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3話 ゆかりさんとわたしと、校舎裏にて
今のは良くない
しおりを挟むゆかりさんが、固まってしまったわたしを解放します。
「どうかしら、みぃちゃん? ……みぃちゃん?」
ゆかりさんの声が耳から入ってきますが、わたしは反応できません。
ゆかりさんからの告白が、わたしのすべてを支配してしまいました。
首から耳たぶから、顔全部を真っ赤にさせながら、俯いたままで心臓が落ち着くのを待っているしかありませんでした。
しゃべれるようになるまで、随分時間が掛かった気がします。
わたしは開口一番、ゆかりさんを注意します。
「ゆかりさん、今のは良くない」
ゆかりさんは当然のように疑問符を顔に浮かべていますが、わたしは構わず続けます。
「良くない、今のは良くないよ、ゆかりさん。良くないの」
言語機能がまだ回復していないようで同じ言葉しか出てきませんが、とにかく、なくならないうちに衝撃的な今の気持ちを伝えておかなくては!
「冗談でああいうことをしてはダメ。良くないから」
「本気で言ったのに」
ゆかりさんがポツリと反論を口にして、
「―――っ! もっと良くないよ、ゆかりさんっ!」
しばらくの間、わたしの良くないが会話を埋め尽くしました。
落ち着きを取り戻してからも、わたしはぼそぼそと口を動かします。
なんだか今日は愚痴を言ってばっかりです。
「まったくもう。心臓が破裂して死ぬかと思ったよ……」
そんなことを口にしてからハッとします。
ゆかりさんの前で死ぬかもしれないだなんて。そんなこと冗談でも口にすべきではありません。
しかしゆかりさんは、
「じゃあ、その時は私が看取ってあげる」
何も気にした風もなく、そんな冗談を返してくれたので、
「そっか。うん、お願いね」
わたしもほっとして、安堵の微笑みを返すことができました。
そして、耳をくすぐる鈴のような声に今さら気づきます。
ここに至りて、ようやくゆかりさんが声を出し続けていることに意識を回すことができました。
「今日はもう声を出したらダメ!」
ほんの一言二言とはいえ、疲れ切っている今けっこうな無理をしているはず。
これ以上は認められません。
わたしの怒った顔から察したらしいゆかりさんは、ため息とともに頷いて、
〝本当はもっとおしゃべりしたいのだけど、みぃちゃんにそんな顔をされてしまっては仕方ないわね〟
と、大人しくスケッチブックに書いてくれました。怒りではなく心配を汲みとってくれたようです。
続けて、
〝お風呂行ってきます〟
そう書き残して立ち上がります。
「ゆっくり浸かってね」
疲労には温かくすることが良いと聞いたことがあるので、ゆかりさんの背中にそう言葉をかけました。
幽霊にも通用するかは分かりませんが、気休めにはなるでしょう。
ゆかりさんは後ろ手にひらひらと手を振って、脱衣所に消えていきました。
それをちゃんと確認した後で、
「はあ……」
わたしは、胸にわだかまる物をすべて吐き出すように大きく息を吐きだしました。
先程のゆかりさんのように、疲れのあまり頭を卓袱台に乗せます。
コツンと鈍い音がして、ジンジンと額が痛むのも構わずに、
「あれは反則……」
心の中でゆかりさんの告白を反芻しては、
「はあ……」
ひとり、ため息を漏らすのでした。
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