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「さて、一度目は許したが、二度目はない」

車から強引に降ろされて、戻ってきたくないと思っていたあのマンションへ戻された。しっかりと施錠され、玄関から遠く離れていく。

「っあ」

バタバタと靴を脱いで、なんとかついて行った先は、私が入ったことのない部屋だった。その部屋は透さんの部屋からしか入れないようになっている、不思議な部屋。

私の知っている、透さんの寝室ではないことは確かだ。

「と、とおる、さん!」

「なに、今更謝っても遅いけど」

「ち、ちが」

「ほう、謝るつもりもないと」

「そ、それもちがくて……」

その部屋は、窓になぜか格子が嵌められていて、ドアも外からしか開けられないカギが付いているようで。まるで、誰かを閉じ込めるための部屋みたい、とやけに冷静な自分が分析する。

「逃げた、そのことに変わりはないだろう」

「そ、れは……」

否定はできない、それは事実だったから。私が透さんを拒絶したのは事実だ。こんなにもよくしてもらっておいて、裏切った。

「どうやったら、千鶴を自分のものにできるか、ずっと考えていた。そして、見つかったんだよ、答えが」

「え?」

立ち止まった透さんは、同じように止まった私の腕を強引に引っ張って放り投げた。透さんの身体で部屋の中にどんな家具があるのかわからなかった私は、襲い来る痛みに目を瞑ったが、ふわりと身体をシーツに包まれて、ベッドへ放り投げられたのだと、気づいた。

「と、とおるさん! まって!」

「待たない、お前の気持ちを待っていたら、優しくしていたら逃げられるのなら、もう待つのも優しくするのもやめだ」

「う、そ」

押し倒されていることに、今更気が付いた私は慌てて起き上がろうと抵抗するが、全く持って歯が立たない。それどころか、手首を抑えつける手は力が強くなるばかり。

「っ、はな、して」

「離さない。きっと、俺たちの子は可愛い。できれば子どもはたくさんほしいなぁ。男の子も女の子も」

「お、落ち、落ち着いてください! 子どもをそんなことの理由にしないでください!」

さすがに自分がどんな状況になっているか、わからないほど馬鹿じゃない。まずはいろいろ話をするのが先だと、あの手この手を使って言葉を並べ立てる。

「なら、ならっ! どうすれば君は俺のものになる? どうすれば、俺の側にいてくれるんだ!」

子どもを不幸のために生みたくない、イヤイヤながらに子どもを生まれさせたくない。できれば、みんなに望まれて生まれてきてほしいから。

逆光になって見えない、透さんの表情。けれど、紡がれた言葉に泣きそうになった。自分のしたことの重さを今になってようやく理解した。でも、それでも離れなければならないのだ。

「わたしは、とおるさんにふさわしくない。それは、だれがみても、あきらかなものです」

離れなければならない、そのことを正直に言うチャンスだと、私をもう忘れてほしい、その願いを込めて話をする。

「どれだけ願っても、手に入らないものはあるんです。お金でも、愛情でも、才能でも、容姿でも。努力しても、覆せないこともあります。理不尽なことも、たくさんあります。私は、透さんもわかっていると思いますけど、いわば価値がない人間です」

自分で言っておいて、悲しくなるくらい虚しい今世だ。お金もなければ、愛情もない。容姿だってとびっきり可愛い顔じゃない、努力してそれが認められることもなかった、さらに言うと結果も得られなかった。

虚しいばかりの過去。透さんとの暮らしは、短い間だったけれど、びっくりするくらい幸せなものだった。きっと、これが愛される喜びなのだと、今世でようやく飢えた心に栄養がいきわたるかの如く感じたくらい。

「どうして、そんなに周囲の人間を気にするんだ。俺がいいって言ってるのに、なんで」

「普通から外れた人間は、排除対象です。あなたは、誰かに必要とされる人でしょう? 私みたいないらない人間とは違う」

「答えになってないよ」

母の言葉、父の言葉、今世で与えられた言葉は嫌なものばかり。クソな両親、もう二度と両親とは思えないと、そう何度も思ったほど、私はあの人たちと血がつながっていることが許せなかった。

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