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大学が冬期休暇に入っても、私は実家には帰らなかった。どこかへ移動することが危険だと思ったからだ。取材を受けたりなどはもうされていなかったけれど、いつ、どこで、誰が見ているかはわからない。正直、まだリスクがあると感じた。
「うん、ごめん」
『ううん、また春には帰ってきいや』
「うん」
日々、眠るのも怖くなるくらい疲れてはいたけれど、それを悟らせたくなくて努めて普通の声を出す。少しでも疲れているなんて知られたりしたら、きっといらない心配をかけさせてしまう。心配をさせたくないから。だから、私はあえてこの状況から目をそらすのだ。
『奏ちゃん、今、いいかな?』
何もやる気が起きなくて、母との電話を終えた後はボケっと過ごす。その時に、ポコポコと音を立てるスマホ。メッセージが来たことを伝えていた。誰だろうと、緩慢な動作で見やれば相手は鹿島さんだった。
『はい、大丈夫です』
そう返すとすぐにフルフルと震え始めるスマホ。鹿島さんから電話がかかってきた。正直、出るのは億劫だったけれど、今大丈夫だと返しているだけに出ないのはおかしい。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし、鹿島です。ごめんね、こんな時間に』
「鹿島さん、こんばんは。いえ、全然大丈夫です」
『あのさ、もうすぐ仁人の仕事が落ち着くんだ。迎えに行くから仁人の家に来ないかい?』
「その、すみません……。せっかくのお誘い、とてもうれしいのですが、アルバイトが忙しくて……」
『一日でも、休みはない?』
「はい、明日から毎日アルバイトです。そのあとも、実家へ帰る予定があって、時間を空けることが難しいです」
嘘をつくことに心が苦しくないわけではない。だけど、会いたくなかった。会いたいけど、会いたくない、矛盾した思いが私を支配している。
『そ、そっか……。また何かあったらすぐに連絡してね』
「はい、ありがとうございます」
あいたい、あいたくない、声が聴きたい、聴きたくない、話したい、話したくない。いろんな矛盾を抱えてはぐるぐると悩んでしまう。伝えたい言葉はたくさんあるし話したいこともたくさんある。だけど、今はそれも何もかもを捨てて逃げ出してしまいたい。自分のせいで仁人さんや鹿島さん、その他大勢の関係者に迷惑をかけたのは明白だ。誰が何と言おうと覆せない真実。テレビに映る仁人さんはとても煌びやかだった。いつも以上に輝いて見えて、誰よりもキラキラと光っていて。
でも、その対極の立場にいる私は、その隣に立てない。
あんなにも努力して掴んだ立場で、輝きを放つ仁人さんと。努力しているつもりで何もできていない、結果も残せない私。そんな私が仁人さんの隣に立っていいのだろうか?そう、自問したときに、当たり前のように立っていいわけがないと自答できる。私という存在は、仁人さんにはふさわしくないのだと、テレビで証明されてしまった。
「うん、ごめん」
『ううん、また春には帰ってきいや』
「うん」
日々、眠るのも怖くなるくらい疲れてはいたけれど、それを悟らせたくなくて努めて普通の声を出す。少しでも疲れているなんて知られたりしたら、きっといらない心配をかけさせてしまう。心配をさせたくないから。だから、私はあえてこの状況から目をそらすのだ。
『奏ちゃん、今、いいかな?』
何もやる気が起きなくて、母との電話を終えた後はボケっと過ごす。その時に、ポコポコと音を立てるスマホ。メッセージが来たことを伝えていた。誰だろうと、緩慢な動作で見やれば相手は鹿島さんだった。
『はい、大丈夫です』
そう返すとすぐにフルフルと震え始めるスマホ。鹿島さんから電話がかかってきた。正直、出るのは億劫だったけれど、今大丈夫だと返しているだけに出ないのはおかしい。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし、鹿島です。ごめんね、こんな時間に』
「鹿島さん、こんばんは。いえ、全然大丈夫です」
『あのさ、もうすぐ仁人の仕事が落ち着くんだ。迎えに行くから仁人の家に来ないかい?』
「その、すみません……。せっかくのお誘い、とてもうれしいのですが、アルバイトが忙しくて……」
『一日でも、休みはない?』
「はい、明日から毎日アルバイトです。そのあとも、実家へ帰る予定があって、時間を空けることが難しいです」
嘘をつくことに心が苦しくないわけではない。だけど、会いたくなかった。会いたいけど、会いたくない、矛盾した思いが私を支配している。
『そ、そっか……。また何かあったらすぐに連絡してね』
「はい、ありがとうございます」
あいたい、あいたくない、声が聴きたい、聴きたくない、話したい、話したくない。いろんな矛盾を抱えてはぐるぐると悩んでしまう。伝えたい言葉はたくさんあるし話したいこともたくさんある。だけど、今はそれも何もかもを捨てて逃げ出してしまいたい。自分のせいで仁人さんや鹿島さん、その他大勢の関係者に迷惑をかけたのは明白だ。誰が何と言おうと覆せない真実。テレビに映る仁人さんはとても煌びやかだった。いつも以上に輝いて見えて、誰よりもキラキラと光っていて。
でも、その対極の立場にいる私は、その隣に立てない。
あんなにも努力して掴んだ立場で、輝きを放つ仁人さんと。努力しているつもりで何もできていない、結果も残せない私。そんな私が仁人さんの隣に立っていいのだろうか?そう、自問したときに、当たり前のように立っていいわけがないと自答できる。私という存在は、仁人さんにはふさわしくないのだと、テレビで証明されてしまった。
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