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「俺も、このタイプのアパートに住んでた時はシンクでうがいしてたな。あ、そうだ、これ」
「仁人さんも仲間でよかった……。あの、これどうしたんですか?」
「この間買ってさ、すごくおもしろかったからぜひ、読んでほしいと思ったら、居ても立っても居られなくなって。夜遅くに失礼だとはわかっていたんだが、衝動が抑えられなくて……、悪い……」
「いいえ、謝らないでください。私、この本とても読んでみたかったんです。それに……、仁人さんに会いたかったから……、嬉しい、です」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」
そっと、遠慮がちに抱き寄せられて、心臓が飛び出そうなくらい緊張してしまう。でも、こんなことをするのはきっと、外で恋人らしく振舞う必要があった時のために慣れる意味合いがあるのだろうと思う。
「いや、だったか?」
「その、う、嬉しいです」
身体が離れて、少し眉を悲し気に寄せた仁人さんが聞いてくる。正直に嬉しい気持ちを伝え、慣れる云々のことは隠す。私は嘘の彼女だ、やっぱり自惚れていいわけがない。気を引き締めなければ、私の気持ちは気づかれてはいけない。
「よかった……。俺、さっきまで撮影で……、ちょっと疲れてたんだ。奏を抱きしめたら元気出た」
「最近、とてもお忙しそうだったので、心配してました」
「奏、方言でしゃべってほしいな」
「……っ、ほんまに、お疲れ様です。私とは比べれんくらい、忙しいがは見よってわかります。その忙しさで身体を壊さんかだけが、心配ですけど……」
「っ、可愛い……。心配、ありがとう」
「土佐弁は、キツイ印象があるって、よく聞きますよ……。本当に、お疲れながですね」
「どうしても、仕事だからって割り切ってても、嫌だと思ってしまうことをやらないといけないことがある。仕事をもらえることは、ありがたいし、それだけ俺の頑張りが外に目に見える形で出ていることも、嬉しい。でも、それでも、疲れる……」
いつものクールさとは程遠い、弱った姿を見せる仁人さんをどうしたら元気づけられるだろうか。
「何も知らない、ただのちょっと年上の一般人からの言葉です。聞き流してくださいね。私は、たまには休んでえいと思う。ずっと周りの求める姿を保ち続けるがはしんどいし、私もそうやったき、そのしんどさはわかるつもり。まあ、圧倒的に仁人さんのほうがしんどいろうけどね。頑張ることってすごく大事やし、今までの頑張りを急にやめて今の地位に胡坐をかいて座るのはいかんけど、ちょっとくらい、休むのも必要で?気を抜く方法を、一緒に考えていかん?」
「かな、で……」
「仁人さんは、よう頑張りゆうで」
気がつけば、年上ぶって言葉をかけていた。まるで仁人さんの姿が働き始めたころの自分のように見えて仕方がなかった。その時、私がかけてほしかった言葉を言っているだけなので、実質、過去の自分を慰めているようなものだ。
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