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3話 すずの鬱屈
水責めとは、水を使った拷問の総称である
しおりを挟む水責めとは、水を使った拷問の総称である。
水で満たした入れ物に対象の鼻と口を押入れ、死にかけるまで水に漬けて、引き上げて空気を吸わせると、またすぐに漬ける。
捕虜が秘密を吐くまで、これを繰り返すのが基本の形となる。
古来より存在する広く名の知れた凶悪な尋問方法を―――、
「ごぼぼぼぼぉっ」
まりあはかがみんに対して容赦なく執行していた。
尻尾の根元を持って逆さに吊るしたかがみんを、水を張った掃除用具のバケツに頭から突っ込み、苦しそうに悶え始めたところで引き上げる。
「ごぼっ、ごぼ……っ。勘弁してもらえないか。昨日も言ったけど、意外と辛いんだよこれ……」
「駄目」
「いや、こんなことしなくても教えるって言って―――ごぼぼぼぼぼっ」
口内の水を撒き散らしながらの懇願に、しかしまだ余裕ありとみた。
再び水中に落とされる小さな頭部。
ばたばたと、苦しむ喘ぐように必死に宙を掻き乱れる短い手足。
振り回される九つの尾。
あまりに凄惨な光景がトラウマにならぬよう、しぐれはもう随分前から両耳を塞いでぎゅっと目を閉じっぱなしだ。
「それで? どうしてあの魔術師がここにいるの?」
「……いや、ちょっと、待って……っ。答えるっ、答えるから空気を吸わせてくれ……っ」
息も絶え絶えなかがみんの回復を待つ間、まりあは屋上から向かいの校舎に視線を飛ばす。
窓際の席に座っているのは、昨日まりあたちを襲った少女、十文字鈴。
またの名を、クロイツ・フォン・グランド・ベル。
転校生が受ける洗礼としてクラスメイトたちに囲まれ、質問の嵐に晒されながらも、涼しい顔で受け答えする鈴の様子が遠くに見える。
ホームルームが終了してすぐ、まりあとしぐれは顔を見合わせ、かがみんを片手に教室を飛び出した。
向かった先は屋上。
ここならば人目を気にすることなく、かがみんに拷問できる。
あくどい企みを白日の下に晒すべく、昨日同様水責めを科し、魔術師についてさらなる情報を引き出そうとしていた。
「まりあ。君はどこかの国の秘密部隊の人間かい? いちいち拷問しなくたって、普通に聞けばいいだろうに……」
「そんなことしたって、どうせ人をおちょくったような言い回しで答えをはぐらかすんでしょう? まずは追い詰めて、その余裕をなくしてやらなくちゃ」
「……やっぱり君の思考回路はずれているよ。もう脳まで筋繊維に侵されているんじゃないか?」
「いいから質問に答えなさい!」
かがみんの軽口など無視して、まりあは率直に命ずる。
実際、余裕がないのはまりあたちの方だ。
何せ、とてつもない脅威がすぐ身近まで迫っているのだから。
かがみんは懲りることなく、すべて見抜いているぞと言いたげに、嬉々と尻尾を振った。
「言っただろう、まりあ。僕は君を排除する、と。つまり、こういうことさ。彼女は君を倒すために僕が呼び寄せた切り札なんだ。身近にいてもらわないと効果がないだろう?」
「ぐぬぅ……」
まりあは、唇を尖らせ閉口した。
ある程度予想できていたが、やはり偶然ではなく故意。
昨日は見逃してもらえたが、あちらはまだ敵意を持っているということに他ならない。
それは、まりあの顔を曇らせるのに十分な不安材料となり得る。
「まさか、昨日の今日で転校してくるなんて……」
考えが甘かった。
再戦の意志は固めたものの、もっと先のことだと高を括ってしまっていた。
いざ、脅威が目の前に迫って焦っているのがその証拠だ。
「昨日の出会いこそ、偶然のイレギュラー。こっちが本命さ。顔合わせが済んだところで叩き潰してもらう手はずだった。もちろん、正面から正々堂々とね。その方が君にとってより屈辱的だっただろうから。まあ、どちらにしても結果は同じだ。計画通りさ」
逆さに吊られたまま、得意満面に胸を張るかがみん。
しぐれが「でも」と控えめに言って、話に加わる。
「まりあちゃんを倒すためだけに転校までするだなんて……」
「鈴の場合、そう難しいことでもないんだ。身寄りがないからね。僕が少し手を回せば、どこへだって潜り込める」
「え? 身寄りがないって……。それじゃあご両親は……」
「よくある話さ。心中目的の自動車事故で子供だけが生き残ってしまった。親戚をたらい回しにされ、心身ともにすっかり疲弊し切った鈴は、神に救いを求めて祈りを叫び、僕がその願いを聞き届けた。そして彼女は魔法少女として生まれ変わったんだ。いや、魔術師か」
予想もしていない話が飛び出し、まりあとしぐれは同時に言葉を失った。
「言っただろう、並みの人生を送っていないって。結局のところ、それが鈴の強さの秘訣なんじゃないかな」
反面、かがみんは調子を変えずに続ける。
「まりあ。君の魔力の根源が筋肉への情熱ならば、鈴の魔力の根源は周囲へのストレスさ。親を亡くし、身寄りを無くし、彼女は自身の居場所を求めて各地を転々と渡り歩いた」
行くあてのない自分探し。
どこまで行こうと自己満足な行動原理が行き着いた果ては、溜りに溜まったストレスの発散だった。
行く先々で魔女を打ち倒し、偶然見かけた魔法少女に勝負を挑む。
まるで自分の強さを再確認するように。
自信の存在を確かなものにするために。
鈴は戦い続け、そのすべてにおいて勝利を収めてきた。
故に、かがみんは強気に笑う。
「強いよ、鈴は。百戦錬磨さ」
「……」
まりあとしぐれは押し黙ったまま、沈痛な面持ちを浮かべる。
ただでさえ手も足も出なかった相手が、今度こそ明確な敵意を持ってこちらを潰しに来る。
言い知れぬ恐怖が、二人から思考と行動を奪う。
「余計なおしゃべりはそこまでにして、かがみん」
通夜のような空気が満ちる中を鋭い声が貫いた。
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