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3話 すずの鬱屈
決着
しおりを挟むまりあと鈴。
二人の戦いは、白熱の一途を辿っていた。
大砲のような巨拳が放たれ、宝杖が紅く煌めくたび、ぶつかり合う魔力は激しさを増していく。
まりあの急激なパワーアップで二人の実力差は埋まり、戦いは拮抗している、
ように見えた。
実際のところ、まりあの猛攻に対して鈴は手も足も出なかった。
「ぐうぅ……っ」
硬度と密度を高めた障壁が、いとも容易く破壊され、鈴は憎々しげにまりあを睨みつける。
多量の魔力供給で豹変した今のまりあは、破壊の化身だ。
どれほどの数の障壁を展開させようと、熱せられた剛腕のひと振りですべて薙ぎ払われ、詠唱の時間は稼げず、反撃に転ずる隙もない。
対しぐれ戦で効果的だった罠も、今のまりあの前では無力だ。
魔法の完成を待たずに破壊され、足止めにすらならない。
少しでも気を緩めれば障壁を突き破って飛んでくる拳圧に晒され、足元は簡単に揺るがされる。
態勢を崩したところへ壊すことに特化された筋肉が、怒涛の如く猛威を振るう。
風のうねりが耳元をが掠める度、狂ったように冷や汗が噴き出した。
まるで吹き荒れる嵐の渦だ。
鈴は無力な木の葉のように、怒張した筋肉の塊に振り回された。
「ぐ……っ」
冗談じゃない。
鈴は奥歯を砕かんばかりに歯噛みする。
こんなことは未だかつてなかった。
どれほど強力な魔女の攻撃であれ、鈴の障壁を容易く破壊することなどできなかった。
どれほど不意を突かれようと、迫り来る敵に焦りや恐怖を感じたことなんてなかった。
初めてだった。
戦いの最中、恐怖に戦き、明確な敗北のイメージを眼前に突き付けられたのは。
まりあが言った通り、繰り広げられるのは一方的な蹂躙劇場。
相手にすべてのアドバンテージを奪われ、手も足も出せずに惨めったらしく転げ回って、圧倒的な暴力から必死に逃げ続ける。
こんなはずじゃなかった。
こんなことになるだなんて思いもしなかった。
これまでずっと、勝負を挑んできた相手にこんな想いを強いてきたことを、鈴は今初めて知った。
「……ふざけ、るなっ!」
裂帛の気合いを軸に身体を振り向かせ、鈴はまりあと正対した。
震える足を拳で叩き、強制的にその場へ縫い止める。
鈴は強い。
才能があり、経験が豊富で、数々の修羅場を潜り抜けてきた最強の魔法使い。
こんなにも一方的に弱者に成り下がるわけにはいかなかった。
やることは変わらない。
障壁を張って、
詠唱を唱え、
全力の魔法を放つ。
それだけでいい。
集中する。
捌け口を求めて暴れ回るストレスすべてを注ぎ込み、最硬度を誇る障壁を生成。
まりあの進撃を阻止する。
「清浄なる光―――」
一縷の勝機に賭けて、唇に詠唱を乗せた。
「ヴヴ……オォ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
一撃、だった。
頼みの綱だった障壁は光の結晶と化して飛び散り、鈴は己の限界を嫌というほど思い知らされる。
……終わりだ。
眼前を覆い尽くす憤怒の拳に、鈴は幼い少女のように目を瞑って身を竦ませた。
「……っ! ……?」
予想していた衝撃は、しかし来なかった。
爆風が黒衣のマントを千切れんばかりにはためかせ、前髪を散らす。
それだけだ。
恐る恐る瞼を開けば、目と鼻の先で拳が止められていた。
ゆっくりと拳が引き戻され、向こう側からまりあが顔を覗かせる。
怒れる形相とは裏腹に、感情を消したつぶらな双眸は、いっそ憐れむかのように、鈴のことを見下ろしていた。
「は……?」
何が起きているのか理解できなかったのは、ほんの一瞬だけだった。
止めを刺されなかった。
手加減された。
何者よりも強いはずの鈴が、まりあに。
一度負かしたはずの相手に。
言い表せない感情に胸を穿たれ、鈴は生まれて初めて絶叫を張り上げた。
「あ……ああ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!」
許せない、弱いくせに。
鬼気迫るものを瞳に宿し、鈴はまりあを睨みつける。
一気に噴出したストレスが膨大な魔力へと変換され、響く叫喚に乗せて放出された。
詠唱を唱えることはなかった。
鈴は魔術師ではない、魔法少女だ。
魔法の行使に長ったらしい前口上を羅列する必要など、本来はないのだ。
魔力さえ枯渇していなければ、数秒で全力を引っ張り出せる。
魔術師というスタイルに固執するあまり、いかなる時も己の力を制限して戦っていた。
魔法少女でいたくなかった。
その立場は、名前と同じく与えられたものだから。
かがみんの真意など、とっくに悟っていた。
両親と同じく、いずれ鈴の目の前からいなくなる。
だから、魔法少女が気に入らなかった。
ストレスの原因だった。
けれど、彼女たちはあまりに脆弱で、全力を出すとストレスを発散できないから。
鈴は自らに枷を科した。
孤独な少女の傲慢を、まりあが今力任せに打ち砕く。
「……っ!」
至近距離から放たれる魔力砲は留まるところを知らず、まりあの巨体は光の奔流に飲み込まれる。
あらゆるものを喰らい尽くす勢いで紅の光が煌めき、視界に映るすべてを消し飛ばした。
赤茶けた大地に、一条の直線が穿たれる。
「はあっ、はあっ」
一度に膨大な魔力を使い尽くし、鈴は肩で荒い息を繰り返す。
力なく垂れていた頭をゆっくりと上げ、そして、
「……」
一歩も退かずに泰然と立つまりあの姿を、呆然と見上げた。
右手から滑り落ちた宝杖が、乾いた音を立てて地面に転がる。
「……ボクの敗け。とどめを刺して」
失意とともに呟かれる降参。
同時に、必死の叫び声が飛び込んでくる。
「ダメッ!」
これから起こり得る惨劇を回避せんと、しぐれは身を呈して止めに入った。
凝然と立ち尽くすまりあに臆することなく、両手を広げてまりあの前に立ち塞がる。
「まりあちゃん、お願い……っ」
涙声の呼びかけに、
「……。大丈夫、ちゃんと分かってる」
まりあは応えた。
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