上 下
60 / 78

60

しおりを挟む
「おなか、あんまり空かんな……」
連日、SNSニュースに話題になる仁人さんの交際報道。仁人さんは私が囲み取材をされたことを知ってからか、毎日夜になると必ず連絡をくれる。電話をくれることもあるけれど、それだけはタイミングが合わないと言って出ないようにしている。メッセージのやり取りは無難な、何も悟らせないような返信の仕方をしている。いらない心配はかけるべきじゃないから。
「私が、頑張らんと……。迷惑なんてかけたら……、だめ……」
大学でも、追いかけられているのが噂になっているのか、ひそひそと噂をされることが増えて。たまに仁人さんが大学に来ていることは知っているけれど、絶対会わないように図書館にも行くのはやめた。最低限の行き帰り、最低限の買い物、本屋に行くのもやめてネットで済ませるようになった。
「まだ、私は大丈夫……」
動くことが減ったからなのか、お腹を空かせることも減った。バイト先にも迷惑をかけられないとシフトを減らしてもらって、極力家から出ない生活を心がけている。食事をする回数が減ったから、買い物をそこまでしなくていいのは楽だ。

また一つ、赤い線が肌に走る。それを見て嬉しいと思っている私は、可笑しいのかな。


『奏ちゃん、ごめんね。囲み取材をされていたことに気が付けなくて。それに、守れなかった』
『いいえ、十分守っていただいています。本当に、ありがとうございます』
『奏ちゃん、大丈夫か?』
『はい、ちょっと煩わしいと思うくらいで、特に支障は出ていません。鹿島さんもお身体に気を付けてください。これから寒くなる季節ですから』
『うん、ありがとう。奏ちゃんもね』
鹿島さんからも連絡が入って、そちらにも無難に返す。可笑しくないかな、気づかれないかな、と不安ではあるが、二回ほど読み返してもどこにも可笑しいところはなかったから大丈夫だろう。
「大丈夫、だいじょうぶだから。私なら。まだ、耐えられる。もっとしんどかったときあった。それに比べれば。こんなの、どうってことない」
会社勤めをしていたころなんて恐ろしいほどしんどかった。助けを求めるとほかの人の迷惑になるから絶対しなかったし、できなかった。それよりは楽だ、今回のことは。
「苦しくない、大丈夫」
涙が出そうなときももちろんある。大学内を歩いているだけで嫌な言葉をぶつけられることだってあるから。通りすがりに言われることは増えた。でも、これは私が仁人さんを独り占めした代償なんだ。そう思えばまだ大丈夫。
「痛くない、私なんかよりも仁人さんのほうが大変だよ……」
どこへ行っても私のことを聞かれているであろう仁人さんのことを思えば、私など大したことはない。
しおりを挟む

処理中です...