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3話 アルルとリンネ
まさかのお手上げ
しおりを挟む「少々お待ちを。不用意に動かないように」
注意を促しつつ、リンネさんはランタンの火力を最大まで引き上げます。
一気に照明範囲を押し広げ、数メートル先にある岩壁までも照らし出しました。
状況把握に必要な視覚情報を手にした私は、上下左右に視線を振ります。
「どこだここ」
視界に映るは、つるつると濡れた天然色の岩壁と岩床。
青みがかったような不思議な色合いを照り返す水たまり。
あちこちに乱立した白い石柱。
そして、怪物の巨大な体躯。
遠くの方でぽっかりと口を開ける穴の先は、どこまでも続く闇ばかり―――……では、なく、てぇ……。
「今のって……?」
凍りついた思考のままに視線を振り戻したその先に、いたのです。
身の丈二メートルを超えようかという、正真正銘の怪物が。
何より驚嘆したのは、現れたそれが一瞬人間に見えたこと。
二本の脚で立ち、手の先に器用な五指を持ちながら、しかし真面な人の形をしていません。
筋骨隆々の肢体に牡牛の頭部を持つその異形な存在は、紛うこと無き圧倒的な脅威でした。
「……ヴォ」
呼気に混じる獣の如き唸り声。
向こうもこちらを視認していると気づいた瞬間、私はどうしようもなく立ち尽くしていました。
「……えっと」
あまりの唐突さ、突拍子のなさに呆然とし、同時に思い至りました。
これが冒険なのだと。
今、私は洞窟探索をしているのです。
襲い来る危機のただ中に身を置いているようなもの。
どんなことでも起こり得る。
だからと言ってこれは、あまりにも……。
「これ、どうするの……」
震える問いかけに応える声はありません。
かろうじて首を曲げ、リンネさんを伺うと、
「……」
酷く頼りなさげに眉を曲げ、考えあぐねるように口元を引き結んでいました。
「嘘でしょ!?」
まさかのお手上げ。
「ヴヴヴ」
こちらに近づく音は、死刑宣告のカウントダウン。
天を貫かんと伸びる二本の角。
堅牢な鎧じみた筋肉を従える巨躯。
紅眼から放たれる圧倒的な重圧。
徐々に大きくなる彼の化け物を前にして改めて思います。
いろんな意味で、これは無理です。
半人半牛の怪物は凶悪な顔面に似合わぬつぶらな瞳で私たちを見つめ、
そして、
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
身の毛もよだつ大音声を張り上げました。
「うわ……っ」
「く……っ」
鼓膜を叩く激しい吠え声に打ち据えられ、私たちは堪らず頭を抱え、身を竦ませます。
すぐ近くでガシャン、という軽い音がしたかと思うと、辺りを照らす明かりの明度が数段落ちました。
炸裂した砲声の衝撃波に晒されて、リンネさんがランタンを落としてしまったのです。
地面に広がるオイルを伝い、ゆらゆらと残り火が燃え広がる中、仄暗いオレンジに照らされて、牡牛の怪物が悠然と歩を進ませます。
浅く開かれた真っ赤な口内の奥から熱せられた呼気を吐き出し、一歩、また一歩と、身動きできない私たちに迫りり―――……。
岩のようにごつごつした無骨な手のひらが、見開いた視界を覆い尽くしました。
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