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1話 まりあの恋慕
ストレス発散
しおりを挟む「なるほどね、まりあ。要するに君は、想い人への恋慕と姉への親愛を秤にかけて、その矛盾した願いのすべてを成立させるためにまったく別の理由付けを行った。それがあのふざけた姿ってわけさ。初恋を諦めて一旦気持ちの区切りをつけたってところかな。あれは純粋な魔法少女とは言えない。だってそうだろう? 君は抱いた願いを自ら否定して、手近な折衷案に飛びついたんだ。そんなものが魔法の根源を成す純粋な願いだなんて、とても言えないよ」
一気にしゃべった後、かがみんはふと閉口する。
「……僕の話聞いているかい、まりあ?」
「うん? 聞いてるよ」
かがみんが疑わしげに眉を寄せると、まりあからはにっこり笑顔が返ってきた。
「……まあ、君に起きた一連の出来事を分析するに、おおむねそんなところだとは思うけど」
「うふふ」
「話聞いてないね……」
どこまでもご機嫌なまりあの様子に、かがみんはため息とともに肩をすくめた。鏡の世界から帰還してこっち、まりあはずっとこんな調子だ。
命がけの戦いを経験したとは思えないほどに口元は緩み、心晴れやかな面持ちでのんびりと伸びをする。
「多大なストレスの元となっていた欲求不満をその手で叩き潰したんだ。それはすっきりもするだろうさ」
「ふうん、それじゃあ魔女を倒せばストレス発散になるってことね?」
脱力しながら訊ねるまりあに、かがみんは苦り切った表情で口元を歪めた。
「僕からしてみれば、そんな考えは狂気の沙汰だよ。自ら魔女のところへ喰われに行くだなんて」
「平気だよ。私、魔法少女になったんだし」
「……」
かがみんは「どうにもならないね」ともうひとつ息をつく。
まりあは、確かに授けた魔法の力を発揮して魔女を倒した。しかし、あんな存在を魔法少女だと認めるわけにはいかない。
「あんまり調子に乗らない方がいい。君は勘違いしているよ。魔女が人間を襲うのは、力の弱い幼体の時期だけさ」
「え、あれがまだ子供ってこと?」
まりあは少なからず驚いた。魔女の半身はすらりと大人びた女性のような姿をしていたため、そんな風には思わなかった。
「魔女は力の弱い間、人の姿を借りて獲物に近づくんだ。場合によって、魔獣の方が勘違いして罠にかかるケースもある」
「ふうん」
魔法生物は皆、オスは獣の姿、メスは人の姿で生まれてくる。幼体時期、魔女は使い魔を使って人間を襲う。そして同時に、魔獣を捕食して新たな子を成すたのめ魔力を体内に蓄えるのだ、とかがみんは続ける。
「成体へと成長を果たした魔女が相手なら、魔法少女が束になっても敵いはしないさ」
どこか得意そうな笑みを怪訝に思い、まりあは半眼を向ける。
「それじゃあ結局、かがみんたちは食べられちゃうってこと?」
「そうだね。そしてだからこそ、種族全体が滅びる心配はないんだ。むしろ、魔獣がろくな抵抗もせずに喰われ続けていけば、いずれ子に宿すための魔力が足りなくなって、必然魔女も存続できなくなってしまうのさ」
かがみんは、澄まし顔でのたまう。
「言っただろう、弱肉強食なのさ」
魔法という常識の埒外にある力の下に生まれようと、自然の摂理に沿ってより力の強い個体が次の世代を産み落とすよう、システムづけられている。
まりあにもだんだん分かってきた。魔獣は人間に近しく合理的で、残酷なまでに賢しい。総じて、悪巧みを考えるのが得意。
「つまり、かがみんは私を隠れ蓑にしていたわけね」
積極的に獲物を追い回すのは、成長途中の魔女だけ。使役される使い魔たちもまた、欲望を生み出す人間の方に襲い掛かる。
故に、かがみんは手頃な人間に魔法を授けて囮に仕立て上げ、その間に自分は遠くへ逃げ遂せていた。魔法の才能どうこうではなく、取り入りやすい対象として、子供のまりあを選んだに過ぎない。
「代替案としては画期的だったんだ。成功すれば魔法少女となり、魔女を打倒する力を手にする。失敗しても、願いの代わりに吐き出した欲望が使い魔たちを引き寄せ、僕らの身代わりになる」
「かがみんたちは食べられることなく、魔女は立派に成長して魔法生物を生み出していく……。なによ、それ。あなたの一人勝ちじゃないっ」
冗談じゃない、と憤るまりあに対し、かがみんはしれっとした口調で「すまないね」と簡単に謝った。
「僕らも命がけなんだ。こればっかりは許してほしい」
「そんな勝手が許されるわけがないでしょう!」
「そうでもないさ。君だって、普通に過ごしていても魔女の餌として狙われる可能性があった。君と僕は共に捕食される側、運命共同体だ。協力し合うのも当然じゃないか?」
「なんて清々しいほどの詐欺師理論……」
平然と約束は反故にされ、都合の良いように言いくるめられ、そうとは知らずに利用される。
「悪の権化みたいな存在ね」
かがみんが口にするのは皆、自分勝手な理論に基づく言い訳ばかり。
これ以上は聞くに堪えない。
かがみんは、まりあを騙した。それだけが確固たる事実だ。
もう顔も見たくない、と頬を膨らませ、そっぽを向く。
「同意見だ。僕ももう君に付き合うつもりはないよ」
かがみんはひょいと身軽に窓の棧に飛び乗って、蒼い空に思いを馳せながら、これからの展望を語る。
「新たな魔法少女を探しに行くとしよう。君のような失敗作ではなく、純情可憐な清い乙女を、本物の魔法少女を、ね」
「ああ、そう……。別に、勝手にすればいいと思うよ?」
何を気取っているんだか、とまりあは呆れた。
勝手に巻き込んでおいて、なんて言い草だろう。かがみんの行く先など気にしたところで意味はないし、興味も失せた。
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