14 / 70
1話 まりあの恋慕
魔女と魔獣、そして魔法少女
しおりを挟むかがみんはお構いなしに続きを話す。
「人間に男と女があるように、僕ら魔法生物も性別によってあり方が異なるんだ。オスは魔獣に。メスは魔女になる。そして魔女は魔獣を喰らう」
「喰らうって、食べるってこと? 魔女が、かがみんを?」
「別に驚くことじゃないさ。まりあ、君だって生きていくために肉や魚を食べるだろう? 他の命を糧としてエネルギーを得ることは、生物として当然のことさ」
「それはそうかも知れないけれど……」
「納得できないって顔だね?」
「だって……。魔女に食べられてしまって、それでいいの?」
心をどこかに置いてきたような達観した物言いは、あまり心地の良いものではない。
喰われるために生まれてきた。
そんな不条理があって許されるのか。
人間が管理する社会において家畜という制度があることを、もちろんまりあも理解している。
そういう命をいただいて生きてきたということも分かっている。
ただ、そういう動物たちの本心を聞いたことなど一度もない。
彼らが喜んで我が身を差し出しているなどと、想像するだけで薄気味悪かった。
かがみんは、本当に己の境遇を許容しているのか。
甚だ疑問に思う。
「仕方のないことさ。魔獣は魔女に比べて、身体のつくりがあまりにも脆弱なんだよ。僕らが束になってかかっても、魔女に手傷を負わせることすら叶わない。人間の言葉を借りるのなら、弱肉強食だ。自然の摂理だよ。でもね、」
口を挟もうとするまりあにストップをかけ、かがみんは淡々とした声で続ける。
「僕ら魔獣側にだって命があり、矜持がある。無残に喰われたくはない、もっと生きていたいという、生への執着がある。おいそれとこの身を差し出したくはないんだ」
「そっか……、うん、やっぱりそうだよね」
まりあは頻りに頷きながら、内心ほっとしていた。
もしも、「魔女に食べられることこそが魔獣としての使命なのさ!」などと力説するような輩がいたら、心底気持ち悪いと思うに違いない。
「非力な僕らに変わって魔女を打倒すことのできる存在はないものか。僕らは考え、そして答えを導き出した。人間に魔力を授け、魔法少女となって戦ってもらおう、と」
「……えっ?」
おかしな緊張が和らいだのも束の間、まりあはぎょっとして目を見開く。
「それじゃあ、魔法の力って魔女と戦うためのものなの? そんな!」
話が違うと食ってかかる。
願いを叶えて豊満ボディを手に入れるどころではない。
魔女と戦う。
やってみなくてもわかる、そんなことは不可能だ。
まりあはどこにでもいる普通の女の子で、同い年の子と取っ組み合いの喧嘩をしたことなどない。
まして、自分よりも背が高く、黒々と恐ろしい見た目をしたモノが相手だなんて。
想像しただけで尻込みしてしまう。
「あんなのと戦うだなんて、私にはとても……。どうしてそんなこと……」
つい責めるような言い方とともに、かがみんを見つめた。
それくらいショックだった。
魔法は、そういうものではなかったはずだ。
かがみんが見せてくれたものは、もっときらきらと光る、純粋で綺麗なものだったはずなのに。
裏切られたような気がした。
「それは違う、これは対等な取引だよ。君に魔法を授けることへの見返りであり、正当な代価だ。まさかタダで魔法を得られるだなんて思っていたわけじゃないだろう?」
「思ってなかったよ、くれるっていうからもらっておこうって」
「脊髄反射的な考え方は嫌いじゃないけど、それは少しどうかと思う」
何故こちらが悪いことになっているのか。
まるで詐欺師のようなやり方に、まりあの疑心は深まるばかりだ。
「かがみん、そんなことひと言だって言ってなかったじゃない?」
「困った人を魔法で助けるのが僕らの使命。魔女という脅威に対抗するのは魔法少女の役目。困っている君に魔法を授けることで、その二つが両立するわけさ。裏切ってなんかいない、君が一方から見て勝手に判断しただけだよ」
「むうう……っ」
水掛け議論は平行線を描く。
納得いかないとまりあがむくれ、かがみんはどこ吹く風で言いくるめようとする。
そればかりか「こんなことやっている場合じゃない」と、まりあの反発そのものを咎め始めた。
「状況が変わったと言っただろう? 魔女に捕まってしまった以上、ここで契約しなければ君の身が危険なんだ」
「そんなこと言われたって……」
そう簡単に鵜呑みにはできない。
が、つい先ほど影のような使い魔に襲われたばかりであることを考慮しないわけにはいかない。
ここはまりあにとって常識外の場所であり、間違いなく危険地帯なのだ。
「魔女は人間の魂も捕食する。肉体だけが取り残された、意志を無くした人形に成り下がりたくはないだろう?」
「それはやだ」
「なら方法は一つ。まりあ、君が魔法少女になるしかない。そして魔女を倒しておくれ。僕の尻尾を握って、君の願いを形にするんだ」
「……」
まりあは、差し出された尻尾の先端をじっと睨みつける。
躊躇う気持ちは先ほどよりもはるかに強い。
本当にこれでいいのかと胸中に渦巻く不信感は、もはや疑念といっても過言ではなく膨れ上がる。
嫌な予感は確かにあった。
しかし現状、もうかがみんしか頼るものがない。
再び尾の先端が銀の光を灯す。
まりあはそれをぎゅっと握り、願いを叫んだ。
「私、私は、魔法少女になってお姉ちゃんみたいに綺麗になりたいっ!」
十秒、
二十秒待つ。
鼓膜を震わせるのは、静寂の中を吹き抜ける風の音ばかり。
恐る恐る瞳を開けると、かがみんがちょこんと座ったままでそこにいた。
まるで値踏みするかのように、無言で、穴が開くほど凝視してくる。
「え、何? えっと……?」
意図の読めない眼差しに若干気圧されながら、まりあは身体に目を向け、自身の変化を確かめてみる。
が、身体にも何ひとつ変わりは見られない。服装もオーバーオールのままだ。
未だ微動だにしないかがみんにしびれを切らし、どういうことかと問いかける。
「これで魔法少女になれたの?」
「いいや」
あっさりと首を横に振られて、まりあはむっとして眉間に皺を刻んだ。
「駄目じゃん。どうして?」
「それはね」
かがみんが口を開く。
答えが返ってくるよりも先に、まりあの頭上を人影が覆った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
原初の星/多重世界の旅人シリーズIV
りゅう
SF
多重世界に無限回廊という特殊な空間を発見したリュウは、無限回廊を実現している白球システムの危機を救った。これで、無限回廊は安定し多重世界で自由に活動できるようになる。そう思っていた。
だが、実際には多重世界の深淵に少し触れた程度のものでしかなかった。
表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。
https://perchance.org/ai-anime-generator
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる