ニセモノ彼女、始めました

22 -藤木仁人-

「仁人、そろそろ時間」
「ああ、伊吹さん」
楽屋で休憩しながら夕飯の弁当を食べていた時、ふと、昼も食べた弁当だと気づき、思わず奏に写真を送ってしまった。試験期間中で俺よりも忙しく大変な時に、と思ったが送ってしまったため、すでに遅かった。それからすぐに帰ってきた返事に、時間も忘れてやり取りをしていた。
「仁人、もしかして例の子?」
「伊吹さん、なんでもわかるよな。そう、今試験期間だから、あんまり送っちゃ悪いんだけど、つい、な」
「なるほど、それで仁人のコンディションが整うなら俺は、何も言わないけどね」
「ありがと、伊吹さん」
今日の仕事は長丁場で、奏には言わなかったが実は次のクールに放送予定のドラマの撮影の一つだった。主演をオーディションで勝ち取った分、嬉しいことに仕事は多い。セリフは当たり前のように多いし、そろそろドラマの告知、番宣でバラエティー番組などに出演することも増える。
「仁人、無理はするな」
「うん、伊吹さん」
役に入り込むべく、頭を切り替えて、身支度をもう一度確認。最後に台本を手に持って楽屋を出る。もうすぐクランクアップする予定で、ほぼ撮影は終わりに近い。だからこそ、最近の仕事はこの撮影で長いのだ。


「カット!!いいよ、仁人君!!」
監督の声に、ほっと息を吐く。
「さっきとはまた違った感じでいいね!!うーん、休憩挟んだおかげかな?」
「はい、頭がすっきりしました」
「よかったよかった!!この調子で頑張ろう!!」
「はい」
今回一緒に撮影にいる監督は有名な監督で、演技に関しては厳しい人だ。俺も駆け出しのころはだいぶしごかれたし、ド素人と言われたこともある。
「では、次のシーン行きます」
「はい」
ドラマはよくある恋愛ドラマで、夜の九時以降に放送予定の、ドラマのゴールデンタイムの枠を埋めている作品。俺としては仕事をもらえるというありがたさなどを知っている分、大きな反響を得やすい時間に放送されるのは嬉しい。だけどその反面、恋愛の意味を持つキスシーンをするのが、ちょっと嫌だ。
「ふ、藤木さん、よ、よろしくお願いします!!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
このドラマの主演女優は、まだ駆け出したばかりの新人女優で、このドラマの主演になるにあたって大抜擢だと言われている。キスシーンなんて、もう過去に何度もしているけど、やっぱり一番は好きな人としたいと思ってしまう。
「じゃあ、雰囲気出していこうか」
仕事だと割り切って、雨に濡れながらのキスシーンに挑む。食後はきちんと歯磨きしたし、口臭予防のうがいもしたから臭くない、はず。そこだけは気を付けて、上から装置で降らされる水で身体を濡らし、相手の主演女優を追いかける。そして、手を掴んで引き寄せてキスをする。
「カット!!」
一度、カットがかかり、その間にタオルで身体を包まれる。そんな風に撮影は進んでいって。気がつけば、夜中になっていて、ようやく帰宅が許された。