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1話 まりあの恋慕
裏切りのかがみん
しおりを挟むまりあはハッ、として襲撃に気付く。
顔を振り上げたそこへ降ってきたのは、半裸の女人だった。
「はいい?」
真っ赤なビキニの水着に包まれた豊満な胸部が、まりあの顔面を強打する。
あまり痛くない。
それはいい。
問題なのは、何故こんな水気もない場所に半裸の女性がいて、そして何故、襲い掛かってくるのかだ。
「ちょっと、もう! どうなってるの? どいてええ……っ」
四肢を投げ打ち圧し掛かってくる女性をどうにか押し上げ、身体半分這い出した。
そこでまりあは、再度絶句することになる。
水着の美女とはまた別の女性が、こちらへ向かって走って来るではないか。
しかも一人ではない。
四人、五人と、女性にあるまじき運動能力を発揮して、まりあの身体に飛びつき、押さえつけてくる。
さらにその向こうから、露出度の高い衣装を纏った女性ばかりが数え切れないほどわらわらと集まってくるのが見え、まりあはパニックに陥った。
「いやっ、離して! かがみん、どこ? 助けてよ!」
手足の自由がきかなくて苦しい。
今にも押し潰されてしまいそうだ。
必死に身体を捩り、頭を振って辺りを探せば、かがみんは少し離れたところからこちらを眺めていた。
知らぬ間に一人だけ逃げた挙句、モルモットでも見るかのような瞳で無感動に観察を続けている。
まりあは、窮状も相まってかっとなり、喉を震わせて怒鳴った。
「一体何がどうなっているの? 答えなさい!」
「どうにもならなかった。それだけさ」
「どうにもって……。それじゃあ魔法は?」
かがみんは、くるりと回ってお尻を突出し、八本になった尻尾を見せつけてくる。
「僕は確かに君に力を与えたよ。これがその代償だ。けれど、君にはそれを扱う才能がなかったらしい。いけると思っていたけれど、やはり無理だったか」
「……何を、言ってるの……?」
意味が分からない、と顔をしかめるまりあに、かがみんは見透かしたように言う。
「本当の願いを隠したね、まりあ。君は心から姉のようになることを望んでなんていなかった。だから魔法は発現しなかった。言っただろう、君の願いを叶えるって。それがどれだけ醜い願いであろうと、本心に逆らってはいけないんだ」
「そんな……っ。私は、だって……。嘘なんかじゃっ!」
咎める言葉に、まりあの心は激しく揺さぶられる。
確かに迷いはあった。
しかし、願いそのものに嘘偽りなどなかったはずだ。
まりあは杏奈のようになりたかった。
杏奈のようになって、憧れの灯夜と恋仲になりたかった。
「それは嘘だよ。君の本当の願いじゃない」
「……そんなことっ!」
どれほど必死に訴えようと、かがみんは聞く耳を持たなかった。
魔法が発現しない以上、それは本心じゃないと否定される。
ならば、まりあの本当の願いとは何だというのか。
「さあね。どんな願いがあったにせよ、君は無自覚の内に自らの願望を否定した。どれだけ醜い利己的な願いであろうと、それは君の一部だ。切り離せるわけがない。自らを省みないものに道はない。そんなものが行き着く先は、堕落した人生だけだ」
知った風な口ぶりで語られる人生論。
そうしている間にも、まりあへの重圧は増し続け、すっかり身動きが取れなくなっていた。
積み重なった数十人の薄着美女集団が、まるで一つの塊のように強大な力を発揮し、非力なまりあは手も足も出ない。
呻く声すら潰されそうになりながら、まりあはようやく悟った。
「この人たち、普通の人間じゃない……っ?」
「そう、全部君を捕らえに来た魔女の使い魔さ」
「なっ、なんで私に? 魔女は魔獣を食べるって……!」
「その通り。魔女はより大きな魔力を保有する魔獣を積極的に狙う。けれど、そいつらは使い魔だ。人間の欲望を糧として成長する。よく見てご覧。さっきと姿が変わっているだろう? それらはすべて君が吐き出した欲望の成れの果てなんだ」
まりあを押さえつける美女たちは、まるで雑誌のモデルのように美しく着飾り、見事な肢体を自慢げに曝け出している。
細い手足も綺麗な形のくびれも大きな胸も、すべてはまりあが欲したものだ。
「願望と欲望は似て非なるものだ。一緒にしてはいけない。なのに、まりあ。君は本心から目を背け、手近な欲に走ってしまった。君の魂は君が解き放った欲望に押し潰され、支配されることになるだろう。そしてそれは、魔女にとってこの上ない栄養分となる」
「栄養って、それじゃあ私はこのままじゃ……―――ひぃうっ!」
ぞわりとした悪寒が背筋を駆け抜け、とんでもない声を上げてしまった。
反射的に振り返る。
そこにあったのは、夥しい数の微笑み。
使い魔たちは美しくなった顔を邪悪に歪め、まりあを覗き込んでくる。
全身のあちこちを、何かが入り込んでくるような異物感が貫く。
組み伏せる使い魔たちの手足が、まりあの背中に、臀部に、大腿に、手のひらに、食い込んでいた。
「やっ、なに、これ……? 私の中に入って、くる……っ」
痛みはない。
しかし、不快感極まりない。
何十本もの指先が体内を這いずる感覚に、まりあは声にならない悲鳴を上げた。
皮膚と同化して筋繊維の壁をすり抜け、ずぶずぶと内臓まで浸透していく。
腹の底から込み上げる強烈な異物感に耐え切れず、まりあは激しくえずいた。
嫌な熱を帯びる喉元とは裏腹に、底冷えする恐怖がじわじわと広がって、まりあのすべてを侵していく。
「か、がみん……っ」
自分が自分でなくなっていく感覚に、まりあは涙を散らしてかがみんに助けを求めた。
「助けないよ。助けられない。言っただろう、魔女に比べて僕の魔法は非力なんだ。だから、せめて身代わりになっておくれ、まりあ」
非情な宣告が耳に届く。
あっさりと見捨てられた。
……いいや、違う。そうではない。
こちらを見つめる蒼の双眸に、同情や憐みなんて感情は一切込められていない。
「私が魔法少女になっていれば魔女を倒してもらえる……。私が失敗しても、見捨ててしまえば逃げられる……。かがみん、あなた、最初っから……っ」
自身の身が魔女に狙われている状況で、追手を振り切るためだけに、かがみんはまりあに魔力を授け、魔女の餌に仕立て上げたのだ。
すべては最初から計画されていた。
「君を救うことができなくて、残念だ」
本来ならば、止め処ない情の念が込められるべきその台詞は、あまりに無情な響きだった。
「かがみん……っ!」
奥歯をギリリッ、と噛みしめ、まりあは眉を吊り上げる。
それを最後に、使い魔たちが一斉にまりあを押し潰し、視界が闇に閉ざされた。
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