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「君はもっと、自分の容姿が整っていることを理解したほうが良い」
「あっ、え、あ……」
「ほら、俺みたいな悪い奴に捕まる」
「レ、レイっ」
誰もいないバルコニーで、レイフ様に頬を撫でられる。その動きに固まってしまっていると、抱き寄せられて、耳元でささやかれて。誰かに見られるという不安と、極度の恥ずかしさで腕から抜け出そうとしても、彼の力が強くて抜け出せない。
「ど、どりょくします……」
己の顔が、カアーっと赤くなったのがわかる。その顔を隠したくて、俯いて返事をすれば彼は身体を震わせて笑っていた。こんなにたくさんの人が集っている場所から、少し離れているとはいえ、人がいないわけではない。そんなところで、こういう行動をされるとは思わなくて。
「俺だって、余裕がないんだ」
「レイフ、様……」
大人の男性である彼にこの表現はおかしいかもしれないが、まるで大人になる前の少年のようにも見える、苦しさをも感じる表情。余裕がない、と言うその表情は、傷ついているみたいにも見えて。
「私だって……余裕なんてありません。表面上、受け入れてくれていますけど、心の中ではどんなことを考えているのかわからない。私からあなたを、奪おうとしている人だっていると思います。私は、怖いです」
レイフ様はきっと、不安なんだ。そう気づいて私は、自分の胸の内を溢す。この人が隠さなくていいと言ったから、私は彼の前でだけ言える。
怖い、私はアルムテア帝国の皇室の血が流れているけど。育った国はリリム王国だし、環境はまともじゃなかった。いつか、私の過去はレイフ様の重荷になる日が来る。何より、私が彼にふさわしくないと言われる日が来るのが、怖い。
「俺は、側にいる」
「……はい」
彼の側にいるための力をつけるのに必死で、毎日が戦場にいる気分。何一つ、取りこぼしてはいけない。何一つ、失敗してはいけない。
「戻ろうか、あまり遅くなってはよくない」
「はい、お願いします」
「ああ、任された」
戻るためにエスコートをしてもらう。私よりもずっと背が高い彼の肩は私の頭よりも高い位置にある。足も長いのに、歩くスピードの差を感じさせないのは、彼がいつも私の歩幅に合わせてくれているからだろう。
「遅かったね、ユーニス」
「イアン兄さま、遅くなり申し訳ございません」
「いや、全然いいよ。むしろこのまま帰ってもいいと言ってあげたいけど、ちょっとね」
「……後ほど、お話していただけますか」
「もちろん」
もう皇族席にはイアン兄さましか残っておらず、お父さまとお母さまは皇宮に戻ったとのこと。シリル兄さまとイーデン兄さまは、それぞれ外交的意味合いも強い他国の使者たちと話をしているとのこと。イアン兄さまもおそらく、席にいる間に何かしらの情報を掴んだのだろう。表情が少し硬い。
「ユーニス、その話は……」
「予想はあっているかと」
「なるほど……」
イアン兄さまの表情を見たレイフ様も、私が以前伝えた内容に近い話だと予想しているようだ。ほぼその予想は当たっていると確定していいだろう。予想通り、リリム王国の人間が来たと。ただ、その来訪者がレジスタンスメンバーなのか、王家の使者なのかはわからないけれどね。
「レイフ様……?」
「……一人では戦わせない」
「ありがとうございます……」
そっと手を握ってくれる彼に連れられて、私は会場を後にする。もう皇族全員が会場にいる必要はない、後の時間はイアン兄さんが仕切るらしい。会場内にはイーデン兄さまもシリル兄さまもいるので、私までいる必要がない、ということだ。
「個人的には、メンバーであればいい、と思います。でも、そうではない可能性が……高いでしょうね……」
「そうだな……メンバーであれば、イアン殿下があんな顔をすることはないだろうから」
「……申し訳ありません、面倒なことに巻き込みました」
「面倒なんて思っていない。きっちりと、これは始末をつけるべき問題だ。何よりも大事なユーニスに関わる問題だからな」
「……でも」
無益な争いが起こるのが一番怖い。これから起こるのは、その可能性もある話し合いだから。私に、常に最善が選択できるとは限らない。怖いくても、進まないとけないから。立ち止まってはダメだ。
「あっ、え、あ……」
「ほら、俺みたいな悪い奴に捕まる」
「レ、レイっ」
誰もいないバルコニーで、レイフ様に頬を撫でられる。その動きに固まってしまっていると、抱き寄せられて、耳元でささやかれて。誰かに見られるという不安と、極度の恥ずかしさで腕から抜け出そうとしても、彼の力が強くて抜け出せない。
「ど、どりょくします……」
己の顔が、カアーっと赤くなったのがわかる。その顔を隠したくて、俯いて返事をすれば彼は身体を震わせて笑っていた。こんなにたくさんの人が集っている場所から、少し離れているとはいえ、人がいないわけではない。そんなところで、こういう行動をされるとは思わなくて。
「俺だって、余裕がないんだ」
「レイフ、様……」
大人の男性である彼にこの表現はおかしいかもしれないが、まるで大人になる前の少年のようにも見える、苦しさをも感じる表情。余裕がない、と言うその表情は、傷ついているみたいにも見えて。
「私だって……余裕なんてありません。表面上、受け入れてくれていますけど、心の中ではどんなことを考えているのかわからない。私からあなたを、奪おうとしている人だっていると思います。私は、怖いです」
レイフ様はきっと、不安なんだ。そう気づいて私は、自分の胸の内を溢す。この人が隠さなくていいと言ったから、私は彼の前でだけ言える。
怖い、私はアルムテア帝国の皇室の血が流れているけど。育った国はリリム王国だし、環境はまともじゃなかった。いつか、私の過去はレイフ様の重荷になる日が来る。何より、私が彼にふさわしくないと言われる日が来るのが、怖い。
「俺は、側にいる」
「……はい」
彼の側にいるための力をつけるのに必死で、毎日が戦場にいる気分。何一つ、取りこぼしてはいけない。何一つ、失敗してはいけない。
「戻ろうか、あまり遅くなってはよくない」
「はい、お願いします」
「ああ、任された」
戻るためにエスコートをしてもらう。私よりもずっと背が高い彼の肩は私の頭よりも高い位置にある。足も長いのに、歩くスピードの差を感じさせないのは、彼がいつも私の歩幅に合わせてくれているからだろう。
「遅かったね、ユーニス」
「イアン兄さま、遅くなり申し訳ございません」
「いや、全然いいよ。むしろこのまま帰ってもいいと言ってあげたいけど、ちょっとね」
「……後ほど、お話していただけますか」
「もちろん」
もう皇族席にはイアン兄さましか残っておらず、お父さまとお母さまは皇宮に戻ったとのこと。シリル兄さまとイーデン兄さまは、それぞれ外交的意味合いも強い他国の使者たちと話をしているとのこと。イアン兄さまもおそらく、席にいる間に何かしらの情報を掴んだのだろう。表情が少し硬い。
「ユーニス、その話は……」
「予想はあっているかと」
「なるほど……」
イアン兄さまの表情を見たレイフ様も、私が以前伝えた内容に近い話だと予想しているようだ。ほぼその予想は当たっていると確定していいだろう。予想通り、リリム王国の人間が来たと。ただ、その来訪者がレジスタンスメンバーなのか、王家の使者なのかはわからないけれどね。
「レイフ様……?」
「……一人では戦わせない」
「ありがとうございます……」
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「面倒なんて思っていない。きっちりと、これは始末をつけるべき問題だ。何よりも大事なユーニスに関わる問題だからな」
「……でも」
無益な争いが起こるのが一番怖い。これから起こるのは、その可能性もある話し合いだから。私に、常に最善が選択できるとは限らない。怖いくても、進まないとけないから。立ち止まってはダメだ。
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