73 / 78
5話 王都、陥落
殺戮劇の幕開け
しおりを挟む「さあ、アルル様。お手を」
「ん、しょっと。ふう……」
リンネさんの手を借りてどうにか竪穴から這い上がります。
乱れた息を整える間、何となく周囲を見回します。
隠し通路の先は森の中でした。
王都の西方に連なる峰の、尾根の一つに出て来たようです。
通路内には灯りすらなく、埃と湿気まみれの澱んだ空気に満たされており、もう長いこと使用した形跡がありませんでしたが、無事逃げ出せたようです。
「ありがとうね」
「いいえ、こちらのセリフです」
先の手助けのお礼を述べると、身に覚えのない感謝が返ってきます。
首を傾げた私を手招きし、リンネさんは木々の向こうに見える王都の中心地を指差しました。
「間一髪でした」
「うわ……」
切り立つ崖の上から眼下に見渡す王都の街並みは、阿鼻叫喚の地獄絵図でした。
あちこちから上がる火の手。
音を立てて崩れゆく建物。
倒れた者を置き去りにして逃げ惑う人々。
そして、黒い津波の如く押し寄せる夥しい数の怪物たち。
大地を削り、空を覆い尽くし、軍勢は着々と王都を侵略していきます。
魔神王の森から始まり、私たちのいる西側へ。
彼らの通った後に残るのは、建物の残骸と住民たちの成れの果てです。
兵士たちは王都中央の王城に立てこもり、かろうじて怪物の侵攻を押し留めていますが、時間の問題でしょう。
私たちが部屋を飛び出したのが真夜中で、今ようやく東の空が白み始めたところ。
わずか数時間足らずで、栄華を誇った都は陥落してしまいました。
「ここはもう駄目ですね」
世界の終焉を彷彿とさせる惨状を前に、リンネさんは怜然と一つの都の終わりを告げます。
「魔神王との戦いって、いつもこんなに一方的なの?」
「いいえ。これほどの蹂躙劇が常に可能なら、この世はとっくに魔神王の支配下になっているでしょう」
「じゃあ、今回は?」
私の疑問に、リンネさんはぼそりと。
「地下のトンネル、でしょうね」
「それって……。でもあれは、水の街に繋がっているもので」
アクアマリンは王都の北西に位置しています。
もしも魔神王が地下のトンネルを利用し怪物を送り込んだのなら、そちらから火の手が上がるはず。
今のところその様子はありません。
往生際悪く弁明する私に、リンネさんは「そうではありません」と首を振ります。
「トンネルがあそこまで通っているのなら、当然王都の地下にも同じものを用意する余裕があったということです」
「あ……」
「迂闊でした。姫君誘拐時の状況から推測できたことなのに」
リンネさんは失意の声を落とします。
結局、私たちの掴んでいた情報など何の役にも立たなかったのです。
「森から来ると見せかけて、下から奇襲を……。でも、今通ってきた隠し通路には何もいなかったよ?」
「方向的に逆だからです。王都全体に怪物を配置するほどの時間はなかったのでしょう、森のある東側に戦力を集中させています」
リンネさんは推測を続けます。
「どういうわけか、魔神王は王都襲撃の計画をかなり早めたようです。本来であれば、森、王都の地下、それから水の街に潜伏させた三つの部隊を使って王都を攻め落とすつもりだったはず。数の上では劣勢に立たされているからこその奇襲だというのに、何故?」
あえて戦力を分散させず、一丸となって都を攻めるよう方針を変えたというより、部隊を配置する手間すら惜しんで侵攻してきた風に見えるとのこと。
あえて事を急ぐ魔神王の意図が見えません。
「ご覧ください、魔神王自ら最前線で活躍中です」
「え、どこ?」
リンネさんが指差す先を注視します。
豆粒くらいの大きさですが、確かに。
見覚えのある青年が黒衣のマントをはためかせ、我が物顔で天下の往来を闊歩している様がかろうじて見て取れました。
リンネさん、どんな視力をしているんでしょうか。
「あれを止められないことが一方的な蹂躙を強いられている要因です。急な襲撃による不利、崩れた体勢を立て直す暇さえ見出せず防戦一方。全体の士気は下がり、指揮系統も麻痺したまま。いくら数で勝ろうと、押し切られてしまうのも無理はありません」
勇敢にも魔神王に挑むのは、城に仕える屈強な兵士たちと腕利き冒険者の混合部隊。
ひとつの強大な敵を前に、彼らは手を取り合い、四方から襲い掛かります。
絶殺の意志の下、振り下ろされる剣戟。
その中心で魔神王がひとたび腕を振るうと、集結した武装兵たちはおもしろいように吹き飛びました。
無謀にも、物陰から特攻を敢行した冒険者は鎧ごと腹部を貫かれ串刺しに。
それを目の当たりにした者の戦意は大いに削がれ、武器を捨てて逃げ出す始末。
その背中を無慈悲な投石が貫きます。
繰り広げられるのは一方的な殺戮劇。
抗うことを許さない暴虐無尽の限りを尽くし、邪魔な死体を粉微塵に消し飛ばしながら、魔神王は悠然と歩みを進めます。
血肉の海に立ち、高笑いする魔神王。
その傍らに寄り添う女性の姿がありました。
褐色の肌、頭部には湾曲した二本の角が生え、露出の高い挑発的なドレスを身に纏っています。
遠目に見て随分様変わりしていましたが、確かにお姫様です。
腕に抱えた何かに優しく微笑み掛けているように見えます。
なるほど、合点がいきました。
「新しい後継ぎの誕生か……」
「はい?」
「ほら、お姫様のお腹の」
「ああ、なるほど。連中それでこんな無茶をやらかしに来たのですか」
長いマリッジブルーを乗り越え、婚姻の契りを結んだ二人の愛の結晶。
一児の父となった魔神王は、将来有望な我が子のためひと肌脱いだと。
まだ世を知らぬ幼心に父の偉大な勇姿を刻み付け、憧憬の灯を抱かせたかったのでしょう。
派手めの出産祝いということです。
それにしたって、何もお姫様の故郷でやることないでしょうに。
「わたしはてっきり、魔城から宝物を持ち出したことがばれてしまったのかとばかり」
さらりととんでもないことぶっちゃけましたね……。
「何をしているのよ、神官様?」
火事場泥棒ここに極まれり。
よもや、命を握られたあの状況下で盗みを働くとは。
元盗賊の私でもしませんでしたよ、そんなこと。
「全て姫君の部屋に置いてきてしまったので、結局無駄になりました」
戦火に包まれ始めた王城の一室で、宝とやらも燃え尽きていくのでしょう。
特別執着心を見せないあたり、魔神王への嫌がらせが目的だったのかも知れません。
えげつないなあ……。
「……ねえ」
夜空を焦がす紅蓮の色に顔を染めながら、しばらくの間立ち尽くしていた私は、ふと思い至ったことを口にします。
「ひょっとしてこれ、私たちが嘘を吐かなければこうはならなかったんじゃ?」
もしもあの時、リンネさんが名乗り出ず、鎧の騎士がスライム塗れのお姫様を救い出していたならば……。
考えずにはいられませんでした。
「結果論です」
「考え得る限り最悪の結果なんだけどそれは?」
「それもまた運命。女神様のお導きです」
「……それ、女神様の威光を貶めてない?」
どこまでも、神官らしからぬリンネさんでした。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる