上 下
3 / 78
1話 アルル・ジョーカー

受付嬢 リオン

しおりを挟む
 

 周囲を賑わす冒険者と打って変わって気品ある佇まい。
 激務であろうことは間違いないのに、清潔感のある制服を着こなし、長い赤髪をばっちり編み込んで、一切の乱れなく己が業務に徹しています。

 私を見て一瞬びっくりしたような顔をしましたが、さすがは才女。
 すぐに営業スマイルを張り付け直して事務的対応に戻ります。

 ただ、私を観察して思ったことは無視できないのでしょう。


「年齢をお聞きしても?」
「十三です。出稼ぎに出てくる年としては珍しくないのでは?」
「むくつけき肉体を持つ男性か、妖艶な美魔女のような女性であれば。女の子が一人でというのはなかなか」
「そうですか」
「うん。珍しいことだと思う、とっても」


 深い色の瞳に顔や身体を見つめられ、若干恥ずかしくなってしまいます。

 怪しい格好はしていないと思います。今の私は、どこからどう見ても出稼ぎにきた村娘です。
 装いは地味目でそれっぽいのを取り繕い、伸ばしっぱなしだった髪も適当な長さに切り揃えておきました。

 やましいことをして村から追い出されたかわいそうな娘、とでも思われていたら後々厄介ですが、おおよそその通りなので何も言い返せません。

 小さく口元をすぼめていると、「こほん」と咳ばらいが聞こえてきました。


「失礼、不躾な質問でした」


 受付嬢さんは手元に書類を用意します。


「それでは改めまして。君の担当を受け持つリオンと申します。よろしくお願いします」
「それじゃあ受け入れてもらえるので?」


 不安げに訊ねると、リオンさんは少々困ったように眉尻を下げます。


「冒険者になりたいという人は皆、冒険者になれる。ここはそういう場所だから」
「試験とかは?」
「そういうのもないよ。本人のやる気次第かな。ただし、ギルドとしては定期的に人格査定を行いますので。ボロが出ないように注意してね?」
「何故厄介者前提で話を進めていやがりますか、失礼な」
「あ、っと。まあ、それくらい珍しいということで」


 リオンさんははにかみ笑顔で誤魔化して、書類の説明を始めます。

〝冒険者登録シート〟と名付けされたこれに必要事項を書き込めば、もうそれで良いとのこと。
 文字の読み書きは一通りできるので、借りたペンにインクを染み込ませ、着々と項目を埋めていきます。


「私のようなのは都会にはいないので? それこそここにはいろいろな人がいるでしょう? 中には生活が立ちいかなくなった方が居てもおかしくないのでは?」


 後ろの雑踏に耳を傾けつつ、訊ねてみます。


「ええ、まあ。貧困民は一定数いるけれど。子供が家から追い出されてしまうこともしばしば。けれど、そういう子供を保護するための施設もまた、この街にはあるんだよ」
「教会とか?」
「そうだね。ただ……そういう施設を出てから、ここへ来る人も結構」


 どことなく浮かない口調です。


「難しい話なんだよ。正直、君のような子供を送り出すのは複雑な気持ちでいっぱいなの」
「書けました」
「はい、結構。えーと、アルルさんね。へえ、出身は〝遊牧の村〟なんだ。話にしか聞いたことないけど、穏やかでいいところだよね?」
「何もないところでした」
「ふふ、それもそっか。……あれ、でもあの村って確か、少し前に怪物に襲われて……」
「え、ええ! はい! そうなのです!」
 

 焦りで声が上ずってしまいました。
 これはまずい、取り繕わなくては。
 
 そう思うあまり、目を泳がせて挙動不審に陥るのが私という女でした。
 

「まあ、その、そういうわけでして……。それでしばらくは皆、身を寄せ合い生きていたのですが、そのう……限界がありまして。動ける者は動けるうちに動くべきだと」
「そういうことか……。うん、分かったもういいよ」


 今回は良い方向に転がったようで。私は、ほっと胸を撫で下ろします。

 リオンさんは話を切り上げて、登録シートの内容を逐一確認しつつ、手元で何やら細かい作業を始めました。


「ではこちらを」


 一分後に手渡されたのは、楕円形をした鈍い銀色の小板でした。
 首から下げることができます。


「これは?」
「冒険者としての身分証、かな? 色や形が冒険者としての等級を表していて。それから万が一の時、身元を照合するときにも使うものなの」
「等級?」
「そ。一から十まで、強さや経歴なんかに合わせて十段階。冒険者は誰しも最初は十級からスタートなの」
「ほう」


 私は納得の頷きを返します。
 認識票を首から下げ、書かれた小さな文字に目を通します。


「さっき言った通り、ギルドから定期的な能力査定があって、遂行した依頼の数や内容、社会貢献度などによって進級していくの。滅多にないけど、場合によって降格もあるので。無くさないようにしてね」


 リオンさんは悪戯っぽくウインクします。

 つまり、無くすと降格する可能性がある、と。
 しっかりしまっておいた方が良さそうです。 


「等級に見合った特権もつくから、冒険者としてやっていくのならひとまず進級を目指すのが基本かな。競争相手多いから案外大変だと思うけど?」


 なんだか焚き付けるような言い方です。


「んー……。少なくとも私は、しばらく安全なところで冒険させてもらうつもりですが」
「あら? ……ふふ、賢明ね」


 リオンさんは一度驚くと、すぐに表情を崩し、ころころと微笑みました。

 だいぶ心配されているようで。
 ただ、「偉いぞ」と頭を撫で回されるのは、やり過ぎな気がします。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 (次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした

桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。 彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。 そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。 そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。 すると、予想外な事態に発展していった。 *作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。

逃げるが価値

maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。 姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。 逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい! 自分の人生のために! ★長編に変更しました★ ※作者の妄想の産物です

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

処理中です...