ゆかりさんとわたし

謎の人

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1話 ゆかりさんとわたしと、図書室にて

愛の言葉を囁く時とか?

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 三日前の放課後、図書室で巻き込まれた色水事件について話し終えると、


〝素敵な友達が出来てよかったわね〟


 黙って聞いていたゆかりさんは、そんな感想を伝えてきました。にこにこして、とても嬉しそうです。
 友達、というのは相原さんのことでしょうか?


「いや、そういうことが言いたかったわけじゃないのだけど……」


 何か勘違いがあるようで、ゆかりさんは不思議そうに首を傾げてしまっています。
 いや、でも、どこをどう聞いたら〝素敵な友達が出来た〟なんてことになるのでしょうか?
 どれだけ話下手なんでしょうか、わたしは。


「とにかく。そういうことがあって、ちょっと大変だったなっていうお話」


 そう締めくくった後で、ああ、やっぱり……、と思います。
 どういう風に話しても、これじゃあただの愚痴です。
 違います。わたしはゆかりさんにそんな話をしに来たのではありません。
 もっと楽しくて心が躍るような、ゆかりさんを笑顔にできるようなお話を持ってきたかったのです。
 だからここは、きっぱりと言っておかなければ。


「―――と、ここまでが前置きで。メインのお話はね、その時に借りた本の方で! これがとてもおもしろくてね!」


 やや慌て口調でまくし立てるわたしを見て、何故だかゆかりさんはおかしそうににこりと笑います。
 わたしの話を聞いて笑ってくれましたが、こういうことではないのです。
 ゆかりさんは、スケッチブックにひと言書きます。


〝随分と長い前置きだったわね〟
「う……」


 どうにも、ごまかしきれそうにありません。
 わたしは降参の意を込めて、しゅんとして顔を伏せます。


「話下手でごめんなさい」


 ゆかりさんは、ううん、と首を横に振って、またひと言書き加えます。


〝とっても面白いお話だったわ〟
「もう。またそうやってからかうんだから……」


 ゆかりさんはゆっくりと頷きを返します。
 会話から察するに、私はそう思う、もしくは本当にそう思っている、という意味合いです。
 要は、いじけるわたしを励まそうとしてくれているわけで。


「ありがとう、ゆかりさん……」


 また元気づけられてしまいました。
 まあ、これはお遊びみたいなものなので、ノーカウントで。

 ゆかりさんに素朴な瞳で先を促されて、わたしは話を戻します。


「それで、そのあと相原さんに教えてもらったんだけど……。逢引きをしていた二人の上級生はやっぱり退学処分。否定しているみたいだけど、色水の件はうやむやにほとんど二人せいで決まりそう。相原さんは自分が渡した証拠が役に立ったって喜んでいたけれど、どうにも……」


 言葉にしてみてはっきりと分かります。どこかもやもやとした疑問がわだかまっているのです。
 それが何なのか……。足りない頭を悩ませても、すんなり出て来てくれそうにありません。


「何か、気になることがあるのね、みぃちゃん」


 ふいに澄んだ声が耳から入って、ごちゃごちゃした頭の中をすーっと通り抜けて行きました。
 ゆかりさんの声はそういう性質を持ち合わせています。
 わたしの悩みや不安を吹き飛ばしてくれるような、何か不思議な心地良さを感じる優しい声色で―――じゃなくて!


「駄目じゃないゆかりさん! 無理をしたら!」


 久々のゆかりさんの声に聞き惚れしまって、とんでもないことをスル―しそうになっていました。
 幽霊となったゆかりさんは、自由に動ける代わりに声を出しづらくなってしまいました。ひと言発するだけでどっと疲れが来るのだとか。
 だからこそ、こうして筆談を交わしているわけで。

 ゆかりさんが声を出す。それはかなりの負担を強いるもののはず……。
 日常的な会話の中で使っていいものじゃないはずです。
 なのに何故?


「あ……」


 疑問の答えはすぐ目の前にありました。

 ゆかりさんは手元のスケッチブックをこちらに向けていました。
 書いてある文字は先程の発言とまったく同じです。
 わたしが考え事に夢中で、気づかなかったのでしょう。

 それなら袖を引っ張ってくれれば……、とそこまで考えて、ぶるぶると首を振ってその先を吹き飛ばします。
 そうではないのです。
 ゆかりさんは悪くありません。
 これは、彼女からのサインを見逃してしまったわたしの失態。
 反省するのはわたしで、猛省すべきはわたしでした。謝らないと。


「ごめんなさい、ゆかりさん。でも本当に無理はしないで……」


 堪らずひと言付け加えてしまいます。
 するとゆかりさんは、珍しくしゅんとした顔でさらさらと。


〝私だって、たまにはみぃちゃんと声のある会話を楽しみたいわ〟
「ううーん……。そういう風に言われてしまうと……」


 ゆかりさんに無理はさせたくありません。
 ですが、絶対に駄目だと縛りつけてしまうのもどうかと。
 わたしなんかよりゆかりさんの方がよっぽど、自身のことを良く分かっているわけですし。


「でもそれなら、もう少し楽しい会話の時がいいかな? もっと楽しくて大切なお話の時。それまで取っておいて。ね?」


 わたしがそう言うと、ゆかりさんは別の言葉を書いた紙面をこちらへ向けました。


〝愛の言葉を囁く時とか?〟
「どうしてそういう発想になるの……」


 力が抜けそうでした。

 
  
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