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「オルブライト、ちょっといいか」
「はい、先生」
帰り支度をしていると、先生に呼び止められ、何事かとついて行けば一通の手紙を渡された。その手紙に心当たりがなくて最初は不審に思ったが裏の封蝋がオルブライト家の家紋だったのを見て察してしまった。
「ありがとうございました、先生」
「いや、大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。失礼いたします」
急いでそこを離れてこっそり従者用のトイレに駆け込んで個室に立てこもってすぐに封蝋を剥がす。中身は簡潔だった。お前の役目は終わったと、ただそれだけだった。一年もたたずに主様のお側を離れることになろうとは思わなかった、というのが私の素直な感想だった。まだお側にいられるとばかり思っていたから。
「主様、お待たせいたしました」
「ああ、今日も頼む」
「はい」


主様と帰る、最後の道。
主様のお側に、もっといられると思った。


「また明日、ノア」
「お疲れ様でございました、主様」
また明日、の言葉に私は何も返すことはできなかった。ただ躱すことしかできなくて。


 主様のお側にいられる明日なんて、これから先もう二度と来ない。もしかしたら、死んじゃうかもしれない。だから、主様の目をしっかりと見つめて淡くいつもの微笑みを浮かべる。主様のすべてを忘れないように目に耳に焼き付ける。人は声や温もりから忘れていくのだと聞いたことがある。私は主様に触れることはほとんどなかった。でも主様から触れてもらえる機会はそれなりにあった。その時の温かさを私は忘れないようにしないといけない。もしも、生きていられるのであれば、主様を忘れて生きるなんてできない。私のすべては主様だった。私の世界に色をくれたのも、主様だった。そんな大切な主様を忘れるなんてできるわけがない。
「あ、帰ってきたんだぁ」
「っ」
いつものようにオルブライト家の門をくぐった時だった。ゾッとするような声が聞こえた。声の持ち主は私の、弟だ。弟は私に対して明らかな敵意を持っている。私の両親が私を嫌っているのを見て育つのだから当然かもしれない。そうやって教え込まれているのだし。
「だんまりかよ、おい。面白くないなぁ」
私もこの弟にだいぶ痛めつけられた思い出があるから、苦手意識がもちろんある。身体が自然と震えそうになるけど、先ほどの主様の姿を思い浮かべて毅然とした態度を貫く。正直、怖さというものはある。ここで弟に何かすれば本家に何をされるのかわからないし、弟に何をされるかもわからない。その恐怖はあるけど、ここを通って荷物を取りに行きたい。
「あ、そうそう。お前の馬小屋なら燃やしたよ。いやぁ、ほんと、よく燃えたよね」
「・・・」
「もう二度とその顔を見なくていいと思うと嬉しいよ」
「・・・言われなくても」
主様から賜ったキーホルダーも懐中時計も手元にある。それだけあるのなら今すぐにでもここから離れられる。私はそっと門から離れて、裏側に回り、アークライト本邸の門に向かってだけ礼をしてからその場所を出ていった。


苦楽を共に過ごした小屋も燃やされて帰る場所はないから。


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