるのが見えるが、きっちり着込んだ制服の襟元を指で少し緩め、全く気にしない様子で頬杖をつきながら東屋の端っこに座り込んでいた。
「何でこんないい天気なんだろ。」
独り言のように呟く言葉に「そんなこと言ってる場合か!」という幻聴が聞こえる。
いや、幻聴でもないし、そんなこと言ってる場合じゃないのはわかっているのだが、と裏腹な心は晴れる訳もなく。
やれやれ、と。わざとらしく大きくため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。
後ろからオルトが「大体いつも早めに行動をしろといつも口を酸っぱく」なんてピーピー言っていたが、構わず無視して歩き出した。
中庭から城内へ入るとすぐ、廊下に色とりどりのお祝いの生花が飾られているのが見える。歩くたびにとてもいい匂いが鼻腔から体に広がってくる。
だがそんな匂いも自分の重苦しい気持ちのせいで、全くいい気分にならない。
なのでまたわざとらしく溜息をつく。
「そんなに溜息ばっか吐いてると」と、オルトが言ってるけど出ちゃうんだからしょうがない。
高そうな大理石の廊下をズンズンと進んでいく。
カツカツと響く靴音だけが耳に入ってくるのが妙に心臓に悪い気がする。
というかそろそろポーズでも聞いている振りしとかなきゃ、そろそろオルトがキレそうである。
さっきからずっと無視している状態だからだ。
今日の経路や交代の流れなどをロボットのように一定音で何度も繰り返しているのも、自分が全然聞いている素振りがないためだろうなって。
聞いてるよ、分かってる仕事だから打ち合わせの内容も覚えてるもん、大丈夫だって。
「お祝いの席の仕事なんだから」と、自分に似た顔でプンプンと怒っているオルトに何度も大丈夫を繰り返す。
そんなのわかってるけど、仕方ないんだって。
だって今日はハヴィこと、ハヴィエス・クロアにとっては全然『めでたくない日』なのだから。
*
今日という日は特別な日だ。
どう特別かというと、こないだチョットした事で喧嘩してしまった、幼馴染のハレの日。
いや自分にとっては『チョットした』なんて事ではなかったのだけど。
というより、結構マジでムカついたし。
だけど後々考えると、あんなに怒んなくても良かったかなとか、いつもの事と笑って許すべきだったのかなとか、考えちゃう訳で。
あの時すっぽかさずに許してしまって全て無かったことにしておけばよかったのか?というモヤモヤをズルズルと引きずっていた。
あれから『彼』とは全く話はしていない。
話をするどころ徹底して避けているので、姿さえも見ていない。
それに関しては自分が悪いとは思っているけども。
だからうーんそうだな。今日のイベントが無事終わったら、通りすがりにでも軽く謝って済まそうと思っている。
そして、ついでに『おめでとう』なんて言ったら、『彼』はどんな顔をするのだろうか。
そんなことを鬱々と考えながら早足で歩いていたので、とっとと目的の場所である会場に着いてしまったことに、本日イチのドデカ溜息を吐くのだった。
*
本日の業務は会場の警備。
時間置きに外部と内部を交代で警備することになっている。
数時間前に会場に入った部下たちと交代するためにやってきたのだ。
ハヴィは21歳と若いながらも第二騎士団の副団長をしている。
そして、今日この会場の警備責任者だ。
しかも今日は王族付きの第一騎士団との合同ということもあって、すこぶる面倒くさいのだ。
本来ならこういう正装の場内は第一騎士団の管轄であるはずなのに、何故か第二のしかも団長ではなく副団長のハヴィに責任者が回って来たことも疑問だった。
警備責任者ってことは、この会場内で何か起こったらハヴィが責任をとる、という事。
なんかあったらの責任……て、なんか裏があるような気配がしており、溜息の原因の一つでもあった。
まさか何かある事を予測して、責任転嫁目的か!?なんて邪推してしまう。
そんな事を色々考えていると、会場の前についてしまった。
大きく開いたままの入り口付近でふと、足が止まる。
入り口は第一騎士団が入場者のチェックをする為に何人か警備に立っているはずなのに、何人どころか一人もいない。
というか、人っ子一人いない。
現在入り放題の扉を慌ててオルトと2人がかりで閉め、急いで会場内に入った。
何だこのあり得ない状況は。
思わず口から溢れる動揺を飲み込み、辺りを見渡す。
入ってすぐのエントランスには、人っ子1人見えず静かだった。
いるはずの騎士達もおらず、受付でごった返す筈の貴族たちの姿もない。
時計を見ると、まだ貴族達の入場前の時間なのにだ。
ゆっくりと目線をエントランス奥にある扉へと向け様子を伺うと、エントランス奥へと続く短い通路の奥にある、本会場からうっすらと聞こえる人の声がするのみ。
嫌な予感が頭を過り、ハヴィは給餌の交代か何かで歩いて来たメイドを捕まえると、手の空いてる会場外の騎士を探してくるように促した。
状況を掴めずギャアギャア言っているオルトの口を手で乱暴に塞ぐと、自分の口元に人差し指を立て、合図する。
どうも会場の様子がおかしい。
いつもなら集まった貴族たちの笑い声やグラスや食器の擦れる音、楽団の音楽が賑やかなほど鳴り響いているはずの時間だというのに、何も聞こえてこない。
それでも耳を澄ますと聞こえてくるのは不穏な雰囲気の話し声と、それを取り巻く冷えた空気。
オルトをチラリとみるとやっとこの空気に気が付いたのか、俺に向かって静かに頷いた。
オルトから手を離すと進む方に指をさし、早足で会場の中央へと向かった。
自分の靴音が妙に耳に響くので、ヒョエッと肝が冷えてくる。
いつもは人の騒めきでこんなに靴音を気にした事がないのに、と歩きながら辺りを見渡していく。
本日、この会場では王太子の婚約式パーティーが行われており、お祝いな雰囲気だったはずの場内。
なのに感じたことのない空気がヒリヒリと肌を撫で、嫌な汗が滲んできた。
通路を抜け、会場に続く扉を開けると、どうやらフロアの中心に人が集まっているのがわかる。だけど中心は人が壁となっていて、何が起きているのかは全く見えない。
状況を早く察するためにも人垣を進みながら、それと同時に警備についていた自分の部下を目で探す。
オルトと二手に……とも思ったが、何が起こるか予想もつかないので、離れないことにした。
色取り取りのドレスや礼服に、なかなか地味な色の自分の隊の制服を見分けるのも容易かった。
濃紺色を纏った部下達は人垣の中央の隅に固まっていて、ただそこにボケッと突っ立っていた。
ボケっと立ってた部下の一人がハヴィに気がつき、他の団員にひじで合図して青ざめている。
警備の職務中は必ず持ち場から離れないと教えてきた部下たちが、職務中になぜここに集まって立っているのかと思うと、脊髄反射で拳を振り上げていた。
「ちょ、鉄拳制裁より先に状況だってば!」
オルトの言葉にハッと我を取り戻し拳はおろしたが、上がってしまった怒りはすぐに抑えることが出来なくて、拳は握ったままゆっくりと団員たちを見つめた。
握流力が強すぎて赤くなる拳を見かねてか、オルトが一歩前に出ると狼狽えている団員たちへ大声で発破をかけた。
「第二騎士団員!副団長に状況を説明しろ!」
オルトの声に第二騎士団員と呼ばれた者達がびくりと体を震わせ直立する。
が、すぐにお互い困ったような顔をして、チラチラと目配せをするばかりだった。
そんな空気にまた笑顔で拳を振り上げたハヴィを見て、一人の団員がおずおずと口を開いたのだった。
「ほ、報告します!実は、あの……」
とりあえず口を開くが彼らも状況が理解出来ていないのか、モゴモゴと言いにくそうにまた口籠った。
そしてお互いが顔を見合わせ、おずおずと無言でハヴィとオルトの背後の方を指さした。
そのさした指の方向を追うようにハヴィたちは振り向いた。
部下の一人がさす指の方向。
そこには第二とは違う真っ白な制服の集団がおり、それがまたゴチャゴチャと突っ立っていて、壁になって何も見えない状態。
一体なんなんだ、マトリョーシカか!っとツッコミを入れたくなるほど内側が見えない。
ハヴィは苛ついたようにツカツカと早足で歩み寄ると、そんな壁たちを薙ぎ払う様にそのまま中央へと進んでいった。
進んだ先の状態が目の前に現れた時、ハヴィは言葉を失ってしまった。
人垣に囲まれた中心にはニヤニヤと薄気味悪く笑う王太子と、その取り巻き数人。
その取り巻きは何故か及び腰だったが、王太子に負けず劣らずな笑みを浮かべていた。
そして、その気持ち悪い集団の目の前に、見慣れた人物。
その人物はなぜか第一騎士団に床へ押さえつけられていた。
押さえつけている第一の団員たちも、訳がわかっていない様子で困惑な表情。
ただ何かの命令で動いているが、頭で追いついていないような表情を浮かべ、ハヴィを見上げて狼狽えていた。
そんな第一に向け、王太子が何かを言っているが、ハヴィには全く言葉の意味が理解できなかった。
『……何だこれは?何が起こっている……?』
静かにあたりを見渡し落ち着かせようと考えるが、理解が追いついて来ない頭を抱えるしか出来ない状況で、それでも必死に整理した。
待って待って、何これどういう状態?
一個一個とりあえず考えなきゃと、頭をブルブルと振り回した。
今、目の前で押さえつけられているのは……そう、幼馴染のアンセル。
というかアンセルが、何故床に?
間違っても床に押さえつけられていいような人物ではない。
何故ならば彼は今夜の婚約式の主役、王太子の婚約者なのだから……。
時刻で言うと夕刻となる時間だが、ハヴィにはこれから仕事の予定が入っている。
だからこうやってぼーっとしている暇なんてないんだけど、ぼーっとしちゃっている。
ぼーっとしてるけど、着ている服はちゃんと首元まで詰まった正式な制服だったり。
いつもはもうちょっと簡易な方の制服を若干ルーズに着崩して着ているのだが、正式な制服はなんかこう、かっちりキッチリしていて着心地が悪い。
だから今日は着たくて着ている訳ではないんだぜ!という事を、とにかく意味なく自分に説明している状態。だって今日は仕方ないんだ、ってね。
明るく烟る夜空に月がぼんやりと遠くに見えている。
それをぼんやりと見上げていると、なんだかやみ夜にこのまま溶けてしまいそうな気がしてくる。
そんな薄ら暗い気持ちを誤魔化すように、綺麗な月はいつまでも見てられるなぁとウフフと笑ってみる。
そんな事で笑っている自分があまりに奇妙で、また笑いが込み上げて薄ら暗くなるのループ。
綺麗な夜空が見える庭園で不釣り合いな自分。
オルトが時間を急かすように叫びながらこちらにくるのが見えるが、きっちり着込んだ制服の襟元を指で少し緩め、全く気にしない様子で頬杖をつきながら東屋の端っこに座り込んでいた。
「何でこんないい天気なんだろ。」
独り言のように呟く言葉に「そんなこと言ってる場合か!」という幻聴が聞こえる。
いや、幻聴でもないし、そんなこと言ってる場合じゃないのはわかっているのだが、と裏腹な心は晴れる訳もなく。
やれやれ、と。わざとらしく大きくため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。
後ろからオルトが「大体いつも早めに行動をしろといつも口を酸っぱく」なんてピーピー言っていたが、構わず無視して歩き出した。
中庭から城内へ入るとすぐ、廊下に色とりどりのお祝いの生花が飾られているのが見える。歩くたびにとてもいい匂いが鼻腔から体に広がってくる。
だがそんな匂いも自分の重苦しい気持ちのせいで、全くいい気分にならない。
なのでまたわざとらしく溜息をつく。
「そんなに溜息ばっか吐いてると」と、オルトが言ってるけど出ちゃうんだからしょうがない。
高そうな大理石の廊下をズンズンと進んでいく。
カツカツと響く靴音だけが耳に入ってくるのが妙に心臓に悪い気がする。
というかそろそろポーズでも聞いている振りしとかなきゃ、そろそろオルトがキレそうである。
さっきからずっと無視している状態だからだ。
今日の経路や交代の流れなどをロボットのように一定音で何度も繰り返しているのも、自分が全然聞いている素振りがないためだろうなって。
聞いてるよ、分かってる仕事だから打ち合わせの内容も覚えてるもん、大丈夫だって。
「お祝いの席の仕事なんだから」と、自分に似た顔でプンプンと怒っているオルトに何度も大丈夫を繰り返す。
そんなのわかってるけど、仕方ないんだって。
だって今日はハヴィこと、ハヴィエス・クロアにとっては全然『めでたくない日』なのだから。
*
今日という日は特別な日だ。
どう特別かというと、こないだチョットした事で喧嘩してしまった、幼馴染のハレの日。
いや自分にとっては『チョットした』なんて事ではなかったのだけど。
というより、結構マジでムカついたし。
だけど後々考えると、あんなに怒んなくても良かったかなとか、いつもの事と笑って許すべきだったのかなとか、考えちゃう訳で。
あの時すっぽかさずに許してしまって全て無かったことにしておけばよかったのか?というモヤモヤをズルズルと引きずっていた。
あれから『彼』とは全く話はしていない。
話をするどころ徹底して避けているので、姿さえも見ていない。
それに関しては自分が悪いとは思っているけども。
だからうーんそうだな。今日のイベントが無事終わったら、通りすがりにでも軽く謝って済まそうと思っている。
そして、ついでに『おめでとう』なんて言ったら、『彼』はどんな顔をするのだろうか。
そんなことを鬱々と考えながら早足で歩いていたので、とっとと目的の場所である会場に着いてしまったことに、本日イチのドデカ溜息を吐くのだった。
*
本日の業務は会場の警備。
時間置きに外部と内部を交代で警備することになっている。
数時間前に会場に入った部下たちと交代するためにやってきたのだ。
ハヴィは21歳と若いながらも第二騎士団の副団長をしている。
そして、今日この会場の警備責任者だ。
しかも今日は王族付きの第一騎士団との合同ということもあって、すこぶる面倒くさいのだ。
本来ならこういう正装の場内は第一騎士団の管轄であるはずなのに、何故か第二のしかも団長ではなく副団長のハヴィに責任者が回って来たことも疑問だった。
警備責任者ってことは、この会場内で何か起こったらハヴィが責任をとる、という事。
なんかあったらの責任……て、なんか裏があるような気配がしており、溜息の原因の一つでもあった。
まさか何かある事を予測して、責任転嫁目的か!?なんて邪推してしまう。
そんな事を色々考えていると、会場の前についてしまった。
大きく開いたままの入り口付近でふと、足が止まる。
入り口は第一騎士団が入場者のチェックをする為に何人か警備に立っているはずなのに、何人どころか一人もいない。
というか、人っ子一人いない。
現在入り放題の扉を慌ててオルトと2人がかりで閉め、急いで会場内に入った。
何だこのあり得ない状況は。
思わず口から溢れる動揺を飲み込み、辺りを見渡す。
入ってすぐのエントランスには、人っ子1人見えず静かだった。
いるはずの騎士達もおらず、受付でごった返す筈の貴族たちの姿もない。
時計を見ると、まだ貴族達の入場前の時間なのにだ。
ゆっくりと目線をエントランス奥にある扉へと向け様子を伺うと、エントランス奥へと続く短い通路の奥にある、本会場からうっすらと聞こえる人の声がするのみ。
嫌な予感が頭を過り、ハヴィは給餌の交代か何かで歩いて来たメイドを捕まえると、手の空いてる会場外の騎士を探してくるように促した。
状況を掴めずギャアギャア言っているオルトの口を手で乱暴に塞ぐと、自分の口元に人差し指を立て、合図する。
どうも会場の様子がおかしい。
いつもなら集まった貴族たちの笑い声やグラスや食器の擦れる音、楽団の音楽が賑やかなほど鳴り響いているはずの時間だというのに、何も聞こえてこない。
それでも耳を澄ますと聞こえてくるのは不穏な雰囲気の話し声と、それを取り巻く冷えた空気。
オルトをチラリとみるとやっとこの空気に気が付いたのか、俺に向かって静かに頷いた。
オルトから手を離すと進む方に指をさし、早足で会場の中央へと向かった。
自分の靴音が妙に耳に響くので、ヒョエッと肝が冷えてくる。
いつもは人の騒めきでこんなに靴音を気にした事がないのに、と歩きながら辺りを見渡していく。
本日、この会場では王太子の婚約式パーティーが行われており、お祝いな雰囲気だったはずの場内。
なのに感じたことのない空気がヒリヒリと肌を撫で、嫌な汗が滲んできた。
通路を抜け、会場に続く扉を開けると、どうやらフロアの中心に人が集まっているのがわかる。だけど中心は人が壁となっていて、何が起きているのかは全く見えない。
状況を早く察するためにも人垣を進みながら、それと同時に警備についていた自分の部下を目で探す。
オルトと二手に……とも思ったが、何が起こるか予想もつかないので、離れないことにした。
色取り取りのドレスや礼服に、なかなか地味な色の自分の隊の制服を見分けるのも容易かった。
濃紺色を纏った部下達は人垣の中央の隅に固まっていて、ただそこにボケッと突っ立っていた。
ボケっと立ってた部下の一人がハヴィに気がつき、他の団員にひじで合図して青ざめている。
警備の職務中は必ず持ち場から離れないと教えてきた部下たちが、職務中になぜここに集まって立っているのかと思うと、脊髄反射で拳を振り上げていた。
「ちょ、鉄拳制裁より先に状況だってば!」
オルトの言葉にハッと我を取り戻し拳はおろしたが、上がってしまった怒りはすぐに抑えることが出来なくて、拳は握ったままゆっくりと団員たちを見つめた。
握流力が強すぎて赤くなる拳を見かねてか、オルトが一歩前に出ると狼狽えている団員たちへ大声で発破をかけた。
「第二騎士団員!副団長に状況を説明しろ!」
オルトの声に第二騎士団員と呼ばれた者達がびくりと体を震わせ直立する。
が、すぐにお互い困ったような顔をして、チラチラと目配せをするばかりだった。
そんな空気にまた笑顔で拳を振り上げたハヴィを見て、一人の団員がおずおずと口を開いたのだった。
「ほ、報告します!実は、あの……」
とりあえず口を開くが彼らも状況が理解出来ていないのか、モゴモゴと言いにくそうにまた口籠った。
そしてお互いが顔を見合わせ、おずおずと無言でハヴィとオルトの背後の方を指さした。
そのさした指の方向を追うようにハヴィたちは振り向いた。
部下の一人がさす指の方向。
そこには第二とは違う真っ白な制服の集団がおり、それがまたゴチャゴチャと突っ立っていて、壁になって何も見えない状態。
一体なんなんだ、マトリョーシカか!っとツッコミを入れたくなるほど内側が見えない。
ハヴィは苛ついたようにツカツカと早足で歩み寄ると、そんな壁たちを薙ぎ払う様にそのまま中央へと進んでいった。
進んだ先の状態が目の前に現れた時、ハヴィは言葉を失ってしまった。
人垣に囲まれた中心にはニヤニヤと薄気味悪く笑う王太子と、その取り巻き数人。
その取り巻きは何故か及び腰だったが、王太子に負けず劣らずな笑みを浮かべていた。
そして、その気持ち悪い集団の目の前に、見慣れた人物。
その人物はなぜか第一騎士団に床へ押さえつけられていた。
押さえつけている第一の団員たちも、訳がわかっていない様子で困惑な表情。
ただ何かの命令で動いているが、頭で追いついていないような表情を浮かべ、ハヴィを見上げて狼狽えていた。
そんな第一に向け、王太子が何かを言っているが、ハヴィには全く言葉の意味が理解できなかった。
『……何だこれは?何が起こっている……?』
静かにあたりを見渡し落ち着かせようと考えるが、理解が追いついて来ない頭を抱えるしか出来ない状況で、それでも必死に整理した。
待って待って、何これどういう状態?
一個一個とりあえず考えなきゃと、頭をブルブルと振り回した。
今、目の前で押さえつけられているのは……そう、幼馴染のアンセル。
というかアンセルが、何故床に?
間違っても床に押さえつけられていいような人物ではない。
何故ならば彼は今夜の婚約式の主役、王太子の婚約者なのだから……。
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アルファポリス初投稿です。
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