男装従者と転生悪役令嬢の受難

08

「ノアさん、私はイザベル様のもとへ行ってきます。ここをお願いしてもよろしいでしょうか？」
「はい、お任せください」
イザベル様の侍女さんがお迎えに上がりにいくと、席を離れた。私はその間ここにほかの人が来ないように見張りつつ、最後のチェックをする。主様方が不愉快な気持ちになるような見落としがないように。

「ノア、みんな、準備をありがとう」
「もったいなきお言葉にございます、イザベル様」
すぐに侍女さんと共に主様方は来られた。お礼をわざわざ言ってくださるイザベル様に、微笑みを浮かべてしっかりと腰を折って礼をする。主様やランドルフ王子、カーティス様も一緒に来られたようで全員がこの場に揃った。
「今日はこのお菓子をご用意いたしましたの。最近外国で流行りと噂のお菓子ですわ」
そう言ってイザベル様が出したお菓子は、色とりどりの円形のお菓子だった。ピンク、水色、茶色、黄色、白色、見ただけで甘いお菓子であると認識するのが私には難しい。
「甘いな、しかもサクサクだ」
ランドルフ王子が甘い、と言った。主様もカーティス様も甘いという言葉に同意している。ということは甘いお菓子ということだ。食べてみたい、でもそれは許されないことだ。主人と従者が同じ空間で何かを食べることは許されない。
「メレンゲ菓子というものです。卵白を泡立てて焼いて作ったのだと、この間、商人の方にお聞きしました。ぜひ、知っていただきたくて」
「これは、たしかに美味しいな。ノア、お前も食べるか？」
「主様、ご冗談が過ぎます」
主様方が談笑している姿を、紅茶を淹れたあとはずっと後ろで待機しつつ微笑みを浮かべてみていたつもりだった。そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか、主様が食べるか、と聞いてきた。驚いたような声を上げなくてよかった。冗談が過ぎると、流せてよかった。そうでなかったら、私がお菓子を食べたことがないことがバレてしまう。
「悪い、お前にも食べてほしかったんだ」
「まぁ、それならたくさんあるからノア、あなたも持って帰って？」
「それは・・・」
「ノア、俺が許可する」
「ありがたく頂戴します、イザベル様」
「ええ、あとで渡すわね」
主様が許可をくださったおかげで、お菓子を持ち帰ることができる。でも無事に帰って食べられるとは限らない。もしも持っていることがオルブライト家に知られればどうなることか。
「ノア、紅茶のおかわりを」
「申し訳ございません、すぐにお持ちいたします」
カーティス様が紅茶のおかわりを、と言った。たしかにパッとティーカップを見れば皆様の紅茶はだいぶ減っている。気付かなかったのは私の落ち度だ。
「失礼いたします、紅茶をお持ちいたしました」
すぐにお湯を沸かし、紅茶をポットに注ぐ。オルブライト家でさんざん鍛え上げられた通りに紅茶を淹れると、間違いはない。
「ありがとう」
お礼をわざわざ言ってくださる皆様のこの空間を、改めて守ろうと心に決めた時だった。