ニセモノ彼女、始めました

高福あさひ

文字の大きさ
上 下
34 / 79

34

しおりを挟む
「レイヴェン様」
 手を握ると、前を歩く愛しい人が振り向く。彼の美しい目に私の姿が映り込むだけで、胸が脈を打った。
「どうしました、レイアーラ」
 私の顔を覗きこんで微笑む彼に、ついつい口に手を当てて見とれてしまう。レイヴェン様のお顔は宮殿にあるどの美青年の彫像よりも、この国に住むどの殿方よりも遥かに麗しい。
「レイヴェン様の故郷……東部はどのような場所なのですか? もしよろしければ教えていただけませんか?」
 世間知らずの私がどのようなことを言ってもレイヴェン様は微笑んでくださる。その優しさにまた、私の胸が痛みを訴えかけてきます。
「東部も、ここと同じです」
 顔を上げましたら、レイヴェン様は可愛らしく笑いかけてくださいました。
「私が田舎者だからそう思うのかもしれませんが、東部も中央も――同じように思えるのです」
 端整な顔立ちが、遠い地を想って柔らかくなっていく。
「東にいた頃は、ユゥラ川を見ては中央に行くことを夢見ていました。ああ、この川の先に中央があるのだと。そう思い続けていました」
 一刻も早くあなたに会いたくてと言われ、私は泣きそうになってしまいましたわ。だって、レイヴェン様はいつも私が欲しいと思っている言葉をくださるものですから。
「レイヴェン様、私…その」
「いつか見に行きましょう。あなたと私とーー二人で」
 首を傾げながら手を差し出され、笑顔で手を重ねる。そう、二人でならばどこまでも行けるでしょう。
「……準備はいいの」
 馬車が待ってるよと後ろから声を掛けられ、私は「ごめんなさい」と口にする。
「ありがとう、エドワード様」
「礼を言われるようなことをした覚えはないよ」
 そもそもが二人の普段の行いが悪ければ民衆に裁かれていただろうし、僕も支援する気が起こらなかったからねと率直に言われて苦笑いをしてしまう。
「レイヴェン・バスティスグラン。二度はない」
 そう言って、レイヴェン様の胸元に指を押し当てて下から覗きこむ。
「次の失敗は許さない。そんな間抜けがあの人の傍にいていいはずがないからね」
 彼の言葉は重苦しくて、地面に沈み込んでしまいそうになる。過ちを犯したのは私も同じなのですから。
「重々、承知しております。次は違えません」
「ふぅん……その言葉が嘘にならないよう、精々頑張りなよ」
 よく見る笑顔ではなく、皮肉な冷笑に私が言われたのではないのに顔が強張ってしまう。
「エンパイア公子。ついでに申し訳ないんですが、これを妹に渡してくれませんか?」
「なに。妙な動きをしない方がいいと思うけど……余計に怪しまれるよ」
 分かっていますとレイヴェン様が穏やかに微笑む。
「ですが、妹が楽しみに待っているんです」
 お願いしますと両手で差し出されたそれをエドワード様が冷ややかに見下ろす。「なに、これ」「見れば分かります」そのような会話を経て受け取ったエドワード様が封筒の中を見る。
「なにこれ」
 中を見て、すぐさま顔を上げたエドワード様に、レイヴェン様がお願いしますと笑う。中身はシュウ様から買われたでしょう……驚くのも仕方がありませんわ。
「意味が分からないけど、分かった。渡しておくよ」
 お前たちももう行った方がいいとエドワード様が離れていく。あっと声を出すと、彼は振り向かずに「なに」と訊いてくれました。愛想がないだけで、昔から優しい子なのです。
「あの子は……元気でしたか?」
 誰とは言えない私に、それでも察してくれたエドワード様は「……うん」と頷いた。
「元気だったよ」
 私の肩にレイヴェン様が手を置いて、行きましょうと先を促される。後ろ髪を引かれるような想いがありましたが、それでも歩いていきます。馬車の扉を開き、手を差し出してくださるレイヴェン様。
 幸せにならなくとも、この人となら支え合って生きていけると信じております。

 棒でも入っているかのように真っ直ぐ背を伸ばして歩く、燃えるような赤髪の女。
 彼女の横につけた馬車の扉を開けると、あからさまに嫌そうな顔をされる。眉尻が上がっていて、目を怒らせてこちらを見る女の刺殺しそうな顔。人から誤解を受けそうだと思いながらも早く乗ってと促す。
 先に命じておいた通り、馬車は適当に街を走る。
「お前の兄から」
 レイヴェンから預かってきた封筒をアーマーに差し出すと、彼女の頬に血色が宿る。全く、馬車という密室でこんな怪しく見えるやり取りをするなんて冗談ではないとエドワードは嘆息した。
「ありがとうございます、寿命が助かりました!」
 腕を組んだまま平静を装っていたエドワードだが、アーマーの言葉を聞いて内心首を傾げる。何故なら、彼女に渡した封筒に入っているのは各地様々なおじさんだったからだ。中にはシュウ・ブラッドやシルベリア・レストリエッジの写真もあったが、大半はおじさんや冴えない青年ばかり。
 そんな物で命が助かるとは変な少女だとエドワードは呆れた。
「ああ、説明しないと分かりませんよね」
 だが合点がいったようなアーマーが封筒の中から写真を取りだして「見てください」と隣にやって来る。そして一枚一枚のどこにいるかを説明をしてくれた。
 最初は目を僅かに大きくさせて驚いていたエドワードだったが、次第に顎に手を置いて体を彼女の方に傾けていく。真剣みを帯びてきた二人は、全て見終わるとまた最初の一枚に戻った。
「あ、この顔可愛いね」
「その写真はこっちと繋がってるんです」
 見てくださいと捲って探した写真を二枚並べたアーマーに、エドワードは「へえ……ああ、そういうこと」と小さく頷く。
「この写真ではミスティア大佐の足元に視線がいっているんですが」
「大佐じゃなくて猫を見てたんだね」
 くすりと笑うエドワードに、アーマーはこっちはと別の写真を見せる。一しきり堪能して封筒に写真をしまい込んだアーマーを横目に息を吐く。
「よく気が付いたね」
「はい。こういうのが楽しいので!」
 隠しエディス様探し、趣味なんですと誇らしげに胸を張るアーマーに、エドワードはふうんと顎を上げる。
「正直期待していなかったんだけど、君とは楽しく話ができそうだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!

汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が… 互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。 ※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...