17 / 79
17
しおりを挟む
仁人さんと空き教室で時間が許すまで話をした。輝かしい人生の裏には、血の滲むような努力と、苦しい日々があったのだと、察することができる内容だった。
「俺は、芸能界に入ってまだ7年だ。下積みの方が長い、今はな」
「私……、テレビをここ数年見ていないので、本当に疎くて申し訳ないです。簡単に頑張ったんですねって言えない……」
「まあ、たしかに、あの時は苦しかったけど……。あの時代あってこその俺だ。頑張ったんだって認めてもらえるのは、実際に評価を与えられているのと同じだ。もっと頑張ろうって思える」
私は、それに比べてどうだろうか。努力を、しただろうか。環境を少しでも変えようという、努力を、しただろうか。
「私は……」
「奏?」
「いえ、私もより一層、頑張ろうと思いました」
急遽、スケジュール変更で仕事になった仁人さんとの別れ際。少し、悲しくなった。人は人、自分は自分だと頭では理解していても、心は辛い。こんなに頑張ってやっと光り輝く世界を歩き出した仁人さんと、諦めて逃げ出した私。努力もしなかった私とは違う。
「それじゃ、また連絡する」
「はい、応援しています」
慌ただしく出ていく仁人さんを見送って、私は次の授業に出る準備をする。お昼とその直後の時間は講義がなかったけど、その次と最後の時間に講義がある。また、一人だ。仁人さんと会った後、一人になるのは寂しい。
「私、もっと頑張らなきゃ。あんなに仁人さんは努力しているのに、私は逃げてばかり……」
仕事も、耐えられなくなって辞めた。自分がこのままでは死んでしまうと思ったから逃げた。まだ、耐えられたかもしれないのに。これ以上、耐えるのは無意味だと知って逃げ出した、環境を変える努力をしなかった。
「悲しいものね。無駄な努力はどこにも無いとわかっているのに」
いつか実を結ばない努力も良い経験となる、思い出となる、そうわかっているのにそうは思えない。
午後の授業、眠たさを堪えながらしっかりとノートを取る。頑張れなかった私は、今度こそ頑張るのだと言い聞かせて。受験勉強だって、努力無しには実を結ばない。悲しくなって、自分の価値が見いだせなくても、前を向くしかない。それが、私にチャンスをもう一度与えてくれた、優しい両親へ返せる唯一のこと。
一度でも。
壊れてしまったものは、元通りにならないと、わかっていながら。
私は、努力をしようとする。社会に出て、働けなくなって、どれほど両親に迷惑をかけたことか。うつ状態で、自傷行為だって何度も繰り返した。そんな、迷惑ばかりかけた私が、また頑張るのだと決めたのなら……。ちゃんと、頑張らないと。
「俺は、芸能界に入ってまだ7年だ。下積みの方が長い、今はな」
「私……、テレビをここ数年見ていないので、本当に疎くて申し訳ないです。簡単に頑張ったんですねって言えない……」
「まあ、たしかに、あの時は苦しかったけど……。あの時代あってこその俺だ。頑張ったんだって認めてもらえるのは、実際に評価を与えられているのと同じだ。もっと頑張ろうって思える」
私は、それに比べてどうだろうか。努力を、しただろうか。環境を少しでも変えようという、努力を、しただろうか。
「私は……」
「奏?」
「いえ、私もより一層、頑張ろうと思いました」
急遽、スケジュール変更で仕事になった仁人さんとの別れ際。少し、悲しくなった。人は人、自分は自分だと頭では理解していても、心は辛い。こんなに頑張ってやっと光り輝く世界を歩き出した仁人さんと、諦めて逃げ出した私。努力もしなかった私とは違う。
「それじゃ、また連絡する」
「はい、応援しています」
慌ただしく出ていく仁人さんを見送って、私は次の授業に出る準備をする。お昼とその直後の時間は講義がなかったけど、その次と最後の時間に講義がある。また、一人だ。仁人さんと会った後、一人になるのは寂しい。
「私、もっと頑張らなきゃ。あんなに仁人さんは努力しているのに、私は逃げてばかり……」
仕事も、耐えられなくなって辞めた。自分がこのままでは死んでしまうと思ったから逃げた。まだ、耐えられたかもしれないのに。これ以上、耐えるのは無意味だと知って逃げ出した、環境を変える努力をしなかった。
「悲しいものね。無駄な努力はどこにも無いとわかっているのに」
いつか実を結ばない努力も良い経験となる、思い出となる、そうわかっているのにそうは思えない。
午後の授業、眠たさを堪えながらしっかりとノートを取る。頑張れなかった私は、今度こそ頑張るのだと言い聞かせて。受験勉強だって、努力無しには実を結ばない。悲しくなって、自分の価値が見いだせなくても、前を向くしかない。それが、私にチャンスをもう一度与えてくれた、優しい両親へ返せる唯一のこと。
一度でも。
壊れてしまったものは、元通りにならないと、わかっていながら。
私は、努力をしようとする。社会に出て、働けなくなって、どれほど両親に迷惑をかけたことか。うつ状態で、自傷行為だって何度も繰り返した。そんな、迷惑ばかりかけた私が、また頑張るのだと決めたのなら……。ちゃんと、頑張らないと。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説



会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる