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1話 まりあの恋慕
まりあの退屈
しおりを挟む「ふわあ……」
これでもう何度目になるか分からない。
顎が外れんばかりの大口を開き、まりあは大きく伸びをした。
身体を起こしていることすら億劫になって、うだうだと自室のベッドに倒れこみ、ほっそりとした四肢を投げ出す。
季節は夏の終わり。時刻は昼前。
降り注ぐ日光はどこまでも殺人的であり、吹き込む風は清涼感の欠片もない。
薄着一枚でもじっとりと汗が滲み出す始末だ。
腰まで伸ばした長い髪が、この時ばかりは恨めしい。
着ているワンピースを脱ぎ捨てられたら、些か楽になれるのかも知れない。
部屋に備え付けのエアコンはあるものの、先月の電気代について家族会議が開かれたばかりとあっては、さすがに遠慮もするというものだ。
ここで逆転の発想。
もういっそのこと、汗が噴き出る感覚を楽しもう。
お気に入りのワンピースの花柄を皺だらけにしてしまうのもまた一興。
タオルケットが肌にへばりつく不快感も、峠を過ぎればどこか心地良い。
そんな風に思考回路が熱に侵され、次第に駄目になっていく感覚に苛まれながら、まりあは枕に顔を埋めて盛大に呻き声を上げる。
「うあ~……」
馬鹿みたいだと思うものの、なんとなくやめられない。
退屈だった。
小学校は現在夏休み真っ盛り。
せっかくの長期休暇といえど、惰眠を貪ることしかやることがなければどこまでも虚しい。
外出禁止を言い渡されて、早二週間。
学校の宿題はすべて片付き、積んであったゲームや漫画は消化し尽くした。
机や床に散乱した雑誌類は、もう読み飽きてしまったものばかり。
庭の片隅でアリの行列を見つけ、巣の観察記録などつけ始めてみたが、半日と持たなかった。
「うぅううー、退屈で死にそ―――っと」
慌てて両手で口を押え、後方を確認。
少しでも風通しを良くするため、今部屋の扉は開けっ放しになっている。
「……」
息を潜めてしばし待つ。
どうやら大丈夫らしいと分かり、再び脱力。
死にそう、などと軽々しく口にするものではない。
実際に死にかけてから、まだそう日にちが経っていないのだから。
不謹慎である以上に、家族に不必要な心配をかけてしまう。
特に、姉である杏奈を激怒させてしまうことだろう。
彼女はまりあを溺愛している。
そう何度も敬愛なる姉の取り乱す様を見たくはない。
「あれはいろいろとひどかった……」
泣き喚きながら怒鳴り散らすという離れ業を披露して見せた姉の姿が浮かんできて、まりあは今更のように苦笑いする。
自戒の念も込めて、まりあは改めて二週間前の出来事を思い返す。
夏休み初日。
杏奈とともに市民プールへ遊びに行ったまりあは、つまらない意地を張って、一人で足のつかない大人用のプールへ飛び込み、情けないことにそのまま溺れてしまったのだ。
幸いにも、監視員のアルバイトをしていた知り合いのお兄さんに救助され、素早く的確な処置を受け、大事には至らなかったものの、杏奈には多大な心配をかけてしまった。
保護者としての責務を全うできなかった、と自責の念に押し潰された姉の姿を思えば、少々やり過ぎだとは思うものの、外出禁止令を飲み込まざるを得なかった。
別に、生涯に渡って姉の監視下に置かれるわけではない。
杏奈の心労が緩和されるのが先か、休暇が明けて学校が始まるのが先か。
恐らく後者だろうが、いずれにしても長くてあと一週間の辛抱だ。
かといって、現時点が既に我慢の限界地点。
このまま何もない日々を怠惰に過ごしていては、まりあはやがて娯楽を求めてさ迷い歩く、生ける屍と化してしまうことだろう。
「……はっ、いかんいかん」
ベッドに沈んだ体を起こして、軽く頭を振る。
どうにも、思考が破滅方面に寄り気味だ。まりあらしくもない。
きっと、茹だるような夏の暑さにやられて参っているのだろう。
少し、気分転換が必要だ。
「シャワーでも浴びよう……」
緩慢な動きで体を起こし、適当な着替えを片手に部屋を出て、一階へ降りる。
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