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3話 すずの鬱屈
足手まといなしぐれ
しおりを挟むまりあが鏡の世界から帰還したのは、しぐれに続いてすぐ後のことだった。
「く、逃げられた……」
鏡面に張り付く混沌とした黒壁は奥へと吸い込まれていき、後にはもとの鏡に戻った姿見が残される。
接敵した大鎌の魔女が、自らの住処を放棄してその場から立ち去ったのだ。
手傷を負わせた魔女を倒し切ることができず、取り逃がしてしまった。
悔しがるまりあもまた手負い。
変身を解いた素の柔肌に、いくつもの真っ赤な裂傷が走る。
「なんてひどい傷……っ」
しぐれはまりあの傷の具合を確かめながら、あまりの痛々しさに瞳を潤ませた。
特にしぐれを庇った時の背中の切創は深く、まだ鮮血が滲み出している。
これがすべて自分のせいであることを思うと、今すぐ消えて無くなりたいほどに己を恥じた。
「まりあちゃん、大丈夫なの……っ?」
「そんな顔しなくたって平気だよ。プロテインを飲めばすぐに回復しちゃうから」
まりあは常備しているスクイズボトルを傾け、中身を一気に煽った。
見る見るうちに傷が塞がっていき、数秒と経たずに全回復。
細やかな肌には傷の痕すら残されていない。
魔女との戦闘で受けた傷は、魔力を補給することで修復できる。
魔法少女であることの特権だ。
ただ、傷を受けた時の痛みが消えるようなことはない。
皮膚と筋繊維をまとめて切り刻まれる感覚は痛烈にまりあを苦しめ、確実に戦意を削ぎ落としたに違いない。
しぐれは、きつく唇を引き結んだ。
先程の光景は嫌でも目に焼き付いている。
魔女の猛攻に晒されながら、負けじと咆哮するまりあ。
大鎌が一閃を描くごとに鮮血が飛び散り、まりあの身体が傷ついていく。
まりあ一人ならこうはならなかった。
いつものように魔女を圧倒して、何事もなく卵を手に入れていたはずだ。
これまでずっと、そうしてきたのだから。
失態の原因は明らかだった。
「……ごめんね。足手まといで」
「気にしない気にしない」
「どうしてわたし、変身できないんだろう……」
鏡の世界に足を踏み入れて、魔女と相対してから都合三度。
しぐれはプロテインを補給し、魔法少女への変身を試みた。
が、結果はすべて失敗。
どう頑張っても、しぐれは魔法少女に変身できなかった。
まりあも難しい顔を作る。
「んー。こればっかりは分からないよ。かがみんなら何か分かるかもだけど、この間ぶん投げちゃったばかりだし」
夏休みが明けてすぐ、お空の星と化した小さな魔獣のことを思い出す。
純情可憐な乙女を陥れるあの悪魔は、今どこでどうしているだろうか。
知りたくもなかった。
あんな獣にアドバイスを求めなければいけない状況に追い込まれたと思うと、無性に腹が立つ。
見つけ次第この苛立ちを発散してやろう。
まりあが不穏にほくそ笑む横で、しぐれの表情は沈む。
「……やっぱり、ちゃんとした手順を踏んで魔法の力を授かったわけじゃないから」
まりあはかがみんから魔力を授けられ、願いを原動力として魔法少女になった。
一方、しぐれはそうではない。
プロテインに混ぜられた〝魔女の卵〟から魔力を得て、魔法少女に変身した。
今まりあと同じように変身できないのは、ひょっとしたらそういう要因があるかも知れない。
「んん? それは関係ないんじゃないかな。もしそうなら、初めての時も変身できていなかっただろうし」
「……そっか」
まりあの真っ当な反論に、しぐれはすぐさま納得を示す。
だがそれならば、どうして変身できないのか。
しぐれは、表情を曇らせる一方だった。
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