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3話 すずの鬱屈
しぐれ VS 鈴
しおりを挟む堂々たる勝利宣言。
「……」
それを受けてなお、鈴の静かな瞳が揺さぶられることはなく。
浮かべる無表情はいっそ残酷なまでに冷淡だった。
鈴が好戦的に勝負を挑むのは、あくまでも強者だけだ。
睨まれて涙ぐんでしまうような弱虫など、相手にする価値もない。
「変身できない子が何を言っても無駄」
何をひとりで意気込んでいるのやら、と呆れ心地に見下して、踵を返そうとする。
瞬間、鈴の表情から余裕が消し飛んだ。
「はあっ!」
「う……っ!」
階上に立っていたしぐれの姿が霞んだと思った直後に、背後からの急襲。
反射的に変身した鈴は、飛んできた巨拳をかろうじて躱し、身を翻して跳躍。
間合いを整え、即座に宝杖を構えた先に立つのは、まりあと同じく筋肉の鎧装備を身に纏う大女。
魔法少女に変身したしぐれだ。
「変身、した……? 一体何が?」
鈴は、乱された長い前髪の向こうで瞳を細め、困惑を呟く。
拳圧で吹き飛ばされてしまった黒いとんがり帽子が、二人の間を分かつように舞い落ちた。
と、前触れもなく帽子が独りでに持ち上がり、広い鍔の下からかがみんが顔を覗かせた。
巨漢へと変貌を遂げたしぐれの姿を認めて、非常に嫌そうに表情を歪める。
「なんともはや」
「どういうこと、かがみん。彼女は変身できないはずじゃ?」
「そうだね。ひと皮むけたとか、己の殻を破ったとか、そんな言葉が妥当なんじゃないかい? 素晴らしいね、成長期の女の子というのは」
あまりにおざなりな言い草に、今度は鈴が眉間に皺を寄せる番だった。
「そんないい加減なことが……」
「なに、そんなに大袈裟な話じゃない。思い出しただけさ。自分が何を願い、魔法の力を発現させたのかを」
かがみんは再びしぐれの姿を見上げ、得心いったように深く頷いた。
「なるほどね。しぐれ、君の魔法の根源はまりあへの友愛か」
「……」
「君にしてはまた大きく出たね」と、続けたかがみんを置き去りにして、しぐれの巨体がぶれた。
仁王立ちからの予備動作なしの鋭い踏み込み。
かがみんを中心に隔たれていた間合いが、瞬時に食い潰される。
「調子に乗るなっ」
二度も虚を突かれるわけにはいかない。
鈴は宝杖を振り上げ、即座に魔力障壁を展開する。
だが、障壁が生成されるよりも早くしぐれがその場を駆け抜け、あっという間に背後に回り込まれてしまった。
「な―――っ、づう……っ!」
振り向きざまに合された右ストレートを、鈴は咄嗟に宝杖で防ぐ。
たたらを踏みながら後退させられ、追撃に晒される。
容赦なく左から飛んでくる拳に、あっさりと障壁が潰された。
鈴は、床を蹴って飛び上がり、吹き抜けの高さを利用して上へ逃げる。
垂直の壁に着地するのとほとんど同時に、またしてもしぐれに背後に立たれていた。
「ちっ、詠唱の時間が稼げない……」
まさかの展開に、鈴は辛酸を舐める思いで舌を打った。
速さに翻弄されるあまり、砲撃の準備が整えられない。
まりあになかった敏捷さが鈴を追い詰めていた。
そもそも話、鈴の魔力障壁は詠唱のための時間稼ぎの戦術だ。
膨大な魔力を緻密に練り上げ、鉄の硬度を持たせて生成しているはず。
それをいとも容易くぶち破る破壊力は異常であり、雷の如き速度は紛れもない脅威だった。
反撃の糸口を潰されて逃げに徹する鈴と、執拗に追い迫るしぐれ。
踊り場に広がる限定的な空間を縦横無尽に跳び回りながら、魔法少女と魔術師の鬼ごっこは苛烈さを増していく。
「やあっ!」
しぐれは、もはや自身の変化に戦く余裕さえなく。
ただひたすらに足を踏み出し、拳を振るって、身体を加速させた。
頭は驚くほどクリアに、視界に捉えた魔術師を打倒する最適解を弾き出してくれる。
今ならば、どんな願いにも手が届く気がした。
「たああっ!」
かがみんに言われずとも、よく分かっている。
大それた願いだ。
烏滸がましくて、まりあの前ではとても口にできない。
それでも、願う心は力となってしぐれを後押ししてくれる。
友を守るために、
憧れに追いつくために、
彼女の隣に居続けるために。
誰よりも速く、まりあの元へ。
想う心がしぐれの足を加速させ、際限なく速度を跳ね上げる。
「うぅぅぅわああああああああああ―――――――っ!!!!」
猛り狂う吼え声が、人気のない踊り場に轟き、惑う魔術師の鼓膜を痛烈に震わせた。
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