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「俺、奏のこともっと知りたい。どんな会社にいて、どんな生活していたのかとか……。聞いてもいいなら聞きたい」
私達はまだお互いをよく知らない。軽く過去は言ってあるが、それでも詳しく言うことはなかった。暗黙の了解みたいなもので、これ以上踏み込んではいけないという雰囲気があった。
「面白い話ではないですが……」
正直に言えば、あのときのことは鮮明に覚えていると言えるのに記憶があやふやになるときがある。わかっているのにわからない。
「労基とか関わることにならないか?」
「当時、知識がなかった私は対処法を知りませんでした。何より助けを求めることはダメだと教えられたばかりだったので、行くことは罪だと言う認識をしていたと今なら言えます」
助けを求めようとすることを怒られた。自分で解決しろと、説明もされていないものを突然渡されてやらされて。できなかったらみんなの前で怒鳴られて。怖い思いをした。
「そんな会社が、存在するんだな」
「びっくりしました。これが普通だと思ったので、死ぬしかないと思うまで普通じゃないとわからなくて」
様子がおかしいと思った母が訪ねてきて、その会社を辞めろと言った。でも、辞められなかった。そして、初めて自分の顔を見て、やめる決意ができた。
「典型的な追い詰められ方だ……。本当にわからないものなんだな。俺は会社勤めをしたことのない、特殊な職に就いてる状態だからなぁ……。むしろそういう意味では社会人経験はないしな」
そこからは、両親が戻ってくるまで話をした。痺れを切らした両親が突撃してくるのはあともう少し。
「奏、ご飯炊いてくれたがや。ありがとう」
「私、硬めが好きやき硬いで」
「え~、柔らこうにしちょってやねぇ」
「炊いた人の特権やき、硬さ決めるがは」
「そうやけどよ」
母とご飯の硬さで少し格闘し、父はそれ見て俺も硬いのが好きだと言い出したため、格闘は終わった。仁人さんは夕方になる頃には二日酔いも体調もだいぶ良くなったようで、普通にお夕飯を食べることができた。
「奏、本当にありがとう」
「いいえ、体調がこれ以上悪くならなくて良かったです」
お風呂から上がったので、今度はお酒ではなくお茶を飲みながら、テーブルで話をする。
「こんなに美味しいご飯は久しぶりだったよ。お弁当ばかりだったからな……、ここ数日」
「母も喜ぶと思います。お弁当は楽ですけど、飽きますからね」
「そうなんだよなぁ……。同じようなものばかりで……」
両親はもう眠っているため、ここにはいない。明日も朝早くから畑仕事だと張り切っていた。おそらくその中身は朝早くに出るであろう仁人さんを見送りたいだけだと思う。
「そういえば、東京への帰りは飛行機でしたよね?何時ですか?」
「ああ、昼のこの時間。ここからだと時間がかかるから朝にはお暇させてもらうつもりだ」
「わかりました、この時間ですね。空港までお送りします。おそらく母も父も来ますよ」
「それは、さすがに悪い……。押しかけてきたのは俺なのに……」
遠慮する仁人さんを言いくるめて、時間がもったいないと説得する。だいたい忙しい人なのだからそう言う融通を利かせるくらいはしてあげたい。
「仁人さんは、どーんと構えてたらいいんです!!それに、車のほうが早いですから!!」
空港までは列車と連絡バスを使わないと自力で行くのは少々、遠い。それなら車もある私が送ってあげるのが一番だ。
「ありがとう……」
仁人さんは、照れくさそうに笑った。
私達はまだお互いをよく知らない。軽く過去は言ってあるが、それでも詳しく言うことはなかった。暗黙の了解みたいなもので、これ以上踏み込んではいけないという雰囲気があった。
「面白い話ではないですが……」
正直に言えば、あのときのことは鮮明に覚えていると言えるのに記憶があやふやになるときがある。わかっているのにわからない。
「労基とか関わることにならないか?」
「当時、知識がなかった私は対処法を知りませんでした。何より助けを求めることはダメだと教えられたばかりだったので、行くことは罪だと言う認識をしていたと今なら言えます」
助けを求めようとすることを怒られた。自分で解決しろと、説明もされていないものを突然渡されてやらされて。できなかったらみんなの前で怒鳴られて。怖い思いをした。
「そんな会社が、存在するんだな」
「びっくりしました。これが普通だと思ったので、死ぬしかないと思うまで普通じゃないとわからなくて」
様子がおかしいと思った母が訪ねてきて、その会社を辞めろと言った。でも、辞められなかった。そして、初めて自分の顔を見て、やめる決意ができた。
「典型的な追い詰められ方だ……。本当にわからないものなんだな。俺は会社勤めをしたことのない、特殊な職に就いてる状態だからなぁ……。むしろそういう意味では社会人経験はないしな」
そこからは、両親が戻ってくるまで話をした。痺れを切らした両親が突撃してくるのはあともう少し。
「奏、ご飯炊いてくれたがや。ありがとう」
「私、硬めが好きやき硬いで」
「え~、柔らこうにしちょってやねぇ」
「炊いた人の特権やき、硬さ決めるがは」
「そうやけどよ」
母とご飯の硬さで少し格闘し、父はそれ見て俺も硬いのが好きだと言い出したため、格闘は終わった。仁人さんは夕方になる頃には二日酔いも体調もだいぶ良くなったようで、普通にお夕飯を食べることができた。
「奏、本当にありがとう」
「いいえ、体調がこれ以上悪くならなくて良かったです」
お風呂から上がったので、今度はお酒ではなくお茶を飲みながら、テーブルで話をする。
「こんなに美味しいご飯は久しぶりだったよ。お弁当ばかりだったからな……、ここ数日」
「母も喜ぶと思います。お弁当は楽ですけど、飽きますからね」
「そうなんだよなぁ……。同じようなものばかりで……」
両親はもう眠っているため、ここにはいない。明日も朝早くから畑仕事だと張り切っていた。おそらくその中身は朝早くに出るであろう仁人さんを見送りたいだけだと思う。
「そういえば、東京への帰りは飛行機でしたよね?何時ですか?」
「ああ、昼のこの時間。ここからだと時間がかかるから朝にはお暇させてもらうつもりだ」
「わかりました、この時間ですね。空港までお送りします。おそらく母も父も来ますよ」
「それは、さすがに悪い……。押しかけてきたのは俺なのに……」
遠慮する仁人さんを言いくるめて、時間がもったいないと説得する。だいたい忙しい人なのだからそう言う融通を利かせるくらいはしてあげたい。
「仁人さんは、どーんと構えてたらいいんです!!それに、車のほうが早いですから!!」
空港までは列車と連絡バスを使わないと自力で行くのは少々、遠い。それなら車もある私が送ってあげるのが一番だ。
「ありがとう……」
仁人さんは、照れくさそうに笑った。
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