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2話 しぐれの友愛
強く、なりたいっ
しおりを挟む攻撃された。
普段の暴力暴言がお遊びに思えるほど明確な敵意を持った一撃に、しぐれは沸騰するほど脳の奥が熱くなり、夥しい冷や汗が背中を伝い落ちる。
息がろくに吸えなくなるほど動機が激しい。
震える瞳で美羽を見上げれば、危険な色を孕む凶悪な眼光に射抜かれ、拒否権のない命令を突き付けられた。
「いい? 一歩でもそこを動いたら、あんたのその顔ぐちゃぐちゃに潰してやるから」
「ひ……っ」
しぐれは喉が引き攣るほどに、美羽の存在を恐ろしいと感じた。
身体に叩き込まれた数々の暴力。
心を切り刻んだいくつもの暴言。
これまで耐え忍んできた日々が、フラッシュバックして脳内で弾けていく。
身体が動かない。
あまりの情けなさに視界が滲んだ。
しぐれは思い至る。
結局、自分が弱いのがいけないのだ。
何故、
どうして、
どうすれば、
などと、難しく考える必要はなかった。
美羽にいじめられる原因など、すべてそれで事足りる。
しぐれが弱いから美羽を苛つかせ、情けないから今こうして立ち竦んでしまう。
手を差し伸べてくれた友達のピンチにすら立ち向かえない。
まりあはあんなにも優しく微笑んでくれたのに。
すべて美羽の指摘通りだ。
子猫に餌をやるべきではなかった。
責任を持って飼うことができないのに、助けたいなどと思い上がってしまった。
アルルを救ったのはまりあだ。
しぐれは悪戯に手を出して、好き勝手引っ掻き回しただけ。
優しくなんてない。
幼くて愚かしい、ただの自己満足だ。
「大丈夫」
冷たく閉ざされた心の中で、失意の念に押し潰されそうになったしぐれを、まりあが繋ぎ止めた。
「まりあちゃん……?」
まりあは地面に叩き伏せられながら、それでもにっこりと微笑んでいた。
しぐれに笑みを向けていた。
泣くことも怯えることもなく、勇猛果敢に美羽へと立ち向かい、敗れてなお、その優しい微笑みが潰えることはない。
「心配しないで、しぐれ。私があなたを守るから。今は弱くたって、情けなくたっていいの。これから一緒に強くなるんだから」
「どうしてそこまで……っ! わたしのこと……っ」
頭の奥を脅かしていた不快な熱が、弾け飛んだ気がした。
心臓が胸を焦がすほどに強く鼓動し、熱い涙が零れ落ちる。
「わたしなんかじゃ……っ。わたしなんかのためにどうしてそこまで……っ」
否定の言葉が涙と一緒に溢れて止まらなかった。
しぐれは自分の弱さを知っている。
卑怯なところも情けないところも全部、よく分かっている。
そんな自分が嫌いだった。
そんな自分を変えたいと心から願っていた。
そうすればもう一度、誰かの隣に居ることを許されるから。
我がままな願いを受け止めて、それでもまりあは微笑んでくれる。
―――守らなければならない。
胸中に生まれたのは、これまでにない感情だった。
どれだけ弱く、醜く、愚かであったとしても、まりあの笑顔だけは曇らせてはならない。
まりあの助けになりたい。
もう二度と大切な友達を無くしたくない。
気づけば、しぐれは駆け出していた。
一歩でも近く、一秒でも早く、まりあの元へ向かって。
「まりあちゃん、わたしも一緒に……。あなたと一緒に……っ」
募らせた想いの丈が、雷の如く速く苛烈に瞬いた。
まりあへと向ける眼差しに、憧憬の火が灯る。
迷い、苦しみ、何も決められずにいるのはもう止めにした。
変わりたい。
強く、友を守れるほどに、強く。
「強く、なりたいっ」
少女が願いを叫んだ瞬間、辺りを眩い閃光が満たした。
屋上にいる全員の目を貫き、眩ませた。
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